浅草においでよ!

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娯楽観想

2009年11月 8日 (日)

人と金と時間の無駄遣い(映画『沈まぬ太陽』を観て)


今年からしばらく、映画だけじゃなくて、歌舞伎も芝居も少し控えている。
なのでビデオやテレビ以外では、試写を含めてたまにしか映画を観ていない。
それにしても、今年は話題作や期待作が、ことごとく外れている。
映画が楽しめないなんて、なんて不幸な一年なんだろう……。

ということで、今年の後半で個人的に最も期待していた東宝の大作『沈まぬ太陽』は、期待通りに素晴らしい出来になっているだろうか、と映画館に足を運んだ。

*  *  *  *  *  *  *

最初に結論を書いておくが、この映画、どんなに甘く評価しても「凡作」。本音ではもう少し辛口に言いたいが、まぁこの原作を映画化したという関係者の苦労だけは評価できることはたしかだ。
近年の大作で、必ずと言っていいほど絡んでくるテレビ局や新聞社だが、本作の「制作委員会」にテレビ局も新聞社も入っていない。航空会社をスポンサーに持つテレビ局や新聞社などは、制作に絡みたくてもできなかったのだろう。つまり、現在のテレビ局や新聞社は、この作品の制作に協力し、山崎豊子が問いかけようとしたテーマを掘り下げることができないということだ。これは、今のマスメディアの本質を表している。
そういう意味で、この作品が映画化されたということに敬意を表してギリギリ「凡作」ってことにしておきたい。

これから先は、この映画の駄目さ加減について長々と書いているだけなので、映画を楽しんだ人や、これから楽しむつもりの人は読み飛ばしてもらった方がいいと思う。

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山崎豊子の同名作品が原作だ。
原作は、他の山崎作品と同様に、いくつかの大きなパートに分けて実在の事件や社会問題をモデルにし、主人公たちの人生などをリンクさせている作品だ。

70年代、企業によって行われた労働組合分裂工作をリンクさせ、かつて「国民航空」の労働組合委員長として活躍しながら、会社の露骨な報復行為で左遷人事にあい、精神崩壊の寸前まで追い込まれ、左遷先のアフリカでハンティングに没頭する主人公を描いた「アフリカ編」。

1985年に起きた日航機墜落事故(作中では「国航ジャンボ機墜落事故」とされる)について、実在する被害者や遺族の姿を紹介し、日航機墜落事故がどんな事故だったのか、またその遺族たちがどのような深い悲しみを受けたのか、航空会社はどのような対応をとったのか、そして、遺族たちはどうやって希望を見出していったのか、主人公を「遺族お世話係」として狂言回しにすることで、モデル小説というよりも、丁寧なドキュメンタリー、ルボルタージュとして描いた「御巣鷹山編」。

そして、墜落事故以降、腐敗している航空会社を立て直すために政府の肝煎りで経済界から迎えられた「会長」の右腕となった主人公を通して、半民半官企業の組織腐敗、企業内の醜い争い、さらに日本政府の政治的駆け引きなど、山崎豊子らしく日本社会に切り込んだ「会長室編」。

この3編による長編小説だ。
とくに「御巣鷹山編」については、「小説」としては反則と言っていいほどにリアルな描写のルポルタージュとなっていて、その点だけで言えば、山崎豊子の作品の中でも秀逸な一冊だと思う(例えば『二つの祖国』でも、やはり東京裁判をモデルに事実関係をなぞっているが、裁判記録をベースとしているせいか、この作品ほど心が揺さぶられる表現は少ない)。

原作に少しでも思い入れのある作品が映画化された場合、大抵は厳しい評価になってしまう。だから、インターミッション(休憩時間)も含めておよそ3時間半の間、できるだけ原作を読んでいることを前提としないで、映画のいいところを見つけようと試みた。
しかし、残念ながらこの映画の脚本や監督は、まったくと言っていいほど評価できない「下手糞な映画」だった。

*  *  *  *  *  *  *

まず一番気になるところは、全体の構成だ。

映画が始まって数十分、基本的に時系列通りに進んでいく原作とは違い、時系列をバラバラにして60年代、70年代、80年代のカットがランダムに流されていく。
昔からよくあるクロス・カッティングという手法だが、とくにこの数年、世界的にも度々使われていく手法で、観客を軽く混乱させながら、ストーリー展開を最終的に上手く結びつけて、時系列をバラバラにした妙味によって観客の想像力を刺激し快感を与える。

ところが、この映画では、前半のランダムな時系列の構成が、まったく効果的ではない。ただただ、時系列をバラバラに貼り合わせただけで、まったく意味がない。
「長い原作をまとめるにあたって、時系列をバラバラにすることで何となくまとまっているように展開できそうだし、最近流行っている手法だから、取り入れちゃおうかな」って程度の思いつきで脚本を書いたしか考えられない。むしろ、時系列通りに進めた方が、全体のストーリ展開がスッキリして、長時間、画面を見続けなければいけない観客の負担が減るはずだ。

*  *  *  *  *  *  *

また、途中でインターミッションが入る。つまり休憩時間、芝居でいうところの「幕間」だ。
最近は少なくなったが、昔の大作映画では、インターミッションが入ることも少なくなかった。昔は、高温の映写機によってフィルムが熱くなり過ぎて火事になることもあり、そうした対策からも長時間の映画の場合は休憩時間が入れざるを得なかったが、最近はそうした必要性も少なくなっているため、インターミッションの入る作品は少なくなった。

この映画では、あるシーンで突然カットアウトして画面が暗転し、インターミッションの告知が入る。何の前触れもなく、テレビドラマなどのCM前の盛り上げや、余韻や、フェードアウトなど編集処理などもなく、突然インターミッションが入る。
何であのシーンで、あのタイミングでインターミッションを入れたのか、どう考えてもわからない。

どのシーンでぶった切ろうと、製作者の勝手にすればいいのだが、そのインターミッションの入れ方も、映画製作者の手法の一つとして評価されて然るべきだ。
映画の場合は、視聴者がチャンネルを変えてしまう可能性のあるテレビドラマと違って、過度な演出は必要ないが、それでも休憩の間に、観客が、それまでのストーリーを整理したり、あるいは今後の展開を予想しつつ期待したり、ストーリー上の不明な点について想像したりすることを前提としてインターミッションを作るべきだ。その点は、芝居とまったく同じだ。

しかし残念ながら、あのタイミングでインターミッションが入る合理的な理由が皆目見当たらない。
もしかしたら、インターミッションが入ることを考えずに編集が終わった後、観客層を考慮して、展開はまったく考慮せずに適当な場所で休憩時間を入れたんじゃないだろうか? そんな杜撰な編集を想像してしまうほど、なぜあそこでインターミッションが入るのか不明だし、上映再開後、休憩が入ったことなんてまったくおかまいなしに、突如としてストーリーが始まっていく。

*  *  *  *  *  *  *

全体の展開についてもう一ついうと、これは脚本の問題が大きいのだが、原作のストーリーを主人公目線でしか追わずに脚本を書いているために、主人公以外の周辺で起きている出来事が、あまりにもおざなりだ。
出てくる登場人物の絡み方が断続的で、ストーリーに連続性がない。観客が忘れた頃に、突然、重要な登場人物が再び現われる、そしていつの間にかその登場人物の存在が消える、その連続だ。

そういえば、主人公が左遷されたいたアフリカから、いつ、どんな経過で帰国したかも説明されていなかったにもかかわらず、前述したバラバラの時系列の中で、左遷されている主人公と、帰国してパーティに出席している主人公がランダムに登場するので、原作を知らずに観ている人は「主人公はいつ帰ってきたんだ? 帰ってくるためにプライドを捨てなくてはならないはずだが、どうなったんだ?」と疑問を持つだろう(原作では、いろいろあって主人公の左遷が国会問題になり、救済措置で帰国でき、そして件のパーティまで10年ほどの時間が経っていることになっている)。

脚本家は、原作を削り過ぎて説明不足になっていることは意識しているはずだ。だから、台詞の中で何となく説明を入れていく。脚本のいたらなさを、豪華なキャストの演技で補完しているのは、この映画の数少ない救いだ。しかし、脚本の粗さに対してアリバイ的に台詞に入れているだけだから、けっして自然な台詞ではないし、おざなり感がタップリだ。観客はそうした粗さを、何となくストレスとして感じながら、主人公以外の登場人物の変化を見続けなければならない。

普通、これだけ多くの登場人物を描く場合、ある程度群像劇として、主人公とは離れたエピソードについても深く描写して、全体のストーリーにふくらみを持たせる。もちろん原作はたっぷりと膨らんでいる群像劇だ。
しかし、この映画の脚本は、登場人物はたくさん出しておきながら、主人公と直接関係のない描写については、ほとんど膨らませない。
だったら、むしろ登場人物をもっと削りこんで整理してしまうとか、ストーリー展開そのものを絞り込んでしまえばいいのに、原作のスケールの大きさを中途半端に表現しようとしているために、1960年代からおよそ30年間の長い時間を展開させる。しかし、ストーリーの奥行き感がまったく感じられない。

*  *  *  *  *  *  *

「あの長編を200分にまとめただけでも立派」という評価はあまりにも馬鹿馬鹿しい。それが原作ものの映画を作る宿命だからだ。「大作をまとめた。そのまとめ方が優秀なのか、あるいは駄目なのか」で論じるべきで、原作のダイジェストを映像化するだけでは意味がない。
そういう意味で、この脚本のまとめ方は、まったく誉められない。

かつて、山崎豊子の大作をまとめたドラマや映画は数あるが、それらの作品と比べれば一目瞭然。まぁ、例えば、橋本忍が脚本を担当し、山本薩夫が監督した映画版『白い巨塔』などは本当に意味での名作で、今回の作品が足下にも及ばないのは仕方ないとも言えるのだが……。

比較という意味では、昨年公開された原田眞人監督の『クライマーズ・ハイ』が、やはり日航ジャンボ機墜落事故を取り扱っている作品だが、御巣鷹山の悲惨な描写は、『クライマーズ・ハイ』の方が圧倒的に素晴らしい映像になっている。そもそも、『沈まぬ太陽』のような群像劇こそ、原田眞人の得意とするところで、どうせ映画化されるなら原田眞人で観たかった気がする。

*  *  *  *  *  *  *

こんな下手糞な展開の映画を作った脚本家や監督は、およそ3時間半もの長時間映画を製作するだけの技量やセンスを持ち合わせていないとしか評価できない。

はぁ……、全体の構成だけで、これだけ不満を言ってもまだ言い足りないほどだ。
映画の具体的なストーリ−については、ほとんど絡めずに評価しただけなのに……。原作と比べたら、この何倍もの文字数を、ただただ批判だけに使うことになってしまうだろう。

そもそも、なぜ「沈まぬ太陽」なのか、なぜ主人公はハンティングに没頭したのか、なぜ「アフリカ編」「御巣鷹山編」「会長室編」の3編を一つの作品の中で表現しようと思ったのか、なぜアフリカの大地で主人公は感情を爆発させ、そして再びアフリカの大地に立ったのか──
原作の言わんとしたことについて、この映画だけで理解することはまず出来ないだろう。

*  *  *  *  *  *  *

最後の最後になったけども、やはり飛行機墜落を描写したシーンは、不覚ながら涙が込み上げてきた。実は原作を読んでから、事故の機内で書かれた遺書について、その言葉を思い浮かべるだけでも目頭が熱くなるのだが、映画でもやはり感情が揺れた。
ただ、これも、事故シーンだけでなく、その後の遺族たちの苦しみや葛藤について原作で山崎豊子が描いた描写に比べれば、その感動は原作から得られるものの方が圧倒的に大きい。

一つくらい映画で誉めるところを書いておこうと思ったが、そうするとついつい原作と比べてしまう。するとどうしても原作を読んでほしいと思う。
原作を読まずにこの映画を観て感動できるとしたら、それは、これほど監督や脚本がひどくてもそれを補ってあまりあるほど、原作が訴えいるテーマが現代人にとって心動かされるものだったということだと思う。

*  *  *  *  *  *  *

ということで、今回はあまり薦める気にならない作品について紹介した。

山崎豊子作品の無駄遣い、豪華なキャスティングの無駄遣い、そして観ている観客の時間を無駄遣いしている。
3時間半もの時間をこの映画で潰すくらいなら、文庫本5冊にもなる原作を3時間半で斜め読みした方が、よほど山崎豊子が問いかけたテーマについて理解できるだろう。そう感じてしまうものだった。

最初に書いた通り、本当は、映画化されたことだけでも評価したいと思う。
こんなに批判を書いておいてなんだけども、やっぱり映画化されたことで映画館に足を運び、そしてその中から原作を手に取る気になる人がいるとしたら、それだけでも価値があると思う。

ただそれでも、否それだけに、極めて「残念な映画」だった。

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【作品名】沈まぬ太陽('09/日本/202分)
【原作】
【監督】若松節朗
【脚本】西岡琢也
【出演】渡辺謙/三浦友和/松雪泰子/
    鈴木京香/石坂浩二
【公式サイト】http://shizumanu-taiyo.jp/

2009年8月19日 (水)

「浅草演芸祭」が開かれる


あっという間の夏も終わりかけ、いわゆる残暑と呼ばれる季節になってきた。

で、ブログの本格復帰もまだ出来ていないのだが、今週末のイベントのお知らせを……

*  *  *  *  *  *  *
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明後日21日(金)、浅草公会堂で「浅草演芸祭」というイベントが開かれる。
今回が初開催となるイベントで、すでに来年の春に第2回を行う予定となっており、主催者側としては、今後、定着させていきたいと考えていらしい。

写真は、先月に記者会見が行われた時の様子。
今回のキャスティングに関しては、全体的に上方の芸人さんが多いように見えるが、これは吉本興行が全体をバックアップしているため。
ただし、主催する委員会のメンバーを見ればわかるように、浅草の有名店たちが名を連ね、後援には浅草観連と浅草商連など大きな団体が目立つなど、浅草全体で盛り上げたいという意向も見える。

僕は、個人的に以前から、浅草で「喜劇」「演芸」「コメディ」などの大きなイベントがちゃんと開かれてほしいと思っていた。
今年はなかったが、去年まだ銀座で「大銀座落語祭」が開かれていたが、あれだって本来は、上野と浅草にたくさんの寄席を持つ台東区で開かれるべきで、台東区にはそうした吸引力がまだまだ足りないという現実はあるものの、浅草にしても上野にしても、もう少し「お笑いの街」という意識を持つべきなんじゃないかと思っている。

そういう意味で、とても頑張って成功してほしい試みで、来月開かれる「第2回したまちコメディ映画祭」と同様に、定着してくれることを願っている。

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ということで、お時間のある人はぜひどうぞ。
そういえば、昨日辺りから『浅草においでよ! 平成21年度版』が配布されているはず。それについても、近々お知らせします。

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クリックすると大きな画像になります


【イベント名】浅草演芸祭
【日時】2009年8月21日金曜日
   [1部]12:30〜 [2部]16:30〜
【会場】浅草公会堂
【料金】前売4500円/当日5000円
【出演】中田カウス・ボタン/玉川カルテット/
    博多華丸・大吉/サンドウィッチマン/
    タカアンドトシ/はんにゃ/テツandトモ/
    フットボールアワー/コント山田君と竹田君/
    ビートきよし/浅香光代/なぎら健壱 ほか
【公式サイト】→こちらをクリック←


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2009年7月10日 (金)

いま改めて聴き直して


マイケル・ジャクソンの楽曲を改めて聴き直しているけど、なかなか良い曲が多いと思う。

*  *  *  *  *  *  *

これほど世界の音楽シーンを変えてしまった人は、リアルタイムでは他に知らない。
きっとビートルズが世の中に出てきた時も、同じような感覚が世界的に起きたんだろうと思う。

僕自身、彼の音楽から何らかの影響を受けたというファンではないけども、80年代当時、僕は“歌って踊れるお笑い兄ちゃん”みたいな感じでジョーパブみたいな飲み屋で働いていたので、「Billie Jean」や「Beat It」なんかはPVやライブビデオを見てフリを憶えたりしたことが懐かしい。「スリラー」のお化けダンスが象徴的と思っている人が多いかもしれないけども、当時のディスコなどでは圧倒的に「Billie Jean」などの影響を受けた踊りが流行っていた。

そんなマイケル・ジャクソンだけども、意外なほど音楽そのものの影響力は少なかった気がする。日本でもマイケル・ジャクソンをはじめとしたダンス・ミュージックがすごく流行ったけども、すぐにユーロ・ビートに取って代わられたし、いま、「マイケル・ジャクソンの系譜」といえるミュージシャンって、一体どれくらいいるんだろう? 明確にそうだと思える人は思い当たらない。

それでもやっぱり、当時のマイケル・ジャクソンはすごかった。
いつの間にか『KING of POP』と呼ばれるようになったマイケル・ジャクソンだが、昔はよく「ロックなのか、ポップスなのか?」なんて議論があった。だけども、音楽を最高のエンターテインメントとして巨大産業へと押し上げていったマイケル・ジャクソンの勢いを見ていると、そんな野暮なことはどうでもよかった。

以前少し紹介したTBSのラジオ番組『小島慶子★キラキラ』の中で、ノーナ・リーヴスの西寺郷太の音楽解説コーナーがあるんだけども、ちょうど、番組開始以来3ヵ月の間、ずっとマイケル・ジャクソンについての総括的な解説を続けていた。マイケル・ジャクソンのことを詳しく知りたければすごく分かりやすい解説だ。とくに「マイケル・ジャクソン、小沢一郎、ほぼ同一人物説」は面白かった。公式サイトのバックナンバーから探せば、Podcastで聴くことができる。

そんな中で、僕自身もマイケル・ジャクソンを聴き直していた矢先だった。
いま改めて聴き直すと、良い曲も多い。

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ということで、マイケル・ジャクソンの40年以上のキャリアの中でもっともピークにあったときの曲「We Are The World」をどうぞ。

この曲も本当に良い曲だと思う。
コメント欄に日本語訳も載せておくので、日本語訳を知りたければコメント欄をどうぞ。

この日本語訳を転載した→こちらの動画←は、日本語によるアーティスト名も標記されていて分かりやすい編集になっているので、もし誰が誰だか分からない人はそちらを……。

2009年7月 3日 (金)

「けじめ」をつけに……〈加奈崎芳太郎のライブ〉その2

ということで、久しぶりに加奈崎さんの生唄を聴いた。
今回足を運んだのは、清志郎さんが亡くなったということがキッカケになっている。

僕が音楽関係の仕事をしていたというのは、実際にはこの加奈崎さんのプロモーションが中心だった。仕事としては他にもいろいろあったんだが、少なくとも加奈崎さんの仕事を手伝わなければ、深く音楽関係の仕事をすることはなかっただろう。

今から15年以上前になるが、ちょうど映画『119』(監督:竹中直人)の音楽監督を加奈崎さんが清志郎さんと一緒に担当していたり、『日本を救え!』というイベントを泉谷しげるや清志郎さんたちと一緒に展開している頃だった。
加奈崎さん個人の活動としても、RCサクセションのベースだった“リンコ”こと小林和生、同じくドラムの“コウちゃん”こと新田耕造の三人で「加奈崎トリオ」というバンドを組んでいて、川崎のクラブチッタなどで定期的にライブをやっている時期だった。

最初は、「元RCのメンバーに会えるけど、手伝わない?」と誘われて気軽に荷物運びの手伝いなんかをしていたが、憧れていたミュージシャンたちに会えたとしても、当然ながら友達になれるわけでもないし、そもそもそんなにミーハーじゃないし、まして音楽業界に興味があったわけでもなかった。
それでも、当時僕がいた広告業界はイベントの仕事も多くて現場の雰囲気にも慣れていたこともあってか、当時のマネージャーさんに頼まれていろいろ手伝っているうちに、僕が会社を辞めてフリーランスになったのを機会に、本格的に手伝うようになっていった。

もちろん、古井戸や加奈崎さんは嫌いじゃなかったし、少しずつ音楽業界に興味を持ったということあるんだけども、僕が加奈崎芳太郎というミュージシャンに惚れたのは、『最後の誘惑』という曲を聴いてしまったからだ。
この曲を聴くことがなければ、単なるお手伝いで終わっていたと思う。
そして、この曲をマイナーなままに埋もれさせてしてしまったのは、本当に僕の力不足だったと痛感している。

何だかんだと5年くらいは手伝わせてもらい、何枚かのアルバムの製作にも関わらせてもらったが、結局、僕は中途半端なところで加奈崎さんのスタッフを辞めてしまった。

90年代の加奈崎芳太郎は、ソングライターとしてもっとも“旬”だったと僕は思っている。
当時は、ジァン・ジァンの定期ライブごとに新曲を作っていて、バンド仲間のリンコさんや新井田さん、生田敬太郎など別のバンド仲間、マネージャー、ジァン・ジァンのブッキングマネージャー、二人のローディー(付き人)、僕のようなスタッフが数人、あるいはプロデューサーをはじめとしたレコーディングスタッフたち、そういう数多くの人たちが、加奈崎さんの作った新曲に対してズケズケとモノを言っていた時期だった。
もちろん、曲作りというのは基本的にお客さんに対しての真剣勝負だろうが、当時の加奈崎さんにとっての曲作りは、スタッフたちに対しての真剣勝負でもあったと思う。不遇の80年代を過ごして、90年代はソングライターとして充実している時期だったはずだ。
実際、今年の2月に発売された最新アルバム『Piano~Forte』に収録されている曲の半分近くは、90年代に創られた曲だ。本人にとっても、この時期の楽曲をアルバムとして残したい気持ちが強いんだろうと思う。

ちなみに、上で紹介した『最後の誘惑』を含めて10曲ほどのデモテープを作ったとき、清志郎さんに聴いてもらうために送ったら、清志郎さんから「デモテープ聴いたよ。何度も。すごくいいです。どの曲もミリョク的です。(中略)“神様あの子を……神様居るなら……”(『最後の誘惑』)がいちばん好きだな。何度聴いても泣きそうになるのさ。こんないい歌をよく書いたもんだな。(中略)古井戸よりいいよ。そこで歌っている音だから」とメッセージが届いた(当時のファンクラブ会報誌「加奈崎通信」から)。

本当にいい曲を創り出していた時期だった。
そういう時期に少しでも手伝いが出来たことは、僕にとってもとても素晴らしい経験だった。

そもそも音楽業界とは無縁なので、手伝うどころかいろいろと足を引っ張ってしまったが、それでも加奈崎さんは、今でも僕の「師匠」であることには間違いない(当時のスタッフたちは加奈崎さんを「師匠」という決まりになっていて、僕は未だに加奈崎さんに対しては「師匠」と呼んでいる)。

その師匠に対して、中途半端に投げ出す形になってしまったのは、僕の人生の中で大きな心残りの一つだ。

……てなことを思い出して、「ブログになんて書こうかなぁ……」と考えながら、昨日スクーターで走っていたら、そこは偶然にも、青梅街道の“鍋横”交差点だった。

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ここは、加奈崎さんが東京にいた頃に住んでいた街で、『さらば東京』という曲の詩にも「鍋屋横丁」と地名が組み込まれている。加奈崎さんを車で迎えに行く時にいつも通っていた道で、『さらば東京』のプロモーションのスチール写真の撮影ロケ地としても使った場所だ。
当時は僕も中央線沿線に住んでいたんで毎日通る道だったが、最近は年に1度くらいしか通らないし、まして上野からスクーターで行くことなんて滅多になく、何の意識もしないで加奈崎さんのことを考えながら、本当に偶然通りかかったんで、思わずスクーターを留めて交差点で感慨にふけってしまった。

*  *  *  *  *  *  *

今の加奈崎さんは、当時のように何人ものスタッフを抱えているわけではないが、それ以上に多くのファンの人たちや地元の支援者たちに支えられて、ある意味で当時以上に元気で、全国を飛び回って唄っている。

そして、音楽仲間として、友人として、刺激し合う相手として40年も付き合ってきた清志郎さんが亡くなったことをきっかけに、同じく40年以上の付き合いのある泉谷さんとともに、お互いのホームページであまり知られていない清志郎さんの素顔を書き続けている。

もちろん今さら僕には、加奈崎さん、清志郎さん、泉谷さんたちとの強い絆については何も手伝えることはない。僕なんかが手伝わなくても、もっと古い仲間たちが手伝うだろうし、加奈崎さんには今のスタッフさんたちもついている。

ただ、僕の中で加奈崎さんに対してやり残したことを取り返すために、ずっと考えていることがあった。それを形にするのだとしたら、僕が知る限り加奈崎さんの周りで適任者はそれほど多くないと思うし、今の僕ならそれが実現できると自負している。
その気持ちを改めて伝えておかなくちゃいけないと、清志郎さんが亡くなってからずっと考えていた。
だから、それを伝えるために久しぶりに加奈崎さんのライブに足を運んだ。

*  *  *  *  *  *  *

僕が考えていることが実現できるかどうか、まだ何も決まっていない。加奈崎さん自身が、いつその気になるのか、そもそもその気になるのかどうかすら決まっていない。

ただ、加奈崎さんがその気になった時に備えていつでも心づもりしておくことが、師匠である加奈崎さんに対してやり残したことへのけじめだし、清志郎さんが亡くなってからずっとメソメソしていた自分自身へのけじめの付け方だと思っている。


それから1週間がたった……。
あれから2ヵ月……。
もう僕は大丈夫だ。


Piano~ForteMusicPiano~Forte


アーティスト:加奈崎芳太郎
販売元:PONYCANYON INC.(PC)(M)
発売日:2009/02/18
Amazon.co.jpで詳細を確認する

「けじめ」をつけに……〈加奈崎芳太郎のライブ〉その1


1970年代に「古井戸」というフォーク・デュオが日本の音楽シーンで活躍していた。
野太く圧倒的な声量を持つボーカル・加奈崎芳太郎と、R&Bなどを背景にした音楽性と繊細な詩的センスで曲を生み出したリードギター・仲井戸麗市の二人組だ。
仲井戸麗市は、古井戸解散後にRCサクセションの正式メンバーとして参加し、80年代の音楽シーンで活躍したので、見れば分かる人もいるだろう。

♪大学ノートの裏表紙に さなえちゃんを書いた〜
というフレーズの『さなえちゃん』が72年頃にスマッシュヒットしたので、その音源を聴くと思い出すという人もいるかもしれない。ちなみに、この曲を唄っているのは“CHABO”こと仲井戸麗市だ。

麻雀の話を書いたこないだの記事でリンクしていたのだが、数年前に『闘牌伝説アカギ』(原作:福本伸行)というアニメのオープニングソングに、『何とかなれ』という古井戸の曲が使用されて、最近の若い子たちの中で再評価されたようだ。

こうして古井戸を説明する時に『さなえちゃん』を紹介するのは、ちょっと躊躇するところで、本当は『ホスターカラー』あたりを聴いてもらった方が初期の古井戸らしいんだけども、まぁその辺のことを話すと長くなるので置いといて……、
とにかくその古井戸のメインボーカル・加奈崎芳太郎のライブが先週の土曜日にあったので、数年ぶりに生唄を聴きに大森まで足を運んだ。

*  *  *  *  *  *  *

この日のライブは、「古井戸らしきものを歌う」というのがテーマになっていたこともあって、当時のファンを含めてたくさん人が集まり、小さなライブハウスの会場は満員状態だった。

加奈崎芳太郎といえば、渋谷の山手教会の地下にあった伝説的な小劇場「渋谷ジァン・ジァン」で、約30年間、年に4回ずつ、同劇場が閉鎖するまで定期的にライブを続けていたのだが、80年代の一時期は客が数人しかいないときもあった(ちなみに、ジァン・ジァンは自主企画のホールなので、予約して金を払えば誰でも出演できるという劇場ではなく、何十年も定期公演を続けることが許されたのは、加奈崎芳太郎の他に、美輪明宏、イッセー尾形、永六輔やおすぎのトークライブ、津軽三味線の高橋竹山など数名だけ)。
ホームグラウンドであったジァン・ジァンの閉鎖後、長野県・諏訪に住まいを移してからは地元を中心に活動を続けており、東京でライブを観られる機会も随分と減ったためか最近は客の入りも上々のようだ。

久しぶりに聴いたライブは、相変わらず長いMCと圧倒的な声量が健在だった。
「古井戸らしきものを歌う」と客を呼んでおきながら、アコースティック・ギターではなくストラト(エレキ・ギターの名器)をピックを使わずに指で引き続けるという“ひねくれ方”も健在(笑)。
さすがに高音はつらそうだったが、それでも60歳とは思えないほどの音圧を感じさせてくれるボーカルはさすがだ。

古井戸解散後、もし周囲の勧める歌謡曲路線(例えばアリス解散後の堀内孝雄のように)にいけばメジャーシーンに残れる可能性もあっただろう。何と言っても歌が上手いから。実際、アルバムの変遷を見れば分かるように、加奈崎本人も周囲に促される形で妥協せざるを得なかった時期もあった。
もっとも本人が歌謡曲路線に満足いくはずもなく、メジャーシーンとかアルバムの売り上げとかとは縁の遠いミュージシャン街道を突っ走ることになる。
その反骨的な心意気が、60歳になってもなお「古井戸をストラトで」というズテージングに繋がっているんだと思う。

ライブに行く前の僕は、「エレアコ(エレキギターとアコースティックギターの間の子のような楽器)でやるのかなぁ? ハミングバード(ギブソン社のアコースティックギター)でやってくれないかなぁ」ってちょっと心配だったんで、その裏切りに「さすが、加奈崎!」と気持ちいい思いがした。

この日のセットリストはメモしていないので、どの順番で何の曲をやっていたかは書けないんだけども、終盤に『いつか笑える日』『陽炎』を聴かされた時には、思わずジーンと来てしまった。
これらの曲に対しての加奈崎芳太郎の気持ちも理解しているつもりだし、自分にとってはすごく好きな曲だし、このところの自分の色々な気持ちが心の琴線に触れてしまったんだ。

来週の土曜日(2009年7月19日)には東京の福生、翌日曜日(2009年7月20日)には荻窪、そして、8月29日(土)に加奈崎芳太郎が現在住んでいる諏訪の近く、長野県岡谷市で規模の大きなライブが開催される。

もし興味のある人は、ぜひ足を運んでみてください。
詳しくは、加奈崎芳太郎の公式ファンクラブのページから、左側のメニューバーにある「Live」をクリックすると、詳細が掲載されています。
8月29日のライブについては、→こちらのページ←に詳しく掲載されています。

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一旦アップして読み返したら、とんでもなく長いんで、とりあえず2回に分けることにしたんで、つづく……。

2009年6月16日 (火)

映画より舞台版がお薦め(映画「鈍獣」を観て)


久しぶりに映画の感想でも……と思って、前はいつに書いたんだろうと思ったら、まともな映画の感想は、2005年12月5日付け『イン・ハー・シューズ』まで遡ることになってしまった。
およそ3年半振りということになる。

何せ、3年前に比べれば新作の映画を観ることが極端に減った。その頃は月に3〜5本以上は観ていたし、試写を含めれば十数本ということもあるペースだったんで、書くこともいくらでもあったんだけども、この数年、新作の映画は平均すると月に2本ペース、しかも年末に駆け込みでシネコンや二番館などで帳尻合わせをするもんだから、実際には映画を観ない月も多くなった。

ということで、とくにおススメするわけではないが、久しぶりに一番直近で観た映画『鈍獣』の感想──

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ある田舎町に、失踪して行方不明になった作家(浅野忠信)を探して、担当編集者(真木ようこ)がやってくる。
その町のホストクラブで彼女を待ち受けていたのは、ホストクラブのオーナー兼ホスト(北村一輝)、作家やホストの元級友(ユースケ・サンタマリア)、ホストの愛人(南野陽子)、ホストクラブのホステス(佐津川愛美)の4人。
その4人から、作家の居場所を聞き出そうと話を聞くと、次第に作家と4人たちの関わりが明らかになっていき、そして、作家が行方不明になった原因が明らかになっていく……。

というミステリー仕立ての映画だ。

さてこの映画の、正直言って、どう評価していいか迷う微妙な作品だ。

実は、この映画は宮藤勘九郎の脚本なのだが、2004年に舞台で上演した作品を、改めて宮藤勘九郎が映画用に脚本を仕立て直して映画化したものだ。
僕は舞台でも観ていて、さらにその舞台のDVDもある。

まず、映画化するために、舞台よりも設定を細かくして分かりやすくなっている。そのお陰でたしかに分かりやすくはなっているが、舞台で効果的だった「不思議な空間」としての怪しい雰囲気はなくなってしまった。そのためか、新たに追加された「相撲の町」というキーワードで誤摩化してはいるが、あまり効果的だったとは思えない。
また、分かりやすく場面を切り換えていくことによって、確実にテンポが悪くなっている。舞台の方が30分以上も尺が長いはずで、しかも幕間が入るにもかかわらず、映画よりもテンポが良く感じるのは、それだけ映画版のテンポが悪くなっている証拠だ。

舞台作品を映画化する際によくあることだが、映画用に設定を変更することによって、決定的に面白みがなくなる場合がある。もちろん逆もあって良くなる場合もあるが、多くは舞台が素晴らしいからこそ映画化されるので、映画化したことでより良くなることは少ない。今回の作品でも、明らかに舞台版の脚本の方が優れているといわざるを得ない。
モノを創っていると、文章でも立体物でも、いじり過ぎていくうちに、自分の中ではどんどん良くなっていると感じながら、実際には客観的な視点からどんどん離れていってしまい、良さがなくなっていくことがある。そういう感じがする。

例えば、作家やホストの「級友」(映画ではユースケ・サンタマリア、舞台では生瀬勝久)の職業が、映画では登場時から明らかにされているが、舞台では終盤まで明らかにされていない。これがこの男の気持ち悪さを効果的に演出しているが、最初から明らかになっては、単なる不真面目な男でしかなくなってしまう。
また、舞台では、その存在だけが紹介されながら一度も舞台に現われることのなかった謎の店員が、映画版では登場する(キャストは黒人演歌歌手のジェロ)。こうしたキャラクターは、『刑事コロンボ』の「うちのカミさんがね……」でお馴染みであり、三谷幸喜がよく使う「赤い洗面器の男」も同様で、いつまでも登場しないからこそ面白い。単なるマクガフィンとしての役割だけじゃなく、物語の面白さを一味付け加えているのだが、それも登場してしまっては効果が薄くなる。

キャスティングも微妙だ。
映画のキャスティングも悪くないが、舞台版のキャスティング(とくに、作家=池田成志、ホスト=古田新太、級友=生瀬勝久)がすこぶる良かっただけに、見劣り感は否めない。

オープニングのお気に入りのシーンがなくなってしまったのは仕方ないが、ラストシーンの締め方も舞台版の方が面白い。

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※舞台版に興味のある人は、画像をクリックすると
「イーオシバイ」にジャンプします

舞台版を見ずに映画で初めて観た人の感想は、割と好意的かもしれないが、舞台版を観た後だとどうしても比べてしまって評価が低くなる。

僕は、とくに宮藤勘九郎を買っているわけではないが、けっこう注目はしている。舞台でいえば、今年も劇団☆新感線の舞台『蜉蝣峠』で宮藤脚本の舞台を観ているし、彼の書いた映画も7割方観ていると思う。正直言って、舞台も映画もグダグダ感が強くて、とくに終盤になると脚本を投げ出すようなところも目立つことが多いので、舞台と映画についてはそれほど評価していないけども、『メタル・マクベス』はシェイクスピアを解体して再構築した作品としては、割といい出来だと思う。また、ドラマ脚本家としてはとても評価しているし、多くのドラマが面白いと思う。
その僕が、宮藤勘九郎の舞台脚本としてはもっとも高く評価している作品が『鈍獣』だった。

これから『鈍獣』を観るならば、映画版よりも舞台版のDVDをお薦めしておくし、もし映画版を観た後だとしても、舞台版DVDも観て損はないと思う。

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ということで、久しぶりの映画の感想だったが、映画も舞台も両方観るという人は少ないだろうから、あまり参考になるような感想になってないかもしれない。

このブログを書き始めた頃は、ちょうど仕事がスランプの頃で、仕事で執筆の依頼が来ても書けないで断っていた時期だった。だからブログで好きなことを書いていくうちに、リハビリになるかと始めたわけだが、映画の感想を書くのはちょうど良いリハビリだった。いくつかの制限を自分の中で設定しておいて、強いプレッシャーになる「タイムリミット」「字数」は気にせずに、好きなタイミングで好きな字数だけ書くことで、徐々にスランプから脱したのだった。が、それと同時に、映画の仕事も再開したということもあり、このブログでは書かない日が続いた。
そういえば最近、映画の仕事もあまりしていないし、今年からしばらく歌舞伎や舞台鑑賞は少しペースを落とすつもりなので、せめて映画くらいは劇場や試写で観て、このブログでも感想を書いていきたいと思う。

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【作品名】鈍獣('09/日本/130分)
【監督】細野ひで晃
【脚本・原作】宮藤官九郎
【出演】浅野忠信、北村一輝、ユースケ・サンタマリア、
    真木よう子、佐津川愛美、南野陽子、ほか
【公式サイト】http://donju.gyao.jp/

2009年6月13日 (土)

出会いから三十年経って見た顔は……


僕の母親は、昔から昼間にTBSラジオを聞いている。
朝は『森本毅郎・スタンバイ!』から始まって、『大沢悠里のゆうゆうワイド』、昼の『小島慶子 キラ☆キラ』、夕方の『荒川強啓 デイ・キャッチ!』という流れの番組を毎日のように聞いていて、土曜日も永六輔『土曜ワイドラジオ』や久米宏『ラジオなんですけど』という番組を聞いている。
中でも『スタンバイ』『悠々ワイド』『土曜ワイド』なんていう番組は、僕が子どもの時からやっている長寿番組だ。

で、僕が小学生や中学生の頃、母親と一緒に車で出かけたりするときは、きまってTBSの番組を聞かされていた。
もともと、僕の世代って「省エネ政策」で深夜のテレビ放送がなかった時代で、若い奴にとって深夜のメディアと言えばラジオだったし、同世代の人の多くはラジオを聞いていた時期が少なからずあったと思う。

そうしたこともあって、社会人になって仕事で車を使っていた頃は、母親とは違ってほかのAMやFMも聞いていたが、TBSラジオも聞いていた。

今、この長屋はビルに囲まれているのでラジオの電波が受信しづらいため、「Podcast」でラジオ番組を聞きながら仕事をしている。しかもTBSはこのPodcastに力を入れていて、多くのラジオ番組の一部を配信しているため、前述したような昼の時間帯のラジオ番組の多くを楽しんでいる。

つまり、僕は子どもの頃、青春期、そして中年期と、断続的ではあるものの、ずっとTBSの昼の時間帯のラジオを聞いていたことになる。

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で、昨日、この春から新しく始まった『小島慶子 キラ☆キラ』という番組のゲストに、阿南京子が登場した。

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※番組での阿南京子さんの声を聞きたい人は、画像をクリックしてみてください。

「阿南京子」と言われても、たぶんTBSラジオを聞かない人にはサッパリ分からないだろうが、この人は僕が子どもの時からずっと、「警視庁道路交通センターの阿南さ〜ん」と呼ばれて、「はぁい。ハッキリしないお天気が続きますが、ドライバーの皆さんは、今朝も気をつけてお出かけください」なんて言ってくれる人だ。

僕は、朝に優しい言葉をかけられてしまうと弱いところがある。フジテレビの『めざましテレビ』は、番組はあまり好きじゃないし、占いなんてまったく信じないんだけど、“アヤパン”こと高島彩に「今日一番アンラッキーなのは……ごめんなさ〜い、さそり座の皆さん」なんて言われると、占いは悪い結果なのにテンションは妙に上がったりする。

しかも、少し声フェチで、低音で艶のある声に弱い。『銀河鉄道999』のメーテルやオードリー・ヘップバーンの声優・池田昌子や、『ルパン三世』の峰不二子や『キューティーハニー』のハニー役の増山江威子の声に、幼いながらドキドキしていた。

阿南京子という人は声優でもないし、毎日ラジオで交通情報を伝えるだけなんだけども、少し低音でハスキー気味で、艶っぽく、ちょっと気怠そうな声は、世の男性ドライバーの心を癒しているのだ。しかも、三十年近くも! リアルタイムで聞くことができないPodcastは、交通情報を流すことなんてないので、最近の僕はたまに車に乗っている時くらいしか機会がなくなってしまったが、声を聞くだけで「あ、この交通情報は阿南さん」とすぐに分かる。

番組で水道橋博士が「多くの交通情報の声のなかで、唯一、その声を憶えている人」と表現していたし、小島慶子は「しかも妄想が膨らむ声ですよね」と言っていたが、まさにその通りで、交通情報といえば阿南京子というほど絶対的な存在だ。

TBSラジオファンには阿南京子ファンも多いようで、最近、交通情報以外で番組出演することも増えているらしく、例えば久米宏のラジオ番組でゲストで出演したというのは聞いていたが、残念ながらPodcastでは配信されなかったために聞けなかった。

その阿南京子が……僕はこのブログで知り合いでもない有名人に「さん」付けしないし、仮にその有名人が知り合いでも「さん」付けすること少ないのだが、今回は知り合いでもないけどもあえて「阿南京子さん」と言わせてもらう……その阿南京子さんの出演番組が、Podcastで配信されただけではなく、番組の公式サイトで顔写真を公開しているというじゃないか。

これまでもとくに顔を隠していたわけではないだろうが、僕は30年も聞きつづけたその顔を知らなかった。声がいいからって顔に期待するとガッカリすることもある。だから、見たいような見たくないような、複雑な心境でちょっと躊躇したんだけども、おもいきって番組のサイトを見てみたら……。

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※阿南京子さんの顔や番組サイトが見たい人は、画像をクリックしてみてください。

とっても上品そうで素敵なお姉様だったんで、ホッとした。 ホッとしたというか、何せ子どもの時から聞いている声なんで、もう少し老け顔を想像していたんで、その若々しさと美しさにちょっと驚いた。

いやぁ、良かった良かった。

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ということで、阿南京子さんは、声が艶っぽく、だけども優しげで、ドライバーの心を癒してくれて、その上お顔もきれいだ……って、このブログを読んでくれている人にとっては、まったく興味のない話だったかな。

ただ、『小島慶子 キラ☆キラ』という番組は、久しぶりに注目のラジオ番組だ。
今年の3月まで、この時間帯のTBSラジオは『小西克哉・松本ともこ ストリーム』という上質の情報番組で、さらに数年前まで遡ってこの時間帯といえば、文化放送の『吉田照美のやる気MANMAN!』という人気番組だったんで、「つまんない番組が始まったら嫌だなぁ〜」と思っていたら、何とも面白い番組だ。

近いうちに改めて『小島慶子 キラ☆キラ』については紹介するつもりで、今日はその予告編という感じで……。

2009年6月 8日 (月)

今年の初フェス……〈頂〉


昨日は、「頂 日本平大音楽祭 2009」というイベントのため、静岡県清水市まで行ってきた。

一昨年の浜石祭りから3年連続で行ってることになるのかな。
今年の夏フェスがスタートという感じ。

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最近は、ロックフェスとか言いながら随分とお行儀のいいフェスが多くて、行儀の悪い僕はかなり不満だ。と言いながら、何だかんだと行くんだけど……。
今回の「頂」くらい、ゆるくて人の少ないフェスが一番楽しい。

1ヵ月ぶりに、一日中いろんなアーティストの音楽を聴いていた。
少しリハビリになったようだ。


2009年3月24日 (火)

WBC 日本チーム優勝!!!!

原辰徳監督率いる日本チームが、今、たった今優勝しました。

久しぶりに涙が止まりません。

おめでとう!!

2009年3月15日 (日)

19世紀は歌舞伎の大転換期……その3

●明治政府にすり寄った歌舞伎界

「19世紀は歌舞伎の大転換期」というテーマで記事を書き始めておきながら、その後、すっかり時間が経ってしまった。
「『河原乞食』の抱え続けたコンプレックス」を書いてから約3週間、ようやくその続き。

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すでに一大産業として確立していながら低い地位に甘んじてきた歌舞伎界は、明治に入り、露骨なまで政治へアプローチをかけ、自ら明治政府にすり寄って地位向上を図り成功させる。
現在の歌舞伎が本来の大衆文化ではなく、格調高い伝統芸能として扱われるのは、この時期の影響が大きい。

まず、徳川に替わって日本を治めることになった明治政府の歌舞伎界への対応だが、徳川幕府と変わらず厳しいものだった。
安政年間に浅草の北に位置する猿若町に集められた各芝居小屋は、明治元年(1968年)には移転するように命じられる。動乱の世からようやく落ち着き、歌舞伎人気も少しずつ以前の活況を取り戻しつつあったなかでの移転話だ。当初は各歌舞伎小屋も躊躇していたが、明治5年(1872年)になって守田座が新富町に移転し(新富座となる)、他の芝居小屋も東京各地へと移転を進めていった。

下の写真は、現在の浅草6丁目にある「浅草猿若町碑」。今では当時の面影はまったくなく、いくつかの石碑が残っているだけだ。

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さらに明治5年、明治政府は更なる干渉をする。
以下、干渉の内容について、『歌舞伎の歴史』(今尾哲也 著/岩波新書)から引用する。

   第一に、「高い身分の方や外国人が見物するように
  なるから、淫らな男女関係を惹き起こす原因となった
  り、恥ずかしくて親子が一緒に見ることの出来ないよ
  うな狂言を演じてはいけない。道徳教育の足しになる
  ような狂言を作れ」。
   第二に、「芝居というものは本来善をすすめ、悪を
  懲らしめることを趣旨としなければならないのは当然
  のことであるが、それに加えて、今後は狂言綺語(作
  り話)と呼ばれることを禁止すべきである。たとえば、
  今までは、羽柴秀吉という名前を真柴久吉と変えてみ
  たり、織田信長のことを小田春長と変えて上演してき
  た。(中略)名前だけではない。何事につけても、事
  実に反するようなことをしてはいけない」
  (原典:『明治文化全集』第24巻)

(引用以上)

要するに、
「身分の高い人間も見るような高尚な文化という意識を持て」
「外国人が見て日本文化を下品だと評価されないようにしろ」
「時代物(歴史的背景のある狂言)は、荒唐無稽な作り話ではなく、史実に基づく筋立てにしろ」
ということだ。

そもそも歌舞伎とは、「傾く(かぶく)」ことから始まったと言われる。
「傾く」というのは、「常軌を逸した行い」「自由奔放な振る舞い」「異様な身なり」という意味であり、破天荒で型破りな行為を指したものだ。出雲の阿国という女性が、歌舞伎踊りを披露してから約250年余、江戸や大阪の庶民たちに大衆文化としてしっかりと根付き、すでにある程度の完成度に到達していた。
それを高尚にと言われても、歌舞伎界にとっても、歌舞伎に足を運んでいた観客にとっても、すぐに「はい、そうですか」と受け入れられるものではなかっただろう。

ただし、当時の歌舞伎小屋は、暑くなれば男女構わず半裸状態になったり、興奮した観客同士で喧嘩になったりと、たしかにあまり誉められた環境ではなかったようだ。
下の錦絵は、江戸中期(1740年頃)に奥村政信によって描かれた『芝居浮絵』という浮世絵。これを見る限りそれほど破廉恥な環境だったとは思えないが……。

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それにしても、「狂言綺語」の禁止というのは、これまでの歌舞伎を全否定することに近い命令だった。
徳川幕府の規制によって、歌舞伎や文楽は、世相を直接描くような狂言を作ることを禁止されていた。そのため、例えば、18世紀初頭の元禄時代、日本中で話題だった「赤穂義士の仇討ち」騒動を狂言にする際に、大石内蔵助を大星由良之助、浅野内匠頭を塩冶判官、吉良上野介を高師直、などと名前を変えて『仮名手本忠臣蔵』という人気狂言を作り出した。
少し補足説明しておくと、『仮名手本忠臣蔵』の前に赤穂義士を描いた作品がいくつかあり、近松門左衛門が人形浄瑠璃として作った『碁盤太平記』が人気を博したことから、時代を室町時代の歴史文学である『太平記』になぞるようになった。そのため、塩冶判官や高師直など、室町期の歴史上の人物が、『仮名手本忠臣蔵』の中心人物として登場することになる。
さらに『忠臣蔵』に限って言えば、たしかに日本中で「赤穂義士の仇討ち」が話題になった背景には、当時「犬公方」とまで言われた5代将軍・徳川綱吉の治世に対する不満もあっただろう。しかし、多くの庶民とっては、そうした政権批判だけではなく、太平の世に命をかけて「義」を貫いた赤穂義士たちに対する純粋な賞賛こそが、何よりも心を熱くさせた要因だったろう。そして『仮名手本忠臣蔵』は、単なる仇討ちという事件経過だけの物語だけでなく、「おかる・勘平」「力弥・小浪」「師直・顔世御前」という歴史的事実にはないサイドストーリーを膨らませ、本筋である仇討ちと上手く絡めることで、「歌舞伎三大狂言」と言われるほどに人気のある狂言へと発展していった。

下の錦絵は、歌川豊国作の『東都高輪泉岳寺開帳群集之図』。『忠臣蔵』の登場人物が一堂に会して品川の泉岳寺に参詣するという想像図。
クリックすると大きな画面になるので、参考までも見てほしいが、左から、斧定九郎、おかる、早野勘平、寺岡平右衛門、大星由良之助、小浪、戸無瀬、加古川本蔵、一文字屋才兵衛、という珍しい一枚。
「狂言綺語」から派生した歌舞伎の世界観を否定してしまえば、こうした魅力的なキャラクターたちが作り出されることもなかっただろう。

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引用文に出てくる「羽柴秀吉という名前を真柴久吉と変えてみたり、織田信長のことを小田春長と変えて」というのも、同じような流れの中で、いつしか観客に定着した「隠語」である。隠語と言っても誰でもわかるほどなのだから、隠れてもいないのだが、そこが日本文化の「建前」であり、まぁ誰でもわかるほど常識的な隠語でも、あえて徳川幕府の顔を潰さないようにすることで、幕府も歌舞伎界も、お互いに適度な距離を保ってきたわけだ。

こうした「狂言綺語」という手法は、単に幕府からの抑圧をかわすためでけではなく、前述した『仮名手本忠臣蔵』のサイドストーリーのように、歌舞伎狂言をフィクションとして完成度の高いエンターテインメントへと昇華していくために、大きな役割を担っていた。

これを、明治政府はいきなり禁止しようとしたのだ。

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これらの明治政府の対応は、当時「文明開化」と呼ばれ強引に進められていた「欧化政策」の一環だった。
当時、欧米への海外視察によって、産業革命を終えたアメリカやヨーロッパの文化を直視した明治の高官たちは、カルチャーショックを受けると同時に、日本文化が低く見られることへのコンプレックスを抱き、「欧米各国に恥ずかしくない国づくり」を目指していた。
そうした明治維新から富国強兵への明治政府に対する僕なりの評価は、改めて別の機会に書くことにするが、単純に否定することはできない。

ただ、僕に言わせれば、「狂言綺語の禁止」などという無茶な要求は、地方から「東京」へと出てきて大手を振って歩いている田舎者の明治高官たちが、江戸や上方という世界有数の都市が作り上げてきた文化を理解できずに、あるいは理解しようとする努力もせずに突きつけた横暴だ。

この記事の冒頭で、「歌舞伎界が明治政府にすり寄った」と表現したが、まさにこうした横暴とも言える要求に対して、歌舞伎界はすり寄っていったのだった。

以前、『文七元結』について書いた記事で少しだけ触れたが、『文七元結』を創作した落語家・三遊亭圓朝は、我が物顔で闊歩する明治政府の高官たちに対して「これが江戸っ子だ!」と啖呵を切るように、(かなり極端ではあるが)見事なまでの江戸っ子像を描いてみせた。
それに対して歌舞伎界は、全体としては渋々ながらも、明治政府にすり寄っていくことを選んだ。まさに「すり寄った」結果として、歌舞伎は、現代では日本を代表する古典芸能として、他の古典芸能の追随を許さないほど高い地位を気づくことに成功したのだ。

当然ながら当時、多くの歌舞伎関係者は、大いに戸惑ったに違いない。
前回の記事で紹介した河竹黙阿弥も、江戸時代はあれほど数多くの優れた作品を現代に残している狂言師だったが、狂言綺語の規制や黙阿弥独特のリズムである七五調を否定された制限の中では、高い評価を得られるようなことはなかった。

しかし、そうした歌舞伎界の中で九代目・市川團十郎は、確信的な自信を持って、新しい歌舞伎の創作に挑んでいったのだ。

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あぁ……、本当は3回で書き上げるつもりだったのに、書き出すと止まらない。
もう少し続くので、続きは次回に……。


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2009年2月24日 (火)

閑話休題で……歌舞伎座建て替えをどう思う?


浅草寺の観音裏にある「『暫』の像」について、補足して説明しようとはじめたのに、長くなってしまったなぁ……。

とりあえずまだ続くので、少し閑話休題。

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昨日、あるマンガ家さんと浅草に関する仕事について打ち合わせをしていたら、雑談として「歌舞伎座の建て替えについてどう思いますか?」って聞かれた。ついこないだも別の人に聞かれたし、どうも、歌舞伎好きで、しかも浅草のような街と多少なりとも関わって仕事をしていると、歌舞伎座の建て替えに一家言あると思われてるらしい。まぁ確かにあるんだけど……。

すでにご存知の方も多いと思うが、東京・東銀座にある歌舞伎座は、来年の4月の公演が終わると、建て替え工事のために一旦閉鎖される。それに伴って、いま歌舞伎座では、1年4か月にも渡って「さよなら公演」というイベントをやっている。


『毎日新聞』2009年1月29日号より一部抜粋

  ■歌舞伎座:五代目、複合ビルに 松竹が建替案提出
   松竹は28日、老朽化のため10年の4月公演を最
  後に建て替える歌舞伎座(東京都中央区)=写真・平
  田明浩撮影=の新施設計画案を東京都に提出したと明
  らかにした。現在と同様の唐破風(からはふ)の屋根
  をつけた劇場棟と高層オフィス棟で構成する複合ビル
  になるという。約120年の歴史を誇る歌舞伎座にと
  って4度目のリニューアル。“五代目”は伝統を引き
  継ぎながら、新たな要素を加えた都心の名所となりそ
  うだ。
  (引用ここまで)


ということで、こんなアンケートがあったので、ぜひ投票をどうぞ。



*  *  *  *  *  *  *

歌舞伎座については、次回以降の記事でも少し触れるし、改めて歌舞伎座についてもちゃんと書きたいと思っているので、そこで建て替えについての自分の気持ちも書こうと思っている。

せっかくここに来てくれた人は、歌舞伎座のことをよく知らない人でも、よかったら暇つぶしにアンケートにポチっとしてみてください。
ついでに、この記事のコメント欄にご意見でも書いてもらえれば、今後の記事の参考にさせてもらいたいと思います。


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2009年2月22日 (日)

19世紀は歌舞伎の大転換期……その2

■「河原乞食」が抱え続けたコンプレックス

さて、前回の記事の続きで、ようやく本題。

今回も、各写真をクリックすると拡大画面が見られる。

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江戸末期から明治時代にかけて、19世紀のおよそ100年、世の中は明治維新の風に吹かれて激動の時代だったが、この19世紀は歌舞伎界にとっても、大きな転換期となった。

まずこの時期、鶴屋南北と河竹黙阿弥という二大作者が、名作狂言を次々と生み出す。この2人は、現在の歌舞伎ファンの知名度も高く、100〜200年経ったいまでも人気の高い演目を数多く残している。
鶴屋南北(正確には4代目だが、狂言作者として特筆すべきは4代目だけなので、一般的には4代目は省略されることが多い)は、『東海道四谷怪談』などの作者だ。
もともと「ケレン」と呼ばれる派手な演出の狂言を書いてきたが、『東海道四谷怪談』では、「戸板返し」「仏壇返し」など新しいケレンを駆使し、残忍な殺害風景、妖艶な濡れ場、さらに時代を反映した世相を取り入れ、リアリティ感のある恐怖の舞台を作り出した。
このようにリアルで写実的なストーリーは、「生世話物」というジャンルを確立したとされている。

余談だが、昨今の落語ブームに関連した記事や文章の中で、三遊亭圓朝を紹介するとき「『四谷怪談』を創作した」との表記があるが、これは明らかに説明不足。『文七元結』が圓朝の創作で歌舞伎に移入されたため、それと混同して、「四谷怪談」も落語から歌舞伎に移入したような書き方も見られる。
たしかに落語の新作『四谷怪談』を創作したのは圓朝だが、『東海道四谷怪談』は圓朝が生まれる前に完成しており、圓朝が歌舞伎から落語へと取り入れたものだ。
ちなみに『東海道四谷怪談』の原典は、『四谷雑談集』と言われている。噂話・誹謗中傷などを集めたスキャンダル集だが、その中の話に『忠臣蔵』の設定を絡めて創作された。

下の錦絵は、歌川国貞による『夢結縁草戸』。『東海道四谷怪談』を描いている作品で、左から“八重がきおひめ(お梅のことか?)”岩井紫若(7代目・岩井半四郎)、“お岩ゆう霊”五代目・尾上菊五郎、“民谷伊右衛門”5代目・市川海老蔵(7代目・團十郎)。

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もう一人が河竹黙阿弥。
「知らざぁ言って聞かせやしょう」の弁天小僧 菊之助でお馴染みの『青砥稿花紅彩画』(通称:白浪五人男)や、以前の記事で少し紹介したこの上野・下谷界隈が舞台となる『天衣紛上野初花』(通称:直侍・河内山)、中村勘三郎の舞台に椎名林檎が音楽を担当して話題となった『三人吉三廓初買』(三人吉三巴白浪)など、現代の舞台でも、数多くの作品が上演されている狂言作者だ。
七五調の流暢な台詞を端役の登場人物にまで徹底して配し、歌舞伎に独特のリズムを作り上げ、また、義太夫や清元を効果的に使った演出で音楽性を高めた。
そして、ストーリーとしては、江戸の庶民の抱えている不条理感を作品内にちりばめ、その因果応報に苦しむ様を描きだした。これについて僕は、幕末という時代のうねりの中で、支配階級である武士たちが政治と世情を不安定にさせることに対して、江戸文化の中心だった庶民たちが漠然と感じていた不安感や、自分たちの力では世情の不安定さから脱却できない焦燥感などを、見事に描いたと解釈している。

黙阿弥については、またいつか詳しく書きたいと思うが、とにかく、この二人の偉大なる狂言作者によって、幕末の歌舞伎はより洗練され、いよいよ文化としての完成度を高めていった。

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一方、歌舞伎役者も、自己改革を目指していた。

19世紀前半に活躍した7代目・團十郎は、市川團十郎家の権威を誇示するために、『暫』『勧進帳』など18本の演目を選出し「歌舞伎狂言十八番」と命名した。余談だが、これを摺り物にして箱につめ、贔屓客に配ったことから、得意なものを「十八番」と書いて「おはこ」と言うようになる。

7代目・團十郎が権威を誇示しようとしたのは、何よりも歌舞伎役者の地位が低かったためだ。江戸時代、とくに黎明期には、「河原乞食」と呼ばれ遊女と変わらないほど、歌舞伎役者の地位は低くかった。
歌舞伎が世に誕生したのは、江戸時代が始まった時とほとんど同時期だが、幕府は、江戸時代を通じて一貫して、世の中の風紀が乱れるとして歌舞伎を厳しく取り締まった。

歌舞伎で「大向こう」と呼ばれるかけ声がある。團十郎なら「成田屋っ!」、菊五郎なら「音羽屋っ!」というやつだ。あれは、歌舞伎役者の屋号。今でも商法の制度として残っている、あの屋号だ。
前述の通り身分制度の中で歌舞伎役者の地位は低く、本来「士・農・工・商」の下とされていた。「市川」「中村」「松本」などと苗字を名乗っているが、武士階級にしか苗字が許されない時代に、士農工商よりも身分の低い役者たちが苗字を持てるはずもない。役者たちが勝手に苗字を名乗り、幕府がそれを黙認していただけのことである。実際に、例えば歌舞伎興行の許可を求めるときなど、幕府に提出しなくてはならない文章を書く際には「中橋猿若座 歌舞伎役者 勘三郎」などと記していた。
それでは不便なことも多いため、一部の役者たちの中に商人の習慣に習って屋号を付けるものが出てきた。日本橋の商人が越後の国から出てきて「越後屋」(現在の三越デパート)と名乗ったように、家系の縁などから名付ける方法だ。これが、成田山新勝寺を信仰していた市川團十郎家の「成田屋」となる。
また、中村(猿若)勘三郎のように、役者でありながら、芝居小屋の支配人である「座元」を務めるものもいた。これはそのまま、芝居小屋の屋号である「中村屋」を名乗る(後に役者ではない座元も、苗字と屋号を混同しながら使用する)。現在では、多くの役者の屋号が苗字と別なのに対し、中村勘三郎家だけが苗字に「屋」を付けるだけなのは、こうした理由からだ。
さらに、人気のある者は「千両役者」(一年間で千両以上の契約。江戸中期ならば、おおよそ1億円くらいの感覚。ちなみに所得税はない)と言われるほど大金を稼いだため、そのお金で副業の商売を始めた者もおり、その商売の屋号を使う場合もあった。
こういう経緯から、どの役者も屋号を持つことになり、これが、歌舞伎役者の家系を屋号で呼ぶ風習として、今でも残ってるわけだ。

こうして役者の人気が庶民たちから高まり、また経済的な成功を収めた芝居関係者も多くなると、幕府もその存在を認めざるを得なくなってしまう。当時は、江戸の表通りは武家と商家しか家を建てることが許されていなかったが、幕府は歌舞伎役者に商人としての地位を持たせ、歌舞伎役者が表通りに家を持つことを認めた。
ただし、やはり身分としてはあくまでも士農工商の下に置き、風俗を乱し社会を混乱させる恐れがあるとして、吉原などの遊郭ととも常に厳しく管理した。幕府の取り締まりは江戸末期まで続く。例えば幕末(天保年間)になって、江戸に四散していた芝居小屋を、浅草の北側、後の猿若町にすべて集中させたのも、取り締まりの一環だった。

下の錦絵は、歌川広重『東都名所 芝居町繁榮之圖』。1843年頃の江戸猿若町。当時の賑わいがよく感じられる。

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このように役者をはじめとした歌舞伎関係者たちは、実態に則していない地位の低さをコンプレックスに感じながら、江戸時代を過ごしていた。
だからこそ、7代目・團十郎は、必要以上に権威を誇示しようとしていたし、この時期の役者たちは、鶴屋南北や河竹黙阿弥によって生み出された完成度の高い狂言に対し、その狂言が要求する演技に答えられるよう、自らの技術を磨き上げていったのだ。

*  *  *  *  *  *  *

こういう中で、明治維新の風が吹き、歌舞伎界も維新の流れの中に巻き込まれていった。

まず、安政から幾たびかの大地震と火災、あるいは台風によって、すべての芝居小屋が集中した江戸猿若町は、度重なる普請工事を繰り返させられる。
そして、幕末から明治にかけての急激なインフレが起こる。
さらに戊辰戦争で、浅草のすぐとなりである上野の山が戦地となる。

この混乱によって、各芝居小屋は客足が遠のいていく。
下の錦絵は、「月の光によって人物の影が描かれた」作品として有名な広重の『名所江戸百景 猿わか町よるの景』だが、同じ絵師の作品ながら上に示した『芝居町繁榮之圖』とは異なり、猿若町に賑わいが感じられない。1856年の作品なので、災害による復興中の中、やや客足が遠のいていた時期なのかもしれない。

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一方、徳川幕府に替わり政権を奪い取った明治政府もまた、歌舞伎界を規制しようとしてきた。
明治元年(1968年)にはすでに、江戸三座といわれた「中村座」「市村座」「森田座」に対して、猿若町からの移転を勧告する。
さらに、日本の西洋化を目指していた政府高官や知識人などが、歌舞伎に対して「文明国家として相応しくない」と非難する。

明治に入り世情が安定する中で歌舞伎人気もようやく戻りつつあったが、歌舞伎界は「文明開化」という時代の波にさらされ、さらにコンプレックスを深めていくことになっていった。
こうした時代の風を受け、歌舞伎界は自ら変わろうとする……

ということで、もう少し続くので、続きは次回に。


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2009年2月20日 (金)

19世紀は歌舞伎の大転換期……その1

■今も昔も変わらない『暫』の姿

前回、「浅草寺の顔」というテーマで写真を掲載した。
その際に、9代目・市川團十郎がモデルとなった「『暫』の像」を紹介し、「19世紀は歌舞伎の大転換期だった」と書いた。

所詮は僕もあらゆる書籍からの“読みかじり”でしかないが、数年前、「19世紀の歌舞伎の転換期」について、自分なりに整理して書いたものがあるので、それを大幅に加筆・修正してみた。
各写真は、クリックすると拡大画面が見られる。

前回の記事のコメント欄に掲載しようと始めたが、あまりに長くなったので、改めて記事として掲載する。
しかも今回は、『暫』の話と團十郎のルーツだけで長くなってしまったので、実際に9代目・團十郎と「19世紀の大転換期」については、次回以降に……。

*  *  *  *  *  *  *
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前回の記事では顔のアップだけだったが、上の写真は「『暫』の像」全体をうつしたもの。
『暫』というのは、古典歌舞伎の代表的な狂言の一つ。
歌舞伎を見たことない人も、「ぁぃゃ しばらくっ。しぃばぁらぁくぅ〜っ」という台詞は、何となく見聞きした覚えもあるのではないだろうか。

『暫』というのはもともと独立した演目ではなかった。一つの「型」のようなもので、毎年11月に行われる「顔見世」と呼ばれる興行の際、色んな演目の中で、その時々の登場人物の「暫」が披露された。悪人が善良な人を殺そうとする瞬間に、「暫く!」といって主人公が花道から登場し、善良な人を助けるというパターン。江戸中期までは、とくに歴代・團十郎の出る座の顔見世興行で披露するのが、一つの形式になっていた。
現在は、後述する7代目・團十郎が独立した演目として選定し、9代目・團十郎が改編した台本を元に、上演されている。主人公は鎌倉権五郎景政。

実は僕も、以前はこの辺のことをちゃんと理解していなかった。「昔はいろんな登場人物で『暫』を演じた」というのはどの本にも書いているので、何となくは理解していたが、ちゃんとイメージ出来ていなかったのだ。

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数年前、浮世絵の本を読んでいた時、「『暫』の碓井貞光役を演じる〜」というキャプションの付いている錦絵を見て、「あれ? 鎌倉権五郎景政じゃないの?」と思い、ここで初め気がついた。
上の錦絵は、歌川国政による『市川蝦蔵の暫』という絵で、歌舞伎の「暫」をモチーフにしているが、モデルの登場人物は「碓井荒太郎貞光」(役者は後の5代目・團十郎)。同じ絵をボストン美術館で所蔵していることもあって、海外でも知られた絵だ。僕が理解できた絵はこれ。
つまり、僕が舞台で見ている『暫』は鎌倉権五郎景政であって、この何度も見ている有名な浮世絵で描かれているのは、この絵の主人公とは別人物だったというわけ。ほぼ同じ化粧・隈取り、ほぼ同じ衣装(『暫』の衣装は、袖が正方形になっていて特徴的)の絵なので、何となく僕の知っている『暫』だと思っていたが、実際にはまったく違う演目(『清和二代遨源氏』)に登場する主人公の絵ということだ。

こういう小さいことの積み重ねが、知らない人に取ってはストレスになって、歌舞伎をより判りづらくしていると思うが、歌舞伎界とその周辺以外から観た視点で解説してくれている本は、残念ながら少ない。

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上の墨摺絵は、2代目・團十郎の『暫』を描いた浮世絵(絵師:鳥居清倍)。この絵のモチーフとなった演目は不明だが、すでに隈取りも衣装も、現在の『暫』の原型がはっきりと感じられ、それ以上に、この絵に描かれた團十郎の構えた姿は、一番上の写真、浅草の「『暫』の像」の構えとそっくりだと分かってもらえるだろう。
ちなみに、初代・團十郎が最初に『暫』の型を取り入れたのは『参会名護屋』という演目で、初代から現代に至るまで、演目や登場人物の名前は違っても、『暫』のアウトラインは変わっていないという。

前回の記事でも描いたが、初代・團十郎の出現によって、江戸歌舞伎は大きく飛躍した。
長くなるので大雑把に説明すると、初代・團十郎は「荒事」と呼ばれる歌舞伎の重要なジャンルを確立した。ド派手な衣装、六法を踏んだり見得を切るようにデフォルメされた表現方法、荒々しい演技の演出方法を取り入れた芝居が「荒事」だ。
よく知られた演目では『勧進帳』の弁慶や、以前の記事で書いた『義経千本桜』の狐忠信などが、「荒事」の代表的な作品。もちろん『暫』の鎌倉権五郎景政もそう。

この「荒事」の出現と、それを颯爽と演じる初代・團十郎の姿を、江戸の庶民はとても喜んだ。現在でも「荒事」の主人公が出てくると劇場が盛り上がるが、高揚感が高まる作品が多い。ほぼ同時期に「和事」を確立した上方の発展と、江戸歌舞伎の発展は、ここから大きく異なっていくが、ともにこの時期に現代に通じる歌舞伎を完成させた。

初代・團十郎の生み出した「荒事」は、二代目・團十郎によってさらに洗練され、上方の「和事」から写実性なども取り入れて完成したと言われている。
初代・團十郎と二代目・團十郎の演技は次第に神格化して語られるようになり、「現人神」とも「荒人神」とも言われるようになる。
こうしたことから、市川家は江戸歌舞伎の宗家として扱われるようになり、現代も同様に、市川團十郎は歌舞伎の世界では別格の扱いとなる。

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ということで、この『暫』は市川團十郎の代表的な演目の一つというわけだ。とくに現代の『暫』の台本を残した9代目・團十郎にとっても代表的な作品となった。
だからこそ、9代目・團十郎が活躍した時代に芝居小屋が集中していた浅草に、代表作である『暫』を演じる姿が記念像となって残っているわけだ。

初代から当代である12代目・團十郎までの、それぞれ世代について知りたい人は、下記のサイトを参考にどうぞ。
江戸東京博物館「市川團十郎と海老蔵」展


またまた、いつものように前段だけで長くなってしまった。
「19世紀の大転換期」という本題については、次回以降に続く。


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2009年1月21日 (水)

囲炉裏と、作家と、それから女形……〈炭やき櫻田〉

先日、僕の入っている歌舞伎鑑賞会の新年懇親会が浅草であった。1月10日は、「浅草新春歌舞伎」が“着物の日”として来場者に和服の着物を着てくるように促してるのだが、その日に鑑賞会の皆さんも和服を着て集まったという次第。

といっても、僕は別の日に鑑賞予定だったので、この日の観劇はパスし懇親会から、一人野暮ったい普段着で合流した。

今日は、その懇親会の会場「炭やき 櫻田」を紹介。

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この日のメニューは団体なのでコースメニューだったが、この店は少人数で行ってもコースがお薦め。
先付け、炭焼き料理、朴葉焼、食事メニューなどで4000円の天神コースなどがお手頃ではないだろうか。

炭やき料理は、十数種類の山の幸や海の幸が、大きなざるにどっさり載せられてきて、そこから好きな食材を選ぶことができる。肉でも魚介類でも野菜でも好きなものを選べるので、男性にも女性にも好まれる店だ。
どの席にも、昔の雰囲気を醸し出す囲炉裏が備え付けられているので、そこの炭火で好きなように焼いて食べる。
自分で焼かないといけないは焼き肉料理と同じで、焼いているうちにおしゃべりなどに夢中になると、ウッカリすると丸焦げなんてことになってしまうので、今回のように懇親会の席には向かなかったかもしれないが、まぁ、そんなことも炭火焼の楽しみの一つ。むしろ僕なんかは、自分のペースで炭火で焼いて食べる方がうれしい。

焼酎も十数種類、冷酒も数種類おいてので、酒が好きな人は、コースにせずじっくりと囲炉裏で炭焼き料理を楽しむのがいいと思う。単品メニューは豊富とはいえないが、もちろん単品で紙鍋料理や朴葉焼を頼むことができる。以前、牛肉の朴葉焼をいただいたがとても香りが良かった。

この数年、わりとテレビや雑誌で紹介されているのを見かけるので、浅草の中でも有名店と言ってもいいんじゃないだろうか。

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この櫻田のビルは、文学作品の中で浅草のことを数多く描いた作家・久保田万太郎の生誕地に建っている。店のすぐわきには記念碑が建てられており、「久保田万太郎生誕地」として紹介されることも多い。

また、奇数月の第3土曜日に「櫻田落語会」という落語会を開催している。以前は春風亭小朝や当代の金原亭馬生なども高座に上がったらしいので、いい噺家との出会いもあるかもしれない。僕もまだこの落語会に伺ったことはないのだが、そのうち行ってみようと思っている。

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さて、新春浅草歌舞伎について感想を少しだけ……と思ったが、長くなるのでコメント欄に感想を書いたので、興味のある方はこの記事のコメント欄を読んでください。

今回の懇親会はちょっとしたおまけがついてきた。
新春浅草歌舞伎の舞台にあがっている尾上松也丈が、懇親会の席に登場してくれた。
姿や様子がたいしてよくもない男子を、「イケメン」とする昨今の風潮には辟易しているが、素顔の松也丈は様子の良い男ぶりで、まさにイケメン。
七之助は精進が見えないし、片岡愛之助は最近女形をやらないし、贔屓を松也丈に乗り換えようかと思っている今日この頃だ……。


【名 称】囲炉裏料理 炭やき櫻田
【住 所】東京都台東区雷門1-15-12永谷マンション1F
【電 話】(03)3845-3995
【URL】→公式サイト←
【定休日】無休
【営業時間】平日17:00~23:00
      土日祝16:00~22:00
【食べログ】櫻田 (さくらだ)★★★★ 3.5

↓食べログでは、ココで掲載した以外の店も紹介しています。
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2009年1月 9日 (金)

ようやく新年が明けて……

昨年末は、風邪を引かないようにとかなり用心していたが、大晦日にとうとう風邪を引いてしまい、鼻水、熱、喉の痛みに加えて、喘息の発作もおさまらず、大晦日から先週の月曜日まで、ほとんど寝正月。
そんなこんなで、ようやく火曜日から起き出して、本来は年末年始の休みのうちに片付けておこうと思っていた仕事や1週間分のメールの整理などで、木曜日まで、ほとんどパソコンの前から動けず。
で、ようやく金曜日に動き出せそうになって、お客さんのところに新年の挨拶に行ったり、浅草あたりの写真でも撮って来ようかと思っていた矢先に、知人の身内に不幸があって、新年の一番最初に近所以外に出掛けたのがお葬式。

ということで、新年の挨拶をするどころじゃなく、波乱を予感させる2009年がスタートした。

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お葬式に行く度に実感するのが、字が下手なこと。

編集者の仕事というのは、いろいろと文字を書く機会が多い。
最近こそ、電子メールで用件を伝えたり、PDFやデジタルデータを使って仕事の指示をしたりすることも増えたが、それでもまだまだ文字を書いて仕事の指示をするのが基本だ。
編集には、「朱入れ」「校正」「赤字整理」なんて作業があって、赤ペンで必要な指示をしたり、修正をお願いしたりする。編集者にとっては、これらの作業がもっとも重要な作業の一つで、文字を書いて仕事の内容をちゃんと伝えないといけない。しかも、このブログで書いているように、だらだらと長文を書くスペースはない。簡潔に、正確に、相手に意思を伝えないといけない。

でも僕は、とにかく字が下手だ。社会人になりたての頃はかなり悩んで、ペン習字などを学ぼうと思っていた矢先に、僕の編集の師匠が、
「字が下手のは仕方ない。でも、雑に書いちゃ駄目だ。字が下手でも、丁寧に書けば相手に伝わる。編集者は、字がうまくても相手に読めないように書いたら価値がない。それから、こそこそした気持ちで書くと、字が小さくなって、相手に見落とされてしまう。だから、下手でもいいから、堂々と、そして丁寧に書け」
と教えてくれた。
それからは、コンプレックスはあったけども、それでも「堂々と、丁寧に」をモットーに字が下手なまま仕事をしてきた。お陰で仕事相手からは、「確かに下手だけど、赤字が分かり易い」と言ってもらうようにもなった。

ところが、葬式に出席して名前を記帳するときは、「堂々と、丁寧に」ではどうにもならない。
しかも、普段から使い慣れない筆で書かなくっちゃいけなかったりする。
不祝儀袋の記名も、名簿への記帳も、みっともないことこの上ない。

落語では、長屋の住民が自分の教養のなさを恥じて、下手をすると引っ越しまでしようっていう噺がたくさんあるが、まさに同じ心境で、逃げ出したくなる気持ちになる。
葬式は悲しい行事だけども、僕にとっての葬式は、字を書く事が何よりつらい。

何とかならないものだろうか……。

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さて、こんな愚痴ぽい気持ちで葬儀へ参列後、験を直しに寄席でも行こうかと、喪服から着替えて、その前にお客さんのところへ挨拶回り。
5時くらいまでに上野・鈴本演芸場の初席に行けば、先日取材させていただいた柳家小里ん師匠にも間に合って、トリは柳家小三治。久しぶりに4時間みっちりコースで楽しもうなんて考えていたら、最後に寄ったお客さんのところで「軽く一杯」なんて誘われ飲みにいく事に。
なんとか早めに切り上げて、急いで上野に戻ってきたが、小里ん師匠どころか、最後の中入りにギリギリ間に合った。

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獅子舞のお神楽、江戸家猫八の動物鳴き真似、林家正楽の紙切りと、正月らしい舞台が続き、事前に酒を飲んでいたこともあり、こちらもようやく正月気分だ。少しお目当てにしていた柳亭市馬は休演で残念だったが、まぁ仕方ない。代わりの三三と、権太楼は相変わらずと言ったところ。

そしていよいよ、トリの小三治。
以前も書いたが、現役の中では圧倒的に好きな噺家だ。すでに全盛期は過ぎたが、これからはいい感じに枯れていく姿を見ていきたい。
“小三治節”ともいえるマクラを、いつものように気分よく聴きながら「個人的に少し遅れた一年の始めを小三治で迎えるというのは、いい年の始まりだなぁ」なんて気分に浸っていた。

すると、なんと始まった演目が「小言念仏」。
「南無阿弥陀仏」とひたすら念仏を唱えながら進む話で、昼間さんざんお題目を聞いたことを思い出し、一人で苦笑い。

やっぱり、今年は波乱の年になりそうだ。

ということで、今年もよろしくお願いします。

2008年12月29日 (月)

『芝浜』と『文七元結』に見る「50両」の価値

2週間ほど前、用事があって朝6時に羽田空港に行った帰りの事。羽田から湾岸通りを走って6時半を過ぎもうすぐ7時という頃、ようやく東の空が明るくなりかけてきた。場所は品川埠頭のすぐ近く。お台場へ架かっているレインボーブリッジの袂だ。

「お! こいつはひょっとすると……」
と思って品川埠頭に車を止めて、携帯電話のカメラで撮ったのが下の写真。

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この朝焼けが、落語の中ではとても有名な『芝浜』の朝焼けだ(噺に出てくる芝の浜は、品川埠頭から1500mほど北に位置する港区芝浦あるいは芝と考えられる)。

『芝浜』は、「師走になれば、毎日誰かが高座にかけている」とまで言われるほど、年末の代表的な噺。年末どころか、落語の中ではもっとも有名な噺の一つとも言える。

「よく空色って言うと、青色のことを言うけども、いや、この朝の日の出の時には空色ったって一色(ひといろ)だけじゃねぇや。五色(ごしき)の色だ。えぇ?どうでぃ。小判のような色をしているところあるってぇと、白色のところがあり、青っぽいところもあり、どす黒いところあり、えぇ? あぁ〜ぁ、きれいじゃねぁか。ほれ、お天道様が出てきたぜ……」

「芝浜といえば三木助」とまで言われた三代目・桂三木助は、こんな風に描写しているが、まさに五色の光。
今ではお台場のテレビ局のビルやら、封鎖のできない橋やらが架かっているんで、ずいぶんとロケーションは違うだろうが、150年前、呑んべいの魚屋・勝五郎が芝の浜に立って見た空も、きっとこんな色だったんだろう。

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師走の人情噺と言えば、もう一つ有名な噺が『文七元結』だ。

『芝浜』とともに三遊亭圓朝の作品と言われているが、『文七元結』は、1892年に大阪で十一世・片岡仁左衛門によって歌舞伎化され、1902年に五世・尾上菊五郎が『人情噺文七元結』という外題で演じて以降、歌舞伎の舞台でも代表的な人情話となった。僕は最近まで知らなかったのだが、実は度々映画化もされてきたらしい。
今でも毎年のように歌舞伎の舞台にかけられ、今年は、映画監督の山田洋次が演出をし、中村勘三郎が主役を演じた舞台をカメラに収めて「シネマ歌舞伎」と称し全国の映画館で上映した。僕はこの時の舞台を生で観たし、シネマ歌舞伎も観たが、残念ながらそれほどいい舞台ではなかった。
まぁとにかく、この歌舞伎の『人情噺文七元結』は僕がもっとも好きな人情話だし、落語でも『芝浜』より『文七元結』の方が断然好きだ。今月は、仕事をしながら、ITunesからいろいろな噺家の『文七元結』を流して聴き比べ楽しんだ。

主人公である左官の長兵衛は、腕のいい職人でありながら博打好き。宵越しの金は持てないという典型的な江戸っ子の職人。
明治維新によって江戸が東京となり、薩長の田舎侍が我が物顔で街を闊歩しているのが気に喰わなかった圓朝が、「これが江戸っ子だ!」と創作したため、江戸っ子気質が誇張されているとも言われている。だが、そんなことを言えば、歌舞伎に出てくる花川戸の助六は、理想的な江戸っ子と言われているが、SFに出て来るスーパーヒーローとして誇張して描かれているわけで、ある意味では長兵衛の方がよほどリアルな江戸っ子像だったと思う。

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さて、この『芝浜』と『文七元結』、どちらの噺も、師走にもかかわらず穀潰しの亭主せいで年を越すのもママならないという設定とともに、とても重要となるキーワードが、「五十両」という金だ。

ここでようやく今日の本題。
いろんな人が「落語に出てくる貨幣価値」を解説しているが、僕なりこの2つの噺に出てくる「五十両」というお金を解釈してみたい。
かなり長くなるので、詳しい算出やここで想定する概念については、コメント欄を見てほしい。

コメント欄に書いているのでここでは詳細を省くが、左官の長兵衛にとっては「1両=10万円」、財布を拾った時点の魚屋・勝五郎にとっては「1両=40万円」くらいの感覚だったはずだ。つまり、この2つの噺で出てくる「50両」とは、「500万〜2000万円」くらいの感覚と思えば大きな間違いはないだろう。

もっとも、あまり面倒な計算や検証などしなくても、もっと簡単に考える方法がある。

あなたは、自分の両親のために娼婦になって身を売らなければならないとしたら、一体いくらくらい要求するだろうか? たぶん、18歳〜25歳くらいまでの青春期を吉原という狭い場所に隔離され、日夜男を相手に過ごすことになる。もちろん、当時はそういう世界があまり遠くないところに存在していたわけで、今とは決して同じ感覚ではないだろうが、それでも何年も過酷な労働に従事するために、あなたはいくらくらい要求するか?
『文七元結』に出てくる娘・お久は、博打で首の回らなくなった父親のために、自分の身を売る事を決意して、結果的に50両という金を父親に持たせる。

あるいは、あなたは、見つかれば警察に捕まり重罪として処分されることを覚悟しても、それでもネコババしたくなるほどの大金とは、一体いくらくらいだろう?
『芝浜』に出てくる勝五郎の女房は、亭主が死罪になる事を恐れて亭主を騙すことを決意する。当時は横領に厳しい時代だったとはいえ、10両の横領で死罪となった。その5倍もの金額だ。

こうやって考えて、500万円でも2000万円でも、あるいは1億円くらいの感覚でもいいので、自分なりの「あぁ、そんなに大金なのか」と思える金額が、『芝浜』や『文七元結』の50両という金額だ。

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ま、いろいろと長くなったが、最後に書いたように、細かい計算なんかあまり意味はなく、適当に想像しおけばいいんだと思う。考えるヒントは、きっと噺のなかに隠れている。
そういう想像力は、古典に限った事ではなく、どんなエンターテインメントにも必要だ。
それに、少し慣れさえすれば、自分で適当に想像する方が、楽しいし楽だ。
それでも分からない演目に当たったら、それはきっと噺家が下手糞なんだ。
こんなに理屈っぽい僕が言うのもなんだが、七面倒くさい理屈で考えずに、そう思って噺家のせいできるのが、落語というもんだと僕は考えている。



【参考文献】
『江戸物価辞典』(小野武雄著/展望社)
『大江戸まるわかり辞典』(大石学編/時事通信社)
『お江戸吉原ものしり帖』(北村鮭彦著/新潮文庫)
「日本銀行金融研究所貨幣博物館解説」
「落語のあらすじ 千字寄席」


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2008年11月27日 (木)

落語の音源

今年に入ってから、これまで撮り貯めていた落語関係の動画や音源を、地味に少しずつ、音声データとして「MP3」に変換してきた。
何せ、亡くなった祖母のレコードやテープと母親のビデオをはじめ、買ったり、貰ったり、撮った落語の数々が、オーディオテープ、ビデオテープ、DVD、CDなどに貯まりに溜まっていた。
当初、ビデオなどの映像は動画データにしようかとも思ったが、やたら面倒だったのと、データが重くてDVDが何十枚にもなって、それはそれで整理が面倒という事で、結局、一部の好きな映像を除いて、全部音声データにした。

それに、すでにこれまで一部のお気に入りをCDやDVDから音声ファイルに起こして「I Tunes」に保存してあったということもあって、そんなこんなで音源だけをせっせとデータ化。
この長屋の一階が僕の仕事部屋になっているのだが、2階においてあるDVDプレーヤーやオーディオプレーヤーと、遊び用のMacを使って、仕事の合間に一日数本ずつ、地味〜に作業を続けてきた。

で、今日、ようやく800本まで絞り込んでデータ化が終了。

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あとは、レコードが少し残っているんだが、今さらレコードデッキも持っていないし、どうやらほとんどはすでにCDになっているようなので、これはもう少しレコードのまま持っておくことにした。

テレビの録画やラジオの録音の場合、同じ高座をいくつか保存していることもあるので、そういうダブりが出ないように、同じ噺家の同じ演目で、前後2分以内の音源は、すべてマクラとサゲを確認して、ダブっている物は音質の良い方を残して廃棄。
好きな噺家以外は、もう一度聞きたい噺や貴重なものだけを残し、できるだけ廃棄。
それでも残ったのが全部で800本。
整理の作業が終わったとはいえ、まだ半分くらいの音源を通しで聴いていない。

数年前から、仕事場で作業するときは、「I Tunes」から落語を流していたこともあり、その音源だけでも200本以上あったし、全部整理したら随分あるなぁとは思っていたが、まさかこれほどとは。
確認せずに捨てたものもあるんで、ビデオやテープの音源を全部確認していたら、きっと1000本以上残ったんだろうなぁ……。

ちなみに、残った音源が多いのは、三遊亭圓生157本。これは、現存している音源の多いから自然と多くなった。
次が、立川談志で121本。これは、学生の頃に好きだった事と、以前に知人からCDを大量にゆずられたため。
続いて、古今亭志ん生の107本。これも市販の音源が多いからってことと、祖母や母から譲り受けた音源が多いため。
で、古今亭志ん朝、柳家小三治、一〇代目・金原亭馬生と続き、ここまでが50本以上の大量音源。
あとは上方の桂米朝、桂枝雀のほか、江戸落語の名人の八代目・桂文楽、この長屋からすぐ近くに住んでいた林家彦六、下谷神社で日本で初めて寄席を開いた可楽の末代である八代目・三笑亭可楽、こうした昭和の名人たちから最近知った噺家さんまで、おおよそ100人強。

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もっとも、何度も繰り返し聴くのは限られている。
中でも志ん朝、小三治、若い頃の談志、馬生の4人の古典落語がダントツに多い。
この4人は、僕が若い頃から好きな噺家で、数年前に携帯音声プレーヤーで落語を聴くようになってから、改めて色んな噺家の音源を聴き、寄席や落語会で高座を見てきたが、やっぱり圧倒的に好きな4人だ。

だったら、ちょくちょく聴くもの以外、取っておく必要はないのだが……。
今どきCDやDVDでいくらでも古い音源を聴くことはできるし……。
そう思ってこれでも整理したつもりなんだけど……。
それに、映画でも歌舞伎でも音楽でも、一度見たどころか、一度も開いていないDVDやCDが、棚にずらーーーーーーっと並んでいるわけだが……。
そもそも、噺家の側にしてみれば、こんな音源データを作っている暇あるなら、寄席に足を運んべっていう気持ちだろうし……。

まぁ、残した音源は、今後、何度も聞くつもりのものを厳選したつもりなんで、死ぬまでにはちゃんと聴く事だろう。

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前述した4人の噺家のうち、残念ながら馬生と志ん朝はすでに鬼籍に入り、談志は何年も前から絶不調(すでに現役と評価するのは無理がある?)、唯一小三治が現役でがんばっているが、去年辺りからすっかり顔つきまで老け込んできた(まぁ、それはそれで味があるけども……)。

もちろん、現役のベテランや中堅どころにも好きな噺家はいるし、若手の噺家の中で、これから期待している人もいるし、逆に言えば、そういう若手を発見するのも落語の楽しみ方の一つだ。

こうした歴代の名人たちや現役で好きな噺家についても、いずれこのブログで紹介したいと思う。

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そういえば、先週、「浅草大観光祭」というイベントが開かれていることをお伝えしたが、先週末は同じ浅草で「第1回下町コメディ映画祭in台東」という映画イベントも開かれていたんだった。

「浅草」「喜劇」「映画」と来れば、そりゃもう僕の好きなフレーズだらけ。
これまた告知のお手伝いくらいしようと思っていたが、すっかり過ぎてしまった。
「やっぱりブログはマメに更新しないと駄目だなぁ」と実感しながらも、「まぁ義務でやってる訳じゃなし、気楽にやっていこう」と思う今日この頃。



2008年7月14日 (月)

「よしちょうけいあんちずかや」とは……
(落語『甲府い』と『百川』)

今朝の記事で紹介した落語『甲府い』について、少々余談を。

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噺家によって違うのだが、リンクした「千字寄席」さんによると、無一文になった善吉が腹をすかしながらも目指したのが「葭町の千束屋という口入屋」となっている。
これは可楽の解釈で、志ん朝などは「空腹でアテもなくさまよっていた」としているし、他にもいろんな解釈があるのかもしれない。

個人的には、江戸の地図を頭に入れながら落語を聞くのが好きなので、「浅草から日本橋方面に向かっている途中(たぶん馬喰町あたり)で、偶然見つけた豆腐屋に入って盗みを働く」っていう方が、頭の中にすっと入って来る。

葭町(よしちょう)というのは、現在の人形町のあたりで、日本橋界隈ともいえるけども、「葭町(芳町)芸者」といえば「日本橋芸者」とは区別されていたみたいだし、今でも花街として「芳町」は残っている。

江戸の街ができた頃、「吉原」といえばこの「葭町」にあった。明暦の大火で一面焼けてしまったことと、幕府の規制政策によって、現在の浅草の北側である「新吉原」に色街が移ったが、それまでは色街として栄えていた。
その後、吉原や浅草で芸妓文化が生まれて、葭町にも多くの芸妓衆が集まり、次第に「花街」として栄えたらしい。明治初期には、葭町芸者といえば、新橋に次いで一流の芸者衆とされたらしいので、よほど栄えたのだろう。
なお、吉原が移転した後も、男色を売る店が絶えなかったらしいので、「色街」の側面は続いたようだ。

吉原移転後も、ここには、「口入れ屋(くちいれや)」とか「桂庵(けいあん)」と呼ばれる「職業紹介所」が多くあった。この職業紹介所は私設経営で、お店が奉公人を捜していると申請しておき、仕事を求める庶民がそこへ行けば、申請された店を紹介するというシステムになっている。

つまり、千字寄席さんに書かれている「葭町の千束屋という口入屋」というのは、「人形町にある千束屋(ちづかや)という名前のリクルート紹介所」という意になる。

前述した志ん朝の『甲府い』にも、善吉が豆腐屋で働くことが決まった後に、「急いで桂庵に行って、探していた奉公人が見つかったと断りを入れて来なくては」という描写がある。

また、これまた有名な落語噺『百川』にも、日本橋浮世小路にあった有名な料亭・百川(ももかわ)に主人公の百兵衛が訪れて「葭町の桂庵、千束屋からめいりました」(圓生/下の写真)と、同じ名前が出て来る。

歌舞伎でも「口入れ屋」はよく登場し、例えば「湯殿の長兵衛」(本外題=極付幡随長兵衛)の主人公・幡随院長兵衛は、この長屋界隈の源空寺に墓のあるという実在の人物で、後に俠客の元祖と呼ばれるほど町奴の頭領として出世するが、もとは「口入れ屋」を営んでいたとされる。

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若い人にとって古典落語が分かりづらい背景に、江戸時代からつい最近まで使われていた言葉が、生活や文化の急激な変化によって、今の若い人に伝わらなくなり、ストーリー全体が理解できなくなってしまうということがある。

落語を聞いたことない人に話すとき、よく例に出すのが「へっつい」。簡単に言ってしまえば「かまど」、さらに現代風に言えばキッチンのコンロやオーブンのあたり。落語には、『へっつい幽霊』をはじめ、ちょくちょく「へっつい」という言葉が出て来る。僕のじいさん、ばあさん世代には通じたらしいが、僕も落語で憶えた言葉だ。このように、少し前まで理解できた言葉が、今ではまったく通じない。

割と柔軟な噺家さんが多いので、現代風な言葉に言い換えたり、まくらで説明してくれることも多いが、さすがに『百川』のような噺で、「人形町にあるグッドウィルっちゅう派遣会社からめえりました」と言われては白けてしまう。

古典芸能全般にいえることだが、分かりやすくすれば良いというもんじゃないので、こういう解説を読んでもらったり、僕のようにおしゃべりなオッサンに教えてもらうのがいいだろう。

ただし、おしゃべりなオッサンは、一つ質問をすると百くらい話して長いくなるから、かえって面倒なことは間違いないので、取り扱いは要注意。

ということで、このブログも長文が続く……。

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【落語噺「甲府い」】
2008年7月8日「豆腐専門店・栃木屋」の記事(←クリック)のコメント欄をどうぞ。
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【落語噺「百川」】
この記事のコメント欄に、簡単な粗筋を書いておきました。
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【「千字寄席」】
さらに詳しく知りたい人は、落語のあらすじサイト「千字寄席」さん(←クリック)へどうぞ。

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2008年7月12日 (土)

いつもとはひと味違った陶芸の旅


歌舞伎や芝居を見たり、映画に行ったり、落語を聞いたり、そういう趣味はあるけども、いわゆるエンターテインメントは物理的にも精神的にもすぐ近くにあるということもあって、「非日常的空間としての趣味」という感じではない。

僕にとって唯一といえる非日常的な趣味といえば陶芸だ。
ま、年に数回しかやってないから、趣味といえるかどうか微妙なところだが……。

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6月の初旬だったか、友人の婚約者でイギリス人のスティーブが日本に滞在していたんだけども、彼女が仕事に出ている昼間、何もすることがなく暇だと言うので、スティーブを陶芸に誘ってみたところ、「行こう!」ということになり、益子で馴染みの窯元のところで陶芸をしてきた。

で、出来あがって届いた器が写真の通り。

35cmの大きめの皿と、1合半ほどの徳利。

皿の方は今一つの出来。3月にも大皿を作ったんだけど、この時は気合いを入れていたこともあって満足のいく仕上りだったが、今回は少し不出来だった。

徳利の方は、別に作るつもりじゃなかったんだが、その割にはまぁまぁか。薬を中面だけにして、外側を素焼きにした器を作ってみたかったので、けっして上手い仕上りとはいえないが、いい実験になった。
そもそも、スティーブが花瓶を作ってみたいと言いだし、僕はいつも、皿、茶碗、ビールグラスしか作らないものだから、彼と一緒に窯元のお兄さんに教わったものの、やっぱり花瓶はいらないので、最後に口だけを徳利にしたのだった。といっても酒もやめてしまった僕には、やはり無用なので焼かないで潰そうとも思ったが、これから夏になるので、そばつゆ入れにでもしてみようと思う。

金や時間がかかることもあって、陶芸を日常的な趣味にはできないが、やっぱりそろそろ本格的な趣味にしたいなぁ、と思う今日この頃。

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スティーブは、陶芸に行った3日後にイギリスに帰ってしまった。

僕は英語がからっきししゃべれないのだけども、彼は日本に長期滞在していたこともあるので、どうしても説明できない時は電子辞書を使いながら、おおよその会話は成立する。
イギリス映画のこと、浅草や東京の下町のこと、日本やイギリスの古い文化についてなど、移動の車中や食事の間はかなり二人で盛り上がった。

英語がしゃべれないどころか、外国旅行すらしたこともない僕が、イギリス人と二人きりで一日を過ごすことだけでも、非日常的なこと。とても楽しい一日旅だった。

スティーブの作った作品も届いているが、これは明日、スティーブの婚約者である友人と一緒に封を開けてお披露目することになっている。
はたして、彼の初体験の陶芸は、どんな仕上りになっているだろうか……。

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2008年1月18日 (金)

このところの仕事

すっかり年も明けて、年始のご挨拶もしないまま正月も過ぎようとしておりますが、今年もよろしくお願いいたします。

12月、ようやく仕事が終わって暇になるかなって時に、新しい急ぎの仕事が入り、それが終わる直前の年末に実家の家族が倒れて手術&入院があり、その入院期間中に介護の必要な家族の世話、そして年明けには仕事場が変わったり、といろんなことがあった年末〜年明け。

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さて、復帰早々に宣伝になって恐縮だが、もうしばらくすると、僕が劇場用パンフレットに関わった映画が公開される。

ヒトラーの偽札
http://www.nise-satsu.com/

2008年1月19日より、日比谷シャンテほかで公開

魁!!男塾
http://www.otokojuku-the-movie.com/

2008年1月26日より、シネマスクエアとうきゅうほかで公開

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ヒトラーの偽札は、大人の方にお勧めの良作。パンフレットで少しばかり制作協力。
男塾は、原作ファンならぜひ。パンフレットで、解説の原稿や原作者・宮下あきらさん&坂口拓監督へのインタビューを担当。この原稿を書いている最中に、プライベートでいろんなトラブルがあったが、何とか乗り切ることができたのは、宮下あきらさんに男塾魂を注入していただいたおかげだ(笑)。

もし映画をご覧になる予定のある方は、ぜひパンフレットもお買い求めください。

2006年3月27日 (月)

求めるのはスモールじゃない(WBCを観て4)

ということで、今年は3年振りに巨人ファンに戻ることになった。
別にWBCのお陰で野球の面白さを再認識させられたからではない。

僕は、小学校1年生の時からずっと巨人ファンを続けてきた。今から32年も前のことだ。
それとほぼ同時に、甲子園で活躍していた原辰徳のファンも続けてきた。
年に何度も球場に足を運び、巨人の勝ち負けと原の活躍に一喜一憂してきた。

ところが、3年前、巨人の監督を原が辞めることになって、僕も巨人ファンを辞めることにした。
それまで、どんなに巨人が否定されようと、巨人ファンでいることが恥ずかしいことだとなじられても、一貫して巨人ファンを貫いてきたが、あの時は本当に巨人ファンでいることに嫌気がさした。今もあまり気持ちは変わらないが、原が監督に復帰したとあっては仕方がない。

今年は目一杯巨人を応援することにした。

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そんな中でのWBC優勝だ。
野球熱が熱くなり、自然と気持ちが盛り上がってくる。

そのWBCで途端に注目されるようになったのが「スモール・ベースボール」という概念だ。

要するに、ホームランで一挙に大量点を奪ったりすることを目指すのではなく、基本に忠実に「打つ」「走る」「守る」ということを徹底する野球のことだ。
ランナーが出ればバントや盗塁でランナーを2塁に送り、ホームランではなくヒットを打ってランナーを帰し1点を奪う、そんな堅実的な野球のことだ。

たしかに野球に関わらずスポーツにとって、そうしたプレーは非常に重要である。
しかし、今マスコミで言われているように、「スモール・ベースボールこそ目指すべき野球である」と言えるだろうか?
僕は、これを全面的に否定したい。

「スモール・ベースボール」というのは、プロフェッショナルな選手たちが目指すべき野球の概念ではないからだ。
プロの野球選手ならば、スモール・ベースボールの概念など、誰もが当たり前のように持たなければいけない基本中の基本なのだ。「打つ」「走る」「守る」という野球の基本がしっかりとできて、その上でいかに野球のダイナミズムで観客を魅了するかがプロというものだ。

「スモール・ベースボール」だけを目指したチームの試合なんて絶対に面白味に欠ける。
事実、「スモール・ベースボール」で西武黄金期を作り上げた“森野球”などは、あれほど圧倒的な勝ち方をしていたのに、面白味に欠けると言われ人気がなかった。
「スモール・ベースボール」が見直されているときは、要するに、その国やリーグやチームの野球の質が落ちている時期であるということでしかない。

それが分かっていながら、スポーツエンターテインメントの人気を落として自分の首を絞めないようにするため、わざと近代野球の主流のような書き方をしてるスポーツ・マスコミも悪いのだが、誤解をしている人が多いように思う。

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この笑顔を見るだけで幸せな気分になれる僕ですが けっして“その気”はありません
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もちろん、まずは「スモール・ベースボール」の概念をしっかりと実戦できるだけの力がなくてはいけない。今の巨人は、それすら出来ていないのが実体かもしれない。
しかし、そんなことを言っていては、いつまでも巨人の試合は面白くならないだろう。

長嶋監督時代のように、口では「スモール・ベースボール」と言いながら、ホームランに頼った野球をしてもらっては困るが、ちまちました野球なんて目指してもらっても困る。

イチローのようなスモール・ベースボールがあり、かつての野茂vs清原のような緊張感のある野球があり、新庄のようなハチャメチャ野球もある。
せっかくもう一度野球を見始めるのだから、そういう野球の面白さがたっぷりとつまったシーズンになることを祈っている。

WBCで優勝した王監督が作り上げたホークスというチームは、けっして「スモール・ベースボール」などというスケールの小さいチームではないのだ。


2006年3月26日 (日)

誤審したことよりも……(WBCを観て3)

今回のWBCでは、誤審騒動がスポーツマスコミだけでなく一般紙までも取りあげたほどの大問題となった。
もっとも、この「世紀の大誤審」のお陰で盛り上がったという向きもあるので、日本にとってはマイナスだけだったとも言えないかもしれない。

こうした誤審問題が起きたときにすぐに「ビデオの導入」など、科学技術に頼ろうとする議論が起こる。
僕はスポーツの中にハイテクを導入すれば何でも良しとする考え方に違和感を覚える。

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野球にしろ、サッカーにしろ、スケートにしろ、ボクシングにしろ、大相撲にしろ、スポーツに誤審は付き物だ。そして、そういう「誤審」も含めてスポーツとは面白いものなのだ。
選手、チームスタッフ、そして審判(ルール)が揃ってこそスポーツだ。そして、それらはすべて、生身の人間なのだ。

これまで、多くの誤審(とそれに関する騒動)が、スポーツの歴史に花を添えてきた。
世界的に有名なのは「マラドーナの“神の手”」、プロ野球では「阪急上田監督の日本シリーズの長時間抗議」、大相撲では「伊之助“涙の訴え”」、テニスのマッケンローと言えば審判に悪態をついている事の方が印象的なほどだ。

もちろん、出来るだけ誤審なんてあってはいけない。それぞれのスポーツが、それを防止するためのシステムを作り、日々進化している。
前回冬季五輪でのフィギュアスケートのように、審判の八百長なんて以ての外である。

しかし、やはりスポーツは、生身の人間がやっているから面白く、そんな人間のミスが名勝負を生み出すことがあるのだ。
今回のWBCでも、ボブ・ディビッドソンという三流審判のことは、多くの日本人の記憶から消えるがないだろう。それも、「スポーツのいい思い出」なんだと思う。

誤審をすべて排除すればスポーツが面白くなるわけではない、ということを理解した上で、誤審問題を考えないといけないのだ。

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ボブって、典型的なアホな
アメリカ人って顔してるなぁ……
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さて、今回のWBCの誤審問題についていえば、前述したように今後解決しなくてはいけない問題もあるのだが、誤審そのものより、何よりも米国側の反応に腹が立つ。
米国メディアですら誤審を認めるような大間違いであるのも関わらず、運営サイドであるメジャー・リーグのコミッショナー事務局からは、公式な反省の弁はない。つまり、米国のマスコミや一般市民は誤りを認めているのに、公式機関は未だに誤審を認めていないのだ。

米国は、なぜ自分たちのミスを認めることが出来ないのだろうか?
僕は、間違ってしまった結果よりも、今回の米国のように、いつまでもそれを認めない姿勢のほうが、よほどスポーツをつまらなくしていると感じる。
まるで、BSE牛肉輸入再開問題で、明らかに検査ミスがあったにもかかわらず、反省の言葉よりも開き直った態度で日本の対応を非難する米国政府の態度とそっくりだ。
ミスを認めず、ミスがあったことすら歴史から葬ろうとするのは米国の常套手段。下手をすると、WBCというスポーツイベントの存在すら、歴史から葬ろうとしかねない。


インターネットが世界中で普及し、どこの国に住んでいても、世界中の情報が瞬時に手に入れることが出きるようになった。かつてはアメリカの虚像に劣等感を抱いていた、日本人も等身大のアメリカを実感するようになりつつある。
それに対して、アメリカ人は世界の実像を見ているのだろうか?
端から見ていると、アメリカ人はどんどん内に向いているように見える。

今年からアメフトの試合で誤審を防ぐためにビデオ判定というハイテクを導入したアメリカだが、まずは自国の評価を客観的に見つめてほしい。


(「WBCを観て4」につづく)

2006年3月25日 (土)

スーパー・スターになれない男(WBCを観て2)

日本の優勝という結果をもたらしたWBCには、これから解決しなければいけない問題があるということはすでに書いた。

こうした問題を曖昧なままスタートした今回のWBCに、疑問符を投げかける選手や、一流選手であるにもかかわらず日本代表になることを辞退した選手が何人も出たのは当然のことだ。
僕は、今回のWBCに出場しなかった選手について、それはそれでプロとして立派な選択だったと思っている。

が、しかし、である。
今回のWBCに参加しなかったことについて「あいつはやっぱりダメだな〜」と思ってしまう選手がいる。ヤンキースに所属している松井秀喜だ。

*  *  *  *  *  *  *

松井秀樹という選手は、今さら僕が説明する必要ないほど誰もが知っている選手だ。
イチロー、清原、新庄、松坂のように、野球を一度も観たことがない人でも、名前と顔が一致するだろう。
甲子園で「5打席連続敬遠」という珍エピソードをひっさげて巨人に入り、原以来定着しなかった「巨人の4番」になり、メジャー・リーグのヤンキースに移籍してからもそれなりに活躍している、一流スポーツ選手であり、日本のスターである。

僕は、そんな彼を高校球児として甲子園で活躍し始めた頃から見続け、彼の野球選手としてのセンスは認めながらも、今ひとつ好きになれないでいる。
日本にいた頃、球場に行ってスイングの速さを見れば素直に感心しながら、あの不格好なバッターボックスでの構えを見て萎えてた。ヤンキースに移ってからも、それなりに活躍する姿を見せながら、何を求めてメジャー・リーグでプレーしているのかハッキリしない中堅選手として姿を見せる松井に、少しも期待をかけられないでいる。
巨人の主力だった選手だったにもかかわらず、これほど愛情をかけることができないのは、三十数年の巨人ファン歴の中で駒田くらいなものだ。

どうして僕が松井のことが今ひとつ好きになれないか、それが、今回のWBC日本代表辞退に見える。

WBCが日本でここまで盛り上がるとは、始まる前は誰も予想できなかったはずだ。かつて日本代表がロス五輪で金メダルを取ったときでさえ、ここまで盛り上がらなかったし、そもそも日本が優勝することを本気で考えていた人なんて少数派だった。それが、誤審問題や韓国・米国との熱戦によって徐々にナショナリズムが煽られ、さらに王監督の存在感やイチローの活躍ぶりなど、複合的な要素によって予想を大きく上回る盛り上がりを見せた。
だから、この盛り上がりを予測できなかったからといって、松井が出場辞退を責めるのは酷かもしれない。

しかし、松井が本当に時代を代表するような“スーパー・スター”ならば、こうした盛り上がりは自然と彼を中心に起こっていたはずだ。逆に言えば、それが“スーパー・スター”の条件だと言ってもいい。

同じく僕が今ひとつ好きになれないイチローは、今回WBCに出場した事で、自らの力によって“スーパー・スター”として何十年も語られるであろう野球選手となった。

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顔が悪くて構えが格好悪くても、
スイングスピードは超一流
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甲子園のヒーローになれるはずだったのに「ラッキーゾーンの撤廃」や「全打席敬遠」のためヒーローになれなかった高校時代。
「巨人の4番」として立派な成績を残したのに、おいしいところを清原に持っていかれたり、三冠王になれるチャンスを目の前にして取り逃がしたり、巨人史上最弱世代の中心選手となってしまった巨人時代。
ヤンキース黄金時代と言えるほどのタレントを集めながら、いつまでもプレーオフでチームとして結果が出ず、松井が入団してから一度もワールドシリーズ・チャンピオンになれないでいるヤンキースでの今。
そして、今回のWBCに出場しなかったこと。

彼には“スーパー・スター”として絶対に必要な条件が、ホンの少しだけ欠けている。

彼が“スーパー・スター”になる日は来るのだろうか……


(「WBCを観て3」につづく)

2006年3月24日 (金)

熱しやすく冷めやすい(WBCを観て1)

WBCで日本代表が優勝して、国内ではオリンピックで金メダルを獲得した荒川静香のことをすっかり忘れたかのような大騒ぎ。
先日見たPARCO歌舞伎「決闘!高田馬場」でも、時事ネタとして染五郎が「イナバウアー」のギャグを披露していたが、すでに「WBCネタ」に変更されたらしい。

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子どもの頃から体を動かすのが好きだが、それ以上に観戦するのが好きだった僕としては、仕事が忙しくてもこういう大きなスポーツイベントは欠かさず見てしまう。22日の決勝戦は、近くのスポーツバーでお昼ついでに、風船を飛ばしながら観戦した。

今年は3年振りに巨人ファンに戻ることになったので、今日から開幕するプロ野球も、個人的には一層楽しみになったと、今回のWBCの結果には大いに喜んでいる。

最初の大会として問題点は沢山はらんでいる。審判問題など、アメリカの勝手気ままな運営方法なども問題だが、何よりも問題なのは、出場した選手に対するケアについて何も方針がないままに開催されたことだ。
実際、岩村選手や“神の右手”川崎選手など、日本代表に選ばれたことで怪我した選手は、本来の仕事の場であるシーズンの開幕には間に合わない。また、代表には選ばれたが残念ながら出場機会に恵まれなかった選手は、本来ならばオープン戦で試合感を養えたのに、実戦での試合感のないままにシーズンに入る。こうした選手が、今年のペナントレースで著しく成績を落とした場合、球界はどういう保障をすべきなのか、または実際に保障をするのか、まったくと言っていいほど議論されていない。

今後、これらの問題を解決していけば、きっと大きなイベントとして位置づけられ、日本の中で野球の底辺も広がり、結果として国内の野球人気も高まるはずだ。

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さて、それはそれとして、今年は世界的にもっと大きなスポーツイベントが待っている。サッカーのW杯だ。

今のサッカー日本代表は、これまでの日本代表とは比較にならないほど強い。間違いなく強くなった。世界のサッカー先進国の中の(かなり下ではあるが)端っこに加わったと言っても言い過ぎではないかもしれない。

でも、きっと予選敗退で終わる。もちろんベスト16に加わる可能性もあるが、かなり低い確率だと言っていい。
前回の韓国の活躍のようにベスト4なんて、間違いなく望めない。
日本代表の実力が上がったといっても、まだまだそんなもんだ。
世界的には30位くらいの位置付けでしかない(FIFAランキングでは16位になっているが、FIFAランキングほど当てにならないスポーツ・ランキングは無いと言われるほど曖昧なランキングだ)。

問題は、そんな現実を見せられたとき、それでも日本人が世界最高峰のサッカーを観戦し、楽しむことができるかどうかだ。

荒川静香の金メダル、WBCの優勝と、「世界一」になることがどれほど日本を盛り上げるか、よく分かるこの数か月。同時に「世界一」に慣れてしまった数か月でもある。

そろそろ、結果だけで一喜一憂せず、スポーツを文化として育てる力を、日本全体が持ち合わせる時期に来ていると思う。

(「WBCを観て2」につづく)


2006年2月16日 (木)

50円パンフを買ってDVD観賞

昔から映画を見たときは、できるだけ劇場用パンフレットを買うことにしている。
学生時代に兄貴とともに集めたパンフは数千冊あったが、いまでは行き来のない兄貴の元にある。
5年前に再び本格的に映画を見始めてから、再びパンフレットを集めだした。

最近はDVDの普及によって、昔の作品を割といい環境で見ることができるようになった。基本的に「映画は映画館で」というスタンスではあるが、それでも名作や思い入れの強い作品が、廉価価格で手にはいるようになると手元に置いておきたくなるし、手元にあれば見てしまうものである。

そんなときの僕の楽しみ方は、その作品のパンフレットを読みながらDVDを観賞するという方法だ。

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本の町、神田神保町——
その中でも神保町の交差点から専修大学前の交差点まで、靖国通りのおよそ250mの間には、中古映画パンフレットを扱う古書店がいくつかある。

僕が中古パンフを手に入れるのは、その通りにある「@ワンダー」「ヴィンテージ」だ。どちらも、パンフレット、チラシ、映画雑誌のバックナンバーなど、映画関連出版物の在庫が充実している。

この2店どちらも、店頭のワゴンに「50円パンフ」が置いてある。市場に出回りすぎて価値の高くないもの、傷や汚れが多くて高値で売ることが出来ないもの、映画の質が悪すぎて人気のないものなど、1冊50円の映画パンフレットが、常時数百冊も店頭のワゴンの上でぞんざいに置かれている。
店内で大事に扱われている中古パンフは、平均的には1000〜3000円くらい、人気のあるものや古くて貴重なパンフだと数万円になるので、50円パンフは格安といえるだろう。

ちなみに、三省堂や紀伊国屋などのメガストアやデパートなどの一角で、よく「中古パンフレット・フェア」などというイベントをしているが、こんなところで中古パンフを手に入れるのは大間違いだ。
「@ワンダー」や「ヴィンテージ」の店内で売られている“ちゃんとした中古パンフ”の数倍の値段で売られている。僕は、“元映画好き”の中年をターゲットにしている悪質な販売方法だと思っている。最近ではネット・オークションなどでも流通しているが、そうした中にも同じように呆れるほど高値で売買されることがある。
しかし、まともな「中古パンフ市場」はもっと良心的な値段なので、もし中古パンフを集めるなら、良心的な店に行くことをおすすめする。

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この「50円パンフ」の中から、自分がかつて好きだった作品や昔見て感動した作品のパンフレットを見つけだし、その作品をDVDで観賞するのだ。

コレクターとして集めるわけでもなく、昔の作品を懐かしむためのアイテムとしてなら、高価な中古パンフレットを買わなくても、「50円パンフ」で充分である。

いまでは手に入らなくなった情報や、当時の誤った情報が書かれていたり、思わぬ有名人のレビューやインタビューが掲載されていたりして、けっこう面白い。

近くに中古パンフ屋があるなら、一度こんなDVD観賞を試してみてはどうだろうか。

2006年2月 3日 (金)

チケットの転売事情

急用で行けなくなったイベントのチケットを、チケット屋さんに引き取ってもらった。あるいは、どうしても行きたいイベントなのに入手できず、人から譲ってもらった。こんな経験、誰にでも一度くらいあるのではないだろうか?
近年、インターネット・オークションが一般的に浸透してきたことにより、チケット転売の流通量が急増している。それに伴い、オークションにかけられたチケットの高騰化も見られるようになった。人気のあるチケットは、元値の数倍の値段が付くことも。こうしたチケットは、いわゆる「プラチナチケット」と言われる。

未だ法整備が整わず、モラルも確立されていないインターネットを利用したこうした動きは、あらゆる問題を生じさせている。
「盗まれた台紙を利用した偽造チケット」、「金だけを受け取って逃げてしまう詐欺」、「小学生でも入札に参加できるため、お年玉などを使って異常な値段で流通される」etc.…。

まぁ、いろいろと問題はたくさんあるのだが、こうしたチケット転売にともなう問題で僕が許せないのは、チケットの転売を目的に購入して、高値で売り抜けることで不当に儲けているケースだ。要するに「ダフ屋行為」である。

東京都条例では、「何人も、転売する目的で得た乗車券等を公共の場所において、不特定の者に、売ろうとしてはならない」(第103号第2条の要約)と規定されている。多くの都道府県で、同じような条例によって「ダフ屋行為」が禁止されている。
「チケット交換」「チケット救済」という個人間の取り引きすべてを否定するつもりはない。僕だって、年に何度も行けなくなったチケットを抱え、友人や知人に安価で買ってもらうことがある。
そうした個人間の枠を超えたチケットの転売が、まさにダフ屋行為であるということだ。

人気のあるイベントが結果として高価になることを否定はしない。需給のバランスによって値段が高騰してしまうのは、自由主義市場では当然のことだ。
その料金が、本来還元されるべきイベント関係者に還元されずに、赤の他人の利益となっていることが問題なのだ。そして、本当に行きたい人間がチケットを入手できないという矛盾した状況も見逃しがたい。

興行元もしくはチケット販売代行業者は、そろそろ、購入者とその同行者以外に入場を認めないシステムを開発すべきだ。ダフ屋行為を目的にした人間の買い占めによって、チケットが安定して売れるという状況があるため、チケットを販売する立場から積極的な動きが出ていないが、そろそろ社会問題として捉える必要がある。
本来、キャンセルや「チケットの救済」は、主催者側にとっては手間がかかる行為だし、何の得にもならない。しかし、それでもチケットの転売の厳禁と、何らかのキャンセルのシステムを作りださなければ、チケットの転売による不当な商取引はなくならないだろう。

最近では、警察などによって、悪質なネット取り引きを取り締まるケースも増えてきた。主催者側の転売規制の動きもある。しかし、まだまだ不十分である。

法律が禁止していない個人売買の範囲を装い、公然とダフ屋行為に手を染めておきながら「何が悪いの?」と開き直っているネット上の書き込みを見ると、ホリエモンを笑っていられない。
「金儲けをして何が悪い」という風潮が蔓延している社会情勢は、いずれ荒廃した社会を生み出す。今だって荒廃している社会を、これ以上看過すべきではないと感じる。

今のところ、これに対抗するために自分ができることといえば、自分自身がオークションを利用しないというのと、自分の周りの人間にそれを語りかけることだけ。とても歯がゆい限りだ。



2005年12月31日 (土)

今年観た映画


一人で仕事しながら格闘技の中継を観ていたら、いつの間にか、あと数分で今年も終わり。

このブログも、仕事が忙しくなるとなかなか更新できないのだが、今年最後の更新ということで、今年劇場や試写で観た映画の中から「マイ・ベストシネマ2005」を考えてみた。

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【第1位】スター・ウォーズ EPISODE3/シスの復讐
【第2位】エターナル・サンシャイン
【第3位】ネバーランド
【第4位】ALLWAYS 三丁目の夕日
【第5位】イン・ハー・シューズ
【第6位】パッチギ!
【第7位】真夜中の野次さん喜多さん
【第8位】理由
【第9位】ヒトラー〜最期の12日間〜
【第10位】チャーリーとチョコレート工場

【佳作】
バタフライ・エフェクト/ステップフォード・ワイフ/Mr.& Mrs.スミス/蝉しぐれ/インストール/Shall we Dance?/ベルリン、僕らの革命/カンフーハッスル/オーシャンズ12/にがい大地の涙から/ミリオンダラー・ベイビー/奥様は魔女/さよなら、さよならハリウッド/クローサー/フィメール/魁!クロマティ高校/二人日和/ヴェニスの商人/サイドウェイ/リチャード・ニクソン暗殺を企てた男/レイ/トニー滝谷/コントロール/宇宙戦争

【凡作】
オペラ座の怪人/コーヒー&シガレッツ/マイ・ボディガード/アビエイター/コーラス/ザ・インター・プリター/あずみ2/マラソン/ローレライ/姑獲鳥の夏/ザ・リング2/SAYURI/交渉人 真下正義/トラブル IN ベガス/マザー・テレサ

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今年の後半は、前半のペースに比べて圧倒的に映画館に足を運べなかったので、ものの見事に前半に上映された映画に偏っている。それと、ほとんどアメリカ映画と日本映画ばかりになってしまった。イギリス映画やドイツ映画とかにもう少し積極的に足を運びたかったと思う。

作品としては、まぁ「スター・ウォーズ」がある年は自動的に1位って決めてるので……、それ以外で考えると、「エターナル・サンシャイン」が一番幸せにしてくれた作品かな。
今年前半の時は「ネバーランド」のほうが気に入ってたけど、「エターナル〜」は時間が経っても幸せ感を思い出させてくれる映画だった。やはり自分にとっての映画とは、以下に幸せにしてくれるかって事が大事なので、こういう作品は個人的なツボってところ。

来年も幸せにしてくれる映画と、たくさん出合えますように……。

みなさん、良い年をお迎えください。

2005年12月 5日 (月)

キュートな女たちに感謝
(映画「イン・ハー・シューズ」)

とくに観たいと思っていたわけではなかったが、友人に誘われて「イン・ハー・シューズ」を観ることになった。
なにせタイトルもよく確認せずに観たので、事前情報としては「キャメロン・ディアスが主演で、シャーリー・マクレーンが出てるらしい」という程度だった。

*  *  *  *  *  *  *

妹マギー(キャメロン・ディアス)と姉ローズ(トニ・コレット)は、靴のサイズが24.5cmということと、マギーにとっては楽しくローズにとっては辛いある日の思い出、そしてもって生まれたDNA以外、まったく共通点がない姉妹だ。
美人で男あさりは得意だが、難読症のために字が読めないことがコンプレックスで、堅実に生きようとしないで周囲に迷惑をかけてばかりマギー。弁護士でありキャリア・ウーマンとしては成功したが、子どもの頃に太っていたことがいつまでもコンプレックスで、外見に自信が持てず堅物で恋はいつも上手くいかないローズ。
そんな二人は、男をめぐるとトラブルがキッカケで喧嘩をしてしまい、お互いに傷つけあってしまう。
マギーは、母の死後に音信不通となっていた祖母エラ(シャーリー・マクレーン)の住むフロリダへ。独りぼっちになったローズは、サイモン(マーク・フォイアスタイン)との新しい恋へ。二人は、それぞれの方法で、自分自身を見つめ直し、やがて立ち直って新たなる人生を歩もうとする。しかし、幸せになれそうなのに、今ひとつスッキリしない。それは、マギーとローズが、姉妹である以上にお互いにとって必要な存在だと気が付いたからだ……


タイトルに「イン・マイ・シューズ」とあるように、美しい靴がたくさん登場する。
自分にぴったりと合う靴はなかなか見つけられない。良いと思って買っても、履いてみると靴擦れを起こしてしまったり、どこかを痛めてしまったり……。何度もすりむいて、ようやっと自分にぴったりの靴を探すことが出きる。

物語の前半、ゴージャスなマギーは、姉の持つゴージャスな靴を身につけて街をぶらつき遊びほうけるが、ハイヒールよりもスニーカーの似合うフロリダに行くことで、自分を見つめ直す。一方ローズは、美しいハイヒールをたくさん持っているのに、コンプレックスからそれを履いて外出することが出来ないが、サイモンと付き合うことでハイヒールを履きこなす自信を持った女へと変わっていく。
彼女たちだけでなく、祖母のエラや他の登場人物たちも、自分の心の中に何かしらの「擦り傷」を抱えながら、物語の進行とともに自分を見つめ直していく。
姉妹・家族愛をテーマにしたのドラマではなく、自分探し系の人間ドラマだ。

ちなみに「イン・ハー・シューズ」という言葉、「彼女の靴で」と直接的に使われることもあるが、英語では「彼女の立場なら」「以心伝心」という慣用句として使われることもあるようだ。


前述した通りたくさんの美しい靴が登場するが、なかなかソソられる靴(足)の撮り方だ。監督がこだわったという「鏡を使った演出」もなかなか効果的。「L.A.コンフィデンシャル」でも感じたが、光の扱い方(もしくは光量の加減)が上手い。

何よりもこの映画、登場する女優陣が、みんなキュートである。
ハリウッド・コメディアンヌとして定着したキャメロン・ディアス、内心に大きなストレスを抱えながら優等生に振る舞う姉ローズの苛立ちを見事に演じたトニ・コレット、相変わらずツンとした気品さを感じさせながら優しい祖母として二人に接し、娘を亡くした母の苦しさを表現したシャーリー・マクレーン。彼女たちの演技が、このコメディを「上質な小品」として秀作に昇華させている。
このキュートな登場人物たちが、観る側を幸せな気分にさせてくれるだろう。

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何しろ、タイトルすらはっきり知らずに観た作品。期待なんてまったくしないで観たおかげで、大きく裏切られて、とても幸せな気分にさせてくれた。時折こういう幸福感が味わえるから、やはり映画観賞はやめられない。
「期待しない」ということが大事なキーワードなので、これから観る人は、くれぐれも期待しないように!

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【作品名】イン・ハー・シューズ
    (In Her Shoes/'05/アメリカ/130分)
【監督・製作】カーティス・ハンソン
    (「L.A.コンフィデンシャル」'97)
【製作】リドリー・スコット
 (「ブレードランナー」'82/「テルマ&ルイーズ」'91)
【脚本】スザンナ・グラント
   (「エリン・ブロコビッチ」'00)
【出演】キャメロン・ディアス
   (「クリスティーナの好きなこと」'02)
    トニ・コレット
   (「アバウト・ア・ボーイ」'02)
    シャーリー・マクレーン
   (「アパートの鍵貸します」'60)
    ※人名後ろのカッコ内は、その人の関連作品のなかで僕のお薦め作品。
【公式サイト】http://www.foxjapan.com/movies/inhershoes/
【僕的評価】★★★★★★★☆☆☆/10点満点

2005年11月20日 (日)

伝え続けなければならないこと
(映画「父と暮らせば」)


今さらながら、「父と暮らせば」を見た。
区の平和イベントで上映会があったので、いい機会だから子どもたちを連れて行ってきた。

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井上ひさしの戯曲を、黒木和雄が映画化したものだ。
最初に結論をいえば、非常に素晴らしい作品だった。

「竜馬暗殺」で僕に衝撃を与えた黒木監督は、「TOMORROW(明日)」「美しい夏キリシマ」に続くこの作品を“戦争レクイエム三部作”の完結編と位置づけている。

この映画、まず、井上ひさしの原作によるものが大きい。
舞台の設定をできるだけいじらないように、ほぼ一つの場所(かつて父と娘が暮らしていた旅館跡)だけで場面が展開する。この二人芝居という舞台設定を活かしたことで、井上ひさしの軽快な台詞廻しも活かすことになり、物語の展開に絶妙なテンポが生まれている。

さらに出演陣の演技もすばらしい。
といってもほとんど宮沢りえと原田芳雄の二人だけである。
「竜馬暗殺」以降、「祭りの準備」「浪人街」「スリ」など黒木監督とのコンビで秀作を作り続けている原田芳雄は、原爆で亡くなった父親役。彼の一人語り“福吉竹造のエプロン劇場”の場面はこの映画のクライマックスであるが、彼の演技に圧倒される。
「たそがれ清兵衛」で日本映画界の賞を総浚いした宮沢りえが娘役。僕としては、最初は彼女のベタベタした声質が気になっていたのだが、同じように感じることがあっても、話が進むうち徐々に彼女の演技に魅入らされていくことになるだろう。彼女の演技は、今年「トニー滝谷」でも見たが、すっかり安定感のある女優になったと実感する。

そして、“戦争レクイエム三部作”の完結編としてこの映画に込めた黒木監督のメッセージだ。
広島の原爆投下から3年、生き残った後ろめたさから幸せになることを拒否し、苦悩の日々を送る主人公・美津江(宮沢りえ)。父・竹造(原田芳雄)に励まされ、悲しみを乗り越え、未来に目を向けるまで4日間の物語。
原爆による被害は、生き残った人をも、いつまでも苦しめているのである。
そんな主人公・美津江は言う。

「私は生き残ってはいけねかったんじゃ。だから幸せになってはいけんのです」
「うちゃあ生きとんのが申し訳のうてならん。じゃけんど死ぬ勇気もなぁです」

*  *  *  *  *  *  *

上映前には、区内の各中学校から代表に選ばれて広島に行った中学生から、報告レポートの発表があった。その中の女子中学生の言葉が鋭い。

「アメリカや核保有国を批判し核兵器の根絶に向けてはっきりと宣言をした秋葉市長は、とても力強く見えました。それに比べて小さな声で話していた小泉総理大臣を見ていて、核兵器のない平和な世の中なんて、まだまだ実現することは出来ないのではないかと不安な気持ちになりました」
中学生にすら小泉純一郎の薄っぺらさを見抜くことができるのに、相変わらず世論調査では内閣支持率が高い。「世論」とは、中学生よりも見る目がないものなのか……


「話をいじらず、前の世代が語ってくれた話をそのまま伝えるんが、私の役目よ」

主人公の美津江が、自分の仕事である文学資料の整理・収集について、その哲学を語った時の台詞だ。
戦争を体験した世代の人たちが僕たちに伝えてくれたこと、それを次の世代に伝えるのは、僕たちが絶対にしなくてはならない役目である。

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【作品名】父と暮せば('04/日本/99分)
【監督・脚本】黒木和雄(「竜馬暗殺」'74/「浪人街」'90/「スリ」'00)
【原作】井上ひさし
【共同脚本】池田眞也
【出演】宮沢りえ(「たそがれ清兵衛」'02)
    原田芳雄(「竜馬暗殺」'74/「PARTY 7」'01)
※人名後ろのカッコ内は、その人の関連作品のお薦め作品。
【公式サイト】http://www.pal-ep.com/father/
【僕的評価】★★★★★★★★☆☆/10点満点

【追記1】
すでにDVD化、ビデオ化もされているが、全国の名画座系での上映もされている。また12月3日に調布市での上映会が企画されるなど、地域の上映会も行われている。できることなら、ぜひスクリーンで見て欲しい作品だ。
【追記2】
僕は一昨年、「美しい夏キリシマ」を観て「この映画は、黒木監督と同世代へ向けた映画であり、逆に言えば、僕やそれより若い人たちには伝わりづらい映画である」というようなことをあるところで書いた。確かにいい映画で、いかにもキネ旬が年度代表に選びそうな作品だが、2年以上経っても若い人の中に「いい映画だった」と大きな声が聞こえない(例えばブログ検索してもヒット数は少ない)のを見れば、やはり僕の感想はあたっていたということだろう。
しかし、この作品を見て改めて“戦争レクイエム三部作”を見つめると、なるほど「美しい夏キリシマ」の位置付けが見えてくると納得した。
ただし、単体としての「美しい夏キリシマ」の作品評価は、やはり高いものではないことも付け加えておく。

2005年11月15日 (火)

老いてなお持つ恋心(映画「二人日和」を観て)

今年の春、京都にて「Turn over 天使は自転車に乗って」というタイトルで公開された作品が、東京で「二人日和」というタイトルに変更されて公開されることとなった。
藤村志保、栗塚旭という渋いキャスティングだ。

改題されたタイトルと、このキャスティング、そして京都の市井の夫婦の話を聞けば、ゆったりとした落ち着いた映画であろうと想像する。
その通りの作品だ。

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十八代続く神祇装束司の夫——
「今までいろんなものが通り過ぎていきおったけど、何が残るんだっしゃろなぁ」
余計なことは口にせず、職人として誠実に生きてきた。

不二の病を患う妻——
「かまわんといて。自分で食べんと、おいしゅうない」
そう言いながら夫の助けを借りる。少し意地っ張りで愛嬌がある。

そんな子どものいない二人きりの老夫婦が、妻の看病を通して、数十年一緒にいた互いの気持ちを確かめ合う物語。

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恋愛映画を観るときに、感情移入しやすいよう、自分の年代に合う作品を探すのは当たり前だ。僕は30代なので、感情移入しやすい恋愛映画を探すのに、まだまだ困ることはない。
そうして恋愛映画を観ていると、今の自分の気持ちを重ね合わせたくなる作品に出合うことがある。
そんなときは現実世界に戻って、大切な人への自分の気持ちを、もう一度相手に伝えたくなる。

では、自分が人生の終盤にさしかかった歳になったとき、そんな映画に出合うことが出来るだろうか? 僕はその時でも、大切な人と手を繋いで、互いの気持ちを確かめ合うことが出来ているだろうか?

「この曲、なんていう曲やったろうか?」
「さぁ、なんやったかなぁ?」
「もう、分かってはるくせにぃ」

互いに気持ちの分かり合っている、老いてなお恋心を持つ夫婦の会話である。

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【作品名】二人日和('04/日本/111分)
【監督・脚本】野村恵一
【共同脚本】小笠原恭子/山田力志/山田哲夫
【出演】藤村志保/栗塚旭/賀集利樹/山内明日
【公式サイト】http://turnover.main.jp/
【公開】2005年11月26日、岩波ホールにてロードショー公開

2005年11月10日 (木)

日本人の原風景
(映画「ALWAYS 三丁目の夕日」)

僕は学生の頃に、西岸良平のマンガ「三丁目の夕日」(小学館)を愛読していた。
子どもたちの視点で描かれた「昭和」が、現代を生きる日本人の共感を呼ぶ。そして、夕日に照らされて描かれる登場人物たちが、読み手の心を暖かくしてくれるマンガだ。

今でも連載されているそのマンガが映画化された。

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昭和33年、東京の「夕日町3丁目」が物語の舞台だ。

昔の東京のとある町で繰り広げられる人情話。
細かいストーリーを説明するほどの内容ではないので省略するが、「平板なストーリー」こそが、この映画の味になっていることは間違いない。

琴線に触れるエピソードは人それぞれ違うだろうが、観るもの誰もが、どこかのシーンでノスタルジーを感じるはずだ。
原作と違う箇所や、時代考証してディテールが間違っているなどと突っ込むのは野暮。この作品、本当は「東京」や「下町」というよりも「全国にあった昔の街並み」の再現をしたかったのではないかと思う。つまりそれは、どこに住んでいようとも、どの世代の人でも、日本人のDNAにも刷り込まれている「日本らしさ」なのではないだろうか。

俳優陣もいい演技をしてくれる。とくに女優たち。薬師丸ひろ子の演技はすでに安定感がある。小雪も素敵な笑顔を見せてくれる。堀北真希は今放送中のドラマでもいい雰囲気を出しているが、期待のできる新人だと認識させてくれた。

一つ残念な点。特殊効果・VFXをふんだんに使っているのだが、使いすぎて落ち着かない。CGとしては悪くないが、もう少し重みのあるカメラワークにして欲しかったと思う。

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僕が生まれるより10年近く前の設定だが、原体験として記憶している懐かしさが郷愁を誘う。

よく「古き良き日本」という。この映画でも宣伝文句にさんざん使われている。
実際にはそれほど良かったのかどうか、難しいところである。
この作品に出てくるエピソードで言えば、「親が子どもを捨てる」なんてことがよくあった時代だ。「家族の借金のために身売りする」なんてことだってそうだし、「人さらい」もいた。まだまだ「戦争の傷跡」が残っている。洗濯機や電機冷蔵庫もないような「貧乏」に戻りたい、なんて人はいないだろう。
しかし、それでもなお「古き日本」には、そういう社会の暗い部分を包み込んでしまうだけの包容力があったのではないだろうか。そこには、今よりも明るさや未来への夢を持って一所懸命に生きていた日本人がいたのではないか。そしてその包容力は、まるで自分を包み込む大きな手のように暖かった気がするのだ。

この映画は、そんな暖かさで僕を包んでくれた。久しぶりに心の安まる日本映画だった。
僕はいつ頃から、自分が暮らしている町の夕日を観なくなったんだろう……

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【作品名】ALWAYS 三丁目の夕日('05/日本/132分)
【監督・VFX・脚本】山崎 貴
【原作】西岸良平
【共同脚本】古沢良太
【出演】吉岡秀隆/
    堤真一(『MONDAY』'00)/
    薬師丸ひろ子/
    小雪(『ランドリー』'01)/
    堀北真希
※人名後ろのカッコ内は、その人の関連作品の中で比較的最近のお薦め作品
【公式サイト】http://www.always3.jp/
【僕的評価】★★★★★★★☆☆☆

2005年11月 7日 (月)

右近だけに「コ〜ン」が上手い
(歌舞伎「義経千本桜」その2)


前回のブログのつづき。
前回を未読の方は、「歌舞伎「義経千本桜」その1」をどうぞ。

というわけで、7月に観た「義経千本桜 四ノ切」だ。
文化庁と国立劇場が、毎年何回か、“社会人のための歌舞伎観賞教室”という興行を主宰し、通常なら1万5000円くらいする座席を4000円くらいで提供している。しかも、芝居の前振りとして、歌舞伎役者が舞台に出て、歌舞伎の基礎知識や役者の所作について解説してくれたり、舞台装置の仕組みを教えてくれるというおまけ付きだ。ま、実際には安い分だけキャスティングなどが物足りないのだが、それでも割安感はだいぶ大きい。

7月に誕生日を迎えた友人を招待して、国立劇場へ観に行った。

※前回同様長いので、読み飛ばす場合は「* * * * * * *」毎に読み飛ばしてください。

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前回のブログで、この「義経千本桜」は、「歌舞伎三大狂言」と呼ばれるほどの人気作品だと書いた。

まず、登場人物が魅力的とされる。
「判官贔屓」の語源である源義経を主人公というだけで、日本人の心をくすぐる。
あるいは歴史上は死んでいるはずの平氏の有名人たちが「実は生きていた」という設定になって登場する。歌舞伎の世界では、「あるお店の奉公人、実は、歴史上の人物」というような設定がよく使われるのだが、江戸時代の庶民が、こういうどんでん返しを好んだのだろう。
また、それぞれの場面構成が変化に富んでいて、しかもそれぞれ完成度が高いのだ。
現代風に言うと、人間ドラマあり、歴史ドラマあり、ラブストーリーあり、ミュージカルあり、“ドンパチ”アクションあり、ホラーあり、CGばりばりのSFあり、と盛りだくさんの内容である。

とくに「四ノ切」では、早変わりや宙乗りなどか、この演目だけのあっと言わせる仕掛けがふんだんに使われていて、観るものを飽きさせない。こうした意表をつくような手法の芝居を「外連(ケレン)」と呼ぶのだが、この話は、まさに「ケレン」の代表作と言える。

話が少しそれるが、人気の演出法である「ケレン」は表舞台から影を潜める時期があった。
江戸庶民の文化であり、江戸幕府から「世俗を乱す」とレッテルを貼られてあらゆる規制を強いられていた歌舞伎は、江戸後期には徐々に「伝統芸能」として高尚な文化と自ら位置づけられるようになっていく。江戸庶民の文化というスタンスよりも、伝統芸能として国家の庇護を得ようとしたのだ。こうした“高尚な文化”化への動きの中で、「ケレン」は下品な作風として嫌われていく(観客からというよりも、歌舞伎界自ら嫌ったのだと推測される)。

そうした傾向にあるなか、昭和40年代に「ケレン」を復活させたのは三代目・市川猿之助(当代)だ。
オープンして間もない国立劇場では、猿之助が忠信となって「四の切」を上演した際に、最後の場面で狐忠信がワイヤーで宙乗りになって退場していくように演出した。まさに、観客は度肝を抜かれたことだろう。今回の舞台でも、狐忠信は宙乗りになって満場の拍手の中で退場していった。

*  *  *  *  *  *  *

実は、僕は役者としての猿之助が好きじゃない。台詞廻しが早口で、どことなく軽い声色と感じられ、どんな役を演じてもどうにも感情移入が出来ない。ただし、演出家としての猿之助、プロデューサーとしての猿之助は、とても評価している。彼がいたからこそ、「伝統芸能」という殻に籠もり古い体質であった歌舞伎界が変革したのだと思う。あらゆる面で「歌舞伎をオープンにした」と言える。「ケレン」のように昔の演出技法を復活させたり、好きか嫌いかは別にして「スーパー歌舞伎」のようにオペラや京劇と歌舞伎の要素をごちゃ混ぜにした新しい芝居を作りだしたり、そしてそこで得た演出論をさらに歌舞伎に取り入れていく。そうした猿之助の挑戦は、歌舞伎界における猿之助の功績と言える。

「歌舞伎役者の養成」というのも猿之助の功績だ。
つい数十年前まで、歌舞伎役者というのは一部の有資格者しか許されない職業だったが、今では、国立劇場などが「歌舞伎役者養成研修」の講座を設け、普通の人も歌舞伎役者になる道筋が出来たのだ。ところが実際には、そういう研修を受けて歌舞伎役者になり、どこかの家のお弟子さんになったところで、大部屋扱いの端役だけで一生を終えるのが普通なのだ。どんなに才能があっても、しょせん梨園の外部から入ってきた者なんかに華やかな未来があるほど歌舞伎界は生易しいものではない。
しかし、そうした常識をうち破り、血筋と関係なく才能のある役者を発掘して重用しているのが猿之助なのである(余談だが、猿之助の実の息子は俳優の香川照之なのだが、離婚した女優・浜木綿子が育てたとはいえ、自分の息子を歌舞伎役者にする気は一切なかったらしい)。

*  *  *  *  *  *  *

ここでようやく、今回観た「義経千本桜 四の切」の感想。

「狐忠信」を演じるのが市川右近、「静御前」を演じるのが市川笑也である。市川右近や市川笑也は、猿之助に見出された優れた役者の代表格である。

いま脂ののっている40代の歌舞伎役者の中で、僕が好きな狐忠信は、右近のそれだ。
猿之助が復活させたケレンの演出を見事に立ち回ってみせる。親を慕う狐の悲哀の演技もいい。現在、当代の狐忠信といえば猿之助という定評があるが、右近の狐は一つの型を演じるという側面だけをみるならば、猿之助の狐に弾けは取らない思う。残念ながら、右近の芝居にはまだまだムラッ気があり、今回観たときも少し物足りない演技だったが、それでも「四の切」の面白さは充分に堪能できるものだった。
右近の狐は、その“キツネッぷり”が、ほかの役者の比べて上手なのだと思う。
この日の感想とは少し離れてしまうのだが、「義経千本桜」の二段目・鳥居前では、「狐六法」と呼ばれるステップで花道を踏む見せ場があり、右近狐の軽妙さは「もし狐が六法を踏んだら、あんな感じだろうな〜」と思わせ楽しませてくれる。四段目・道行初音旅では、狐の化身として舞いながら、どこか男(雄?)のとしての色気を感じさせてくれる。
他にもいくつかあるが、とりあえず狐としての喜怒哀楽を表現するのは、今の40代以下の中では右近が一番だと僕は思う。

……え〜、もっといろいろ感想があったのだが、解説などに時間を費やしているうちに疲れてしまった(笑)。またいずれ観る機会もあることと思うので、改めてその時に。
長く書いた割には、何だか中途半端になってしまった……。

【興行名】社会人のための歌舞伎観賞教室
    「義経千本桜 川連法眼館の場」
【出演】市川右近/市川笑也/市川段治郎/ほか


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2005年11月 6日 (日)

有名な歌舞伎の話
(歌舞伎「義経千本桜」その1)


今年のNHKの大河ドラマは、ご存じのとおり「義経」だ。
その影響か、NHKの歌舞伎放送に“義経モノ”が多い気がする。もとより、「勧進帳」や「義経千本桜」は人気の演目で、歌舞伎座や国立劇場では、毎年何度も目にすることができる作品である。
5月25日のブログで、中村勘三郎襲名披露公演について書いたが、この時も「義経千本桜」が上演された。

そんな中8月に、僕は今年だけで2回目となる「義経千本桜 四ノ切」を国立劇場で見た。その時の録画放送が、つい先日NHKで放送されたので、振り返って感想を書きたい。

※歌舞伎用語解説やストーリーも書いたために長くなったので、読み飛ばす場合は「* * * * * * *」毎に読み飛ばしてください。

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*  *  *  *  *  *  *

通し狂言「義経千本桜」第四段第三場——川連法眼館の場(かわつらほうがんやかたノば)

正確にいうとこんなに長いタイトルだ。
「狂言」とは、歌舞伎の戯曲のこと。「通し狂言」とは簡単に言ってしまえば「歌舞伎の長編物語」という意味。「義経千本桜」が正式なタイトル。長編ドラマのため、映画「スター・ウォーズ」のようにいくつかのストーリーに分かれているのだが、「全五段、全十三場」で構成されている。そのうちの「第四段の最期の場面」というのが、「第四段第三場」だ。「川連法眼館の場」は、「第四段第三場」のサブタイトルということになる。

ちなみに、今では歌舞伎の中で「四ノ切」といえば「義経千本桜の第四段第三場」という意味だが、この「四ノ切」とは“第四場の最期”という意味だ。本来は、あらゆる歌舞伎の演目に「四ノ切」あっていいはずだが、江戸時代から人気のあった「義経千本桜」の中でも、とくに「川連法眼館の場」が人気のあるシーンだったため、今では「四ノ切」イコール「義経千本桜の第四段第三場」ということになってしまった。

さて、歌舞伎というのは、見慣れない人には不思議かも知れないが、長編ドラマの一場面だけを切り取って、その場面だけを楽しむことがある。いや、それがスタンダードな見方なのだ。
この「義経千本桜」も、前述したとおり「全五段、全十三場」という長編ストーリーなのだが、全部で13本の細かいストーリーをすべて一度に連続で見た人なんて、今の世の中にはほとんどいないのではないだろうか(たぶん、歌舞伎関係者以外一人もいないと思う)。昔は、全編を「通し」で上演することもあったようだが、今では「通し」上演と言っても、実際にはいくつかのシーンをカットしている。
全11段という超長編の「仮名手本忠臣蔵」といえば、「通し」で上演することが基本となっている演目なのだが、歌舞伎座で午前中から夜まで見通しても、全11段をぶっ通しで上演することはない。僕の知る限り、所々つまみながら6〜7段を上演するのみだ。
「義経千本桜」の場合、このようにつまみながらの「通し」で上演されることもあるが、一場ずつの構成の完成度が高いためか、一場だけを上演することも多いのだが、こうした上演方法を「通し」に対して「見取り」という。
前述したように、人気のあるシーンは、一年のうち何度も、しかも演じる役者を変えて「見取り」として上演されるのだ。

「義経千本桜」は、歌舞伎の演目の中でもとくに傑作と呼ばれる「歌舞伎三大狂言」の一つ。「仮名手本忠臣蔵」、「菅原伝授手習鑑」と並び称される。この三本いずれも、人形浄瑠璃の傑作を歌舞伎に移植したものである。このように人形浄瑠璃から歌舞伎に持ってきた狂言を「丸本物」とも「義大夫狂言」とも呼ぶ。
歌舞伎よりも以前に流行していた「人形浄瑠璃」(今では「文楽」と言うことが多い)。生身の人間が演じる歌舞伎に比べて、人形劇である浄瑠璃は、歌舞伎の人気に押されるようになる。アニメ映画よりもCGを駆使した実写映画の方が、迫力があって面白いと感じるのと同じだ。それに対抗するように人形業瑠璃は、その脚本の面白さや完成度を高めていくことで、再び人気を取り戻していく。とくに大阪を中心にこうした傾向が強くなり、歌舞伎の人気が落ちていったときに、人形浄瑠璃の脚本を歌舞伎にアレンジして積極的に取り入れたのだ。

ということで、今でも歌舞伎の代表的な演目には「義大夫狂言」が多くあることとなる。

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さて、「義経千本桜」の全体について簡単にストーリーを説明したい。

平安末期、公家が中心であった日本は、武力を背景に力をつけてきた武家が、公家に台頭して政治の中心に立とうとしていた。そんな時代に覇権を争ったのが、平氏と源氏。最終的に武家社会を確固として築いたのは、ご存じ源氏の総大将である源頼朝である。
その弟・源義経は、勝てば官軍と言わんばかりの反則技も何のその、源平合戦の最終局面では一度も戦場に足を運ばなかった兄の頼朝に変わり、みごと平氏を滅ぼしたのだった。
しかししかし、平知盛、維盛、教経の首が偽物だったこと、また後白河法皇から贈られた〈初音の鼓〉が「鼓を打つは頼朝を討つということだ」と解釈され、一転して、頼朝から追われる立場になってしまう。

そんな義経は、京都から都落ちするはめになったが、頼朝のいる鎌倉に帰ることもできない。そこで、伏見から摂津、吉野と逃げ延びることとなる。
その間、義経はわずかな家臣しか同行を許さなかった。
しかし、義経最愛の人、静御前は、生い先の分からない義経と一時も離れたくない。いくら足手まといだから連れていくことは出来ないと説得しても、静は義経のそばを離れようとしない。そこで困った義経は、静御前を梅の木に縛りつけて、さっさと逃亡の旅へと出てしまった。

梅の木に縛りつけられている静の前に現れたのは、早見藤太。義経を見つけて頼朝に売り飛ばそうとしている敵役だ。この早見藤太、みるからに変なキャラクターだ。小ずるいのかオバカなのか、どこか憎めないような道化役でもある敵役。こういう敵役を「半道敵(はんどうがたき)」という。
その早見藤太が静を捕らえ、〈初音の鼓〉といっしょに引っ立てようとした時、突然、義経の忠臣である佐藤忠信が現れて静を救出する。そこへ、さんざんひどい仕打ちをしたくせに静が心配になって戻ってきた義経。忠信の手柄を誉めちぎり、自分のセカンドネームである「九郎」に源氏の文字をくっつけ、忠信に〈源九郎〉というセカンドネームを与え、自分の大切な鎧を譲り、自分は別の家臣と逃亡するので、その間、静御前を守るように託すことになった。余談だが、史実の義経はよほど洒落者だったようで、当時では考えられないような派手な鎧をたくさん所有していて、合戦の途中でわざわざ着替えたりするような人だったらしい。

……と、ここまでは「義経千本桜」の序盤。
このあと、死んだはずの平知盛や安徳帝などが生きていて義経の命を狙ったり、闘いに敗れて自殺しちゃったり、義経を追って吉野の山をめざしていた静御前と〈源九郎〉忠信が桜の前で見事な舞いを踊る舞踏シーン、もっと省略して、「木の実」と呼ばれるシーンや、「小金吾討死」「鮨屋」と呼ばれるシーンがある。この辺は、「四ノ切」とは直接関係ないので、いずれまた。

ところで、義経、頼朝、静御前を知らない人はいないだろうが、佐藤忠信だの、平知盛、安徳帝だのと、あまり馴染みのない、そのくせ似たような名前がたくさん登場するのは、歌舞伎を不慣れな人が歌舞伎に取っつきにくい原因となっている気がする。この僕が、娘から「TAT-TUNの亀梨くんと、NEWSの山下くんが〜」と言われるだけで拒絶反応を示してしまうのと共通するものがあるのだと思う。今の若い人の中では「安徳帝」を知らないことのほうが“常識”なのだそうだ。
この辺は、ぜひ基本的な日本史を理解してほしいというしかない。よく歌舞伎デビューに付き合うのだが、日本史が得意な人と苦手な人では、歌舞伎初体験の反応がかなり違うと実感する。
そのくせ、矛盾するようだが、あまり日本史に詳しすぎるのもいけない。歌舞伎の狂言は、あくまでもファンタジーの世界であり、おおよその史実に基づいているものの、思いっきり史実を曲げて無理矢理話をこじつけている作品も多いのだ。平安時代の人物の話をしていたはずなのに、いつの間にか江戸時代の話にすり替わっている、なんてことも度々ある。映画「ラスト・サムライ」を観て、「時代考証が間違ってるよ〜」なんて文句を言う歴史オタクも、これまた歌舞伎にのめり込めなかったりする。
僕のように、エンターテインメントを楽しむため最低限の歴史認識を持っている、くらいが一番いいのだ。

*  *  *  *  *  *  *

で、話が戻り、いよいよ「四ノ切」こと「川連法眼館の場」である。
逃亡の末、義経は吉野に居を構える川連法眼(川連が名字。法眼は肩書)の元にいた。そこへ、佐藤忠信が義経を訪ねてくる。
義経は、当然預けていた静も一緒にきたと思ったのだが、忠信一人だという。しかも、静を預かった覚えもないと言う。そんな忠信に疑いをかける義経。すると今度は、「静御前のお供として佐藤忠信さまが来ました」という知らせが入る。
忠信はここにいるのに、静と一緒に忠信が訪ねるなんておかしい!
そこへ、静御前が義経の前に到着。今まで忠信も一緒だったのに、急にいなくなったので一人で義経の前に現れたと言う。そして、前に来ていた忠信と顔を合わす静。忠信は「久しぶりに静に会った」と言い、静は「そう言われれば、さっきまでの忠信と衣装や様子が違う」と言う。
よくよく考えると思い当たることがあるという静御前が、事の詮議を任されることになった。
そして、一人になった静が〈初音の鼓〉を打つと、どこからともなく、もう一人の、さっきまで静と行動をともにしていた忠信が現れた。
静が正体を尋ねると、実は、自分は狐が人間の姿に化けたものだという。そして、〈初音の鼓〉は、自分の両親の皮で作られたものであり、その鼓の音が恋しくて、忠信に化けて静の伴をしていたことを泣きながら告白する。
隣の部屋で、その様子を聞いていた義経は、〈源九郎〉狐忠信に初音の鼓を与えることにする。自分も幼い頃に父親(源義朝)を亡くし、血の繋がった兄弟である兄・頼朝からはあらぬ疑いを掛けられて追われる身となった義経にとって、親子愛を求める狐忠信の姿が自分と重なったのだろう。ちなみに、「義経」の“義”の字を「ぎ」と読ませれば「ぎつね」となる。義経と狐を重ね合わせているのがこの物語の核となっていることを暗示しているのだ。
義経から受けた恩に対する礼として、夜討ちを企てていた義経の追っ手どもを、狐の神通力で化かして懲らしめると、〈初音の鼓〉を手に狐忠信は吉野の山の中に去っていくのだった。
ここまでが、「四ノ切」。

その後、吉野の山中で、義経と平教経の激しい一騎打ちとがあり、最後の幕となる。

すっかり長くなってしまったので、このブログは「歌舞伎「義経千本桜」その2」につづく……


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2005年9月25日 (日)

歴史的名馬の誕生を見逃すな!(競馬「神戸新聞杯」)

毎年この時期になると、「暑さ寒さも彼岸まで」って言葉はその通りだと実感させられる。
これまでの暑さがアッという間にどこかへ消えて涼しくなった。
わが家の猫さんたちも、寒さを感じているのか、布団の上で寄り添って眠ってる。

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うちの猫さんたちは、競走馬と違ってお金を稼いではくれないが、僕に安らぎを与えてくれる。

*  *  *  *  *  *  *

高校1年の5月、初めて府中の東京競馬場に足を踏み入れた。日本競馬史上、3頭目の三冠馬ミスターシービーが、ダービーで優勝した日である。
それから22年、今年、史上6頭目の三冠馬が誕生しようとしている。

100年近い日本競馬の歴史の中、毎年数千頭(現在は1万頭強)と生まれるサラブレットで、「皐月賞」「日本ダービー」「菊花賞」の3つのレースを勝って「三冠馬」となった馬は、セントライト、シンザン、ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、たったこの5頭だけなのだ。
(それぞれの三冠馬に関しては→ここをクリック←

「三冠馬」とは、他の同年代のどの馬よりも、美しく、気高く、誇り高い走りをする馬である。
今年、その三冠に挑戦している馬の名は「ディープインパクト」という——。

*  *  *  *  *  *  *

今日、三冠の最終レースの前哨戦となる「神戸新聞杯」が行われた。
出走したディープインパクトは、圧倒的人気に応えて、まさに「余裕」という言葉がぴったりする圧勝劇を演じた。

ディープインパクトは、これまで僕が観てきた数多の名馬の中でも、“皇帝”シンボリルドルフを彷彿とさせる強さを持っている。

シンボリルドルフは、競馬ファンや競馬関係者の誰もが「史上最強」と認める馬だ。
『北斗の券』でいえば「ラオウ」、『ドラゴンボール』なら「魔人プウ」、『ろくでなしブルース』なら「葛西」、『スラムダンク』なら「山王工業」、古くは『リングにかけろ』の「ギリシャ十二神」、『あしたのジョー』の「ホセ・メンドーサ」、『ドラえもん』の「ソノウソホント」、……そのくらい絶対的な存在だ。

しかも鞍上の騎手は“天才”武豊。
武豊は、最初の三冠レースである皐月賞に圧勝で勝ったとき、ディープインパクトに乗ったまま満員の観客に向かって高らかと天に拳を突き上げ、人差し指を立てた。そして続くダービーを勝ったときには、指を2本立てた。
これは、岡部騎手がシンボリルドルフの絶対的な強さと三冠の自信を示して、皐月賞とダービーで勝った時に見せたポーズだ。
競馬界で天才という名を欲しいままにしている武豊が、この馬に対する絶対的な自信を示しているのだ。

とりあえず、シンボリルドルフから「史上最強馬」の地位を奪う可能性を持っているのは、このディープインパクトだけである。

*  *  *  *  *  *  *

小泉自民党の歴史的大勝は白けたが、スポーツの歴史的瞬間は誰の心にも感動を与えてくれる。そして、何十年経っても、その歴史に証人となった感動は忘れられないことだろう。
競馬やギャンブルに興味がない人も、この歴史的名馬誕生の瞬間を見逃さないで欲しい。

三冠最後のレース「菊花賞」は、10月23日だ。

マンガなら、正式発売日を待たずして近所の本屋で数日前に手に入れることができたが、スポーツの結果を先に知ることはできない。
子どもの時と違って、こうした「待たされる喜び」を楽しむことができるようになった。

こんな時、秋の寒さとともに、自分が「オッサンになったなぁ」と実感させられる。


2005年9月20日 (火)

結局、真矢は最悪だった(ドラマ「女王の教室」最終回)

先週の土曜日、日本テレビの連続ドラマ「女王の教室」が最終回を迎えた。
何かと話題のドラマだったが、最後まで高視聴率を稼いだようだ。

ドラマの2話目から見始めて、途中見逃した放送もあるが、最終回直前にやっていた総集編みたいな番組をみたので、ほぼ全編を観たと言ってもいいだろう。久しぶりに連ドラを見続けた。

*  *  *  *  *  *  *

教師・真矢は、「いい加減に目覚めなさい」というフレーズとともに、子どもたちに社会の厳しさを徹底的に叩き込む。「自由を得たいなら責任を持ちなさい」「厳しい状況から目を背けずに、向き合いなさい」「親なんて本当にあなたたちのことを考えている訳じゃない」……、そして、「悪いことをしたもの、成績の悪いものには罰を与えます」——(正確な台詞じゃないかも知れないが、概ねこんな感じの台詞だった)

たしかに所々、正しいこともする。
番組的には、その小さな正義をことさら左様に大きく取りあげ、問題のある行動については「愛のムチ」として扱う。最終的に、教師・真矢によって問題行動の多かった生徒たちが、すごく“いい子”になっていく。そうした影響は、生徒たちの家庭の問題も解決し、生徒たちは明るい未来へと羽ばたいていくことで、締めくくっている。

ドラマの前半の展開は、教師・真矢による生徒たちへの虐待行為を見せ続け、ドラマが終わると毎回不快極まりない思いにさせられるのだが、回を重ねる毎、徐々にその虐待行為には、実は教師・真矢の緻密に計算された狙いがあったことが明かされる。
そうすると、最初は不快極まりなかったこのドラマが、徐々に妙な爽快感をもたらせてくれるような気分にさせられるのだ。

*  *  *  *  *  *  *

さて、僕の感想だが、タイトル通り「阿久津真矢は最悪な教師である」という結論だ。
これは、初めてドラマを観たときから、結局最終回まで変わることのない評価である。
そして、こんなろくでもない教師を、さも「現代の理想の教師像」と言わんばかりに描いたドラマ製作者のセンスのなさに呆れ返るばかりである。

番組に寄せられた意見は、当初は批判的な意見が多かったようだが、放送回数が進むにつれて徐々に好意的な意見が多数を占めていったそうである。正直言って面倒なので、公式掲示板や2ちゃんの専用スレは読んでいないが、だいたい書かれていることは想像できる。頭の悪い大人や、「説教されたい」なんて甘ったれてる精神年齢の低い人間には、さぞ受けの良さそうなドラマである。

何が胸くそ悪いって、子どもたちにする真矢の行動のすべてである。
あれは、教育ではなく虐待だ。
いじめの問題を扱うときに「虐められる方にも問題がある」などと阿呆な意見を言う馬鹿がいるが、同じスタンスで作られた作品と言って過言ではない。「甘ったれて問題行動の多い子どもには、精神的な虐待、体罰、過度のペナルティーなどを課しても、それで子どもが立ち直れば問題ない」とでも言うのだろうか?

第一、教師はいつから「罰」を与える権限を得たのだろうか?
この国では、司法以外に人を裁く権利はないと認識しているが、教師だけは特別に「子どもを裁く権利」を得ているのだろうか?

何から何まで、まったくお話にならない。

こんなドラマをありがたがっているから、日本は恥知らずな国になろうとしているんだ。

*  *  *  *  *  *  *

あまりの小泉自民党の大勝に、怒りよりも唖然としてしまったが、このドラマのおかげで怒りの気持ちを思いだした。

2005年9月15日 (木)

名バイプレーヤーの共演(DVD「コントロール」を観て)

芝居でも映画でも、チケットを購入したのに、仕事やタイミングが合わずに行けなくてチケットを無駄にするということがある。とくに映画の場合は、前売りチケットを買ってから映画館に行ったら混雑しているので、別に日に行こうと考えてそのままになってしまう、なんてこともあり、値段も安いことから、年に何本も見逃してしまう。

今年、一番最初に無駄にしたチケットが映画「コントロール」だ。DVD化されたので観てみた。

*  *  *  *  *  *  *

幼い頃、母親が目の前で殺されるという経験を持つリー・レイ(レイ・リオッタ)は、強盗殺人事件を起こしたのにも反省の欠片もなく、刑務所で被害者をなじるような凶悪犯。とうとう死刑執行されることになった。

衆目の元で死刑を執行されたはずの彼だが、死刑執行から数時間後、気が付くと遺体安置所にいた。目の前には、ハート・マーサー製薬のマイケル・コープランド博士(ウィレム・デフォー)。ある医学プロジェクトに被験者として無期限で参加することを条件に、リー・レイにふたたび生きる選択肢を与える。
そのプロジェクトとは激しい気性を抑え、脳の性質を変える薬物“アナグレス”の人体実験だった。リー・レイを被験者にして、彼の凶暴な性格を“アナグレス”の効果によって抑制させ、彼を修正しようというものである。世界的に普及した抗鬱剤を開発した実績を持つコープランド博士は、この実験に自信を持っているのだ。

渋々、条件を飲んだリー・レイに代わって、彼の名の認識票を付けた遺体が焼がれ、リー・レイの存在はこの世から抹消された。そして研究所に監禁された彼は、“アナグレス”を6時間ごとに投与され被験者としてハート・マーサー製薬の研究所の監視の元に置かれることとなった。

最初は実験や研究に抵抗していたリー・レイだったが、数日後には大きな変化が現れた。後悔の念や自責の思いが目覚め始めるだけでなく、彼が犯した悲惨な犯罪の悪夢を見るようになったのだ。その結果、実験の第2段階として、コープランド博士は実験の場を実社会に移し、リー・レイを一般市民と同じ生活をさせることを決意する。郊外にやってきたリー・レイは、ジョー・モンローという新しい名とIDをもらい、安アパートに住み、第2の人生を歩むことになった。もちろん、24時間の監視下に置かれ、6時間ごとに“アナグレス”を投与されることは変わっていない。

実験を通してリー・レイを信用するようになっていったコープランド博士の目の前には、かつて人々から“怪物”と恐れられたリー・レイの姿はもうなかった。

だが“アナグレス”によってコントロールされていたはずのリー・レイの行動は、徐々に研究所の予測とは異なっていき、次第に事態が悪い方向へと進んでいく……

*  *  *  *  *  *  *

レイ・リオッタとウィレム・デフォーの共演だ。
どちらも、マーティン・スコセッシ監督の作品で重要な役どころをこなしているが、初共演だという。
この二人、年齢も同じで、どちらも「名バイプレーヤー」として同じような位置付けでアメリカ映画界に存在していると言える。同じようなキャラクターのため、バッティングするということがなかったのだろうか(と言っても、デフォーが善人から悪役まで幅広く役をこなすのに対して、リオッタはいつも小悪党ばかりだ)。
どちらも好きな役者なので、二人の共演というだけでも、僕としては垂涎もの。

さて、肝心の映画の内容だが、サスペンス仕立てになっているものの、それほどハラハラさせられるわけではない。
それよりも、「人は性格を直すことが出来るのか」ということが大きなテーマとなっている。ところが、その点についてもあまり突っ込んでいるわけではない。映画の抱えているテーマとサスペンス的手法の間を、どこか中途半端に行ったり来たりしている感は否めない。まぁ、見終わった後、考えさせられるというか余韻の残る作りになっているのは、評価できるところ。

それ以上に、好みの二人が対峙しているシーンを観るだけで、僕としては、やはり映画館で観るべきだったと後悔させる作品だった。

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【作品名】コントロール(Control/'04/アメリカ/90分)
【監督】ティム・ハンター
【出演】レイ・リオッタ(『グッドフェローズ』'90/『NARC/ナーク』'02)
    ウィレム・デフォー(『今そこにある危機』'94/『僕の神さま』'01)
    ミシェル・ロドリゲス
    スティーヴン・レイ
    キャスリーン・ロバートソン
【公式サイト】http://www.con-trol.jp/
【個人的評価】★★★★★★☆☆☆☆(10点満点)

※人名横のカッコ内は、その人の関連作品の中でできるだけ最近のオススメ作品。

2005年6月18日 (土)

遠い昔、遥か彼方の銀河系で(映画「スター・ウォーズ エピソード3」)

いよいよ、『スター・ウォーズ』の季節がやってきた。
僕が小学5年生の時にスター・ウォーズ・サーガに出合ってからおよそ27年、平均すれば約5年に一度の季節の到来だ。

5年に1度といえば、サッカーのW杯やオリンピックやアメリカ大統領選挙よりもスパンが長い。この『EPISODE III』(以降、EPISODEはepi-と略す)は、前作『epi-II』から3年とはいえ、実際には『epi-VI』が「ジェダイの復讐」というサブタイトルで公開された1983年から待たされたわけだから、22年間待たされたまさに「待望」の作品である。

小学校に入る前から、映画好きだった母親に連れられて映画館通いをしていた僕と兄貴。小学生の時から映画雑誌を愛読していた兄貴は、中学生になり立派な映画オタクになっていた。その兄貴が雑誌から得た情報のおこぼれを頂戴し、兄貴と二人で公開前から楽しみにしていた『epi-IV』。思えば僕はいつも、まだ見ぬスター・ウォーズを楽しみに待ち続けていた。
当時の最新システムの巨大スクリーンとドルビサラウンドの環境を揃えた新宿プラザで、いきなり訳も分からない字幕を読まされたと思ったら突然、スクリーンに映された宇宙空間から宇宙船スター・デストロイヤーが現れた。今の人には信じられないほど、当時は宇宙というものが遠い存在だったのに、まるで本当に宇宙に行って撮影してきたのではないかと思えるほどの迫力。この衝撃は今も忘れられない。この時から、僕はもうスター・ウォーズ・サーガに巻き込まれ続けている。否、スター・ウォーズだけでなく、その後今まで続く僕と映画との関わりにとって、なくてはならない出合いだったのだ。

そのスター・ウォーズ・サーガの最新作『epi-III』が、いよいよ日本のスクリーンに登場することになった。

昨日の夜から落ち着かない。朝は意味もなく5時に起きてしまった。しかし、一緒に行く予定だった知人が急遽来られなくなったおかげで、少し冷静になれた。会場に入って愛すべきキャラクターたちがそこら中で写メールの撮影に付き合っているのをみても、興奮しすぎることがなく落ち着いている。
それでも、いざ開始を知らせる劇場のブザーが鳴り、開場全体の興奮が伝わってくると、もう我慢できなくなった。

お馴染みのファンファーレととともに、20世紀FOXのロゴ、ルーカス・フィルムのロゴが現れた。拍手と歓声がわき起こり、二十数年に渡る待望の最終話が始まった……

*  *  *  *  *  *  *

ハッキリ言って、全体的に雑すぎる。
『epi-IV』から続くいくつもの謎を解決しなくてはいけないために、ストーリーは散漫している。
そのわりに説明不足で、もっとも重要な、アナキンがダークサイドへと堕ちる瞬間なんて、驚くほどあっけない。
また、ありとあらゆるディテールが甘すぎて、今どきのSFとしてはあり得ないことだらけ。
たしかに映像や音響は迫力ある(会場の国際フォーラムは、現在の日本ではかなり最新システムだ)が、78年当時のように、作品全体の質を補って余りあるほどのものではない。
一連の全作品と比較して、完成度はけっして高いとは言えない。

しかぁぁぁぁしぃ、そんなことはどうでもいい!

とにかくスター・ウォーズなのだ。
仮にルーカスが『epi-VII』を作る気になっても、あと何年も先になることを考えれば、暫くは触れることの出来ない最新スター・ウォーズ・サーガが目の前にあるだけで、もうどうでもいいのだ。
もしルーカスに文句を言うなら、「ルーク、レイア、R2、3PO、チューバッカ、ボバなどの『旧3部作』キャラクターたちを出すなら、俺の愛するハン・ソロも出しやがれ〜!」ってことくらいだ(ちなみに、ミレニアム・ファルコン号らしき船はちらりと映る)。

とにかく、僕を30年ちかく楽しませ続けてくれ、僕に映画の素晴らしさを気が付かせてくれ、僕の人生に大きな影響を与えてくれた「スター・ウォーズ」。その言葉を聞くだけでパブロフの犬のように興奮している僕なのだ。

*  *  *  *  *  *  *

もともと全9話を、中3作(旧三部作)→前3作(新三部作)→後1作(3話分を1作で制作予定)の順番で公開されることになっていたスター・ウォーズ・サーガだが、近年のルーカスのインタビューでは、後1作は作らないことにしたようだ。年齢的なものなのか、体力的なものなのか、モチベーションの問題か、はたまた単なる宣伝文句か、その真意は僕には分からない。とにかく一応、これで一区切りとなってしまったことに寂しさは感じる。

しかし、僕にとってスター・ウォーズ・サーガは永遠に続くもの。
僕が夜空を見上げるときはいつでも、R2と3POが宇宙のどこかでくだらない口喧嘩をしているに違いない。


遠い昔        
遥か彼方の銀河系で……

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【作品名】スター・ウォーズ
      エピソード3/シスの復讐
      (STAR WARS:
       EPISODE 3 Revenge of the Sith/
       '05/アメリカ/141分)
【公式サイト】http://www.starwarsjapan.com/
【監督・脚本・製作総指揮】ジョージ・ルーカス
【制作】リック・マッカラム
   (最近のルーカスの右腕的存在。試写で挨拶してた)
【撮影監督】デイビッド・タッタソール
   (新三部作はすべてこの人が撮影監督)
【サウンド・デザイン】ベン・バート
   (R2の声も、ライトセーバーの音も、この人が作った)
【衣装デザイン】トリシャ・ビガー
   (『epi-I』のパドメの衣装は圧巻の一言!)
【音楽】ジョン・ウィリアムズ
   (この人の曲を一つも知らない人なんて少ないだろう)
【アニメーション監督】ロブ・コールマン
   (CGヨーダはこの人の力作!)
【視覚効果スーパーバイザー】ジョン・ノール
   (僕が毎日使うAdobe Photoshopを設計した人)
【出演】オビ=ワン:ユアン・マクレガー
    (演技力は微妙だが、ギネスの癖はバッチリ)
    パドメ:ナタリー・ポートマン
    (『レオン』の時から大好きさ)
    アナキン:ヘイデン・クリステンセン
    (いずれ「懐かしのあの人」になってしまうのか)
    ドゥークー伯爵:クリストファー・リー
    (言わずとしれた名優)
    ウインドゥ:サミュエル・L・ジャクソン
    (最後までよく分からないキャラだった)
    ヨーダ:フランク・オズ
    (最近では「ステップフォード・ワイフ」を監督)
    シディアス卿:イアン・マクダーミド
    (お馴染みの憎き皇帝。もちろんパルパティーンも)
    C-3PO:アンソニー・ダニエルズ
    (27年前からずっと3PO。「そ、そんな〜」)
    R2-D2:ケニーベイカー
    (この人も27年前からR2。もっとも愛されたキャラ)
    チューバッカ:ピーター・メイヒュー
    (新三部作初登場も、やはりこの人も27年前から)

【個人的評価】★★★★★★★★★☆
【全6作の相対評価の順位】
  1位 EPISODE IV『新たなる希望』
  2位 EPISODE V『帝国の逆襲』
  3位 EPISODE II『クローンの攻撃』
  4位 EPISODE III『シスの復讐』
  5位 EPISODE VI『ジェダイの帰還』
  6位 EPISODE I『ファントム・メナス』

追記:
これを書いたあとに、翻訳家・岡枝慎二氏が先月なくなったことを知った。旧三部作の劇場公開当時の翻訳を担当されていた。1978年に初めて『スター・ウォーズ』が公開されたとき、「Fose フォース」を「理力」と訳し、英語に馴染みのない日本人に理解させた人物だ。ご冥福をお祈りします。


2005年6月16日 (木)

女から観た男の視点(映画「female【フィーメイル】」を観て)

2002年の『Jam Films』からスタートして『Jam Films2』『Jam Films S』と発展した『Jam Films』シリーズ。毎回、一つのコンセプトを基に作られた複数のショートフィルムのコンピレーション・ムービーである。

今回は、人気女性作家5人が“女性”をテーマに書き下ろした作品を、注目の監督たちが5つの映画作品として仕上げたものだ。

以前このブログで少し触れたが、残念ながら試写会で観られなかった作品で、劇場で観るのを楽しみにしていた。

*  *  *  *  *  *  *

長谷川京子、石井笛子、高岡早紀、大塚寧々、石田えり、登場する女優陣は、どれもエロティックな女性を演じている。
映画を観た直後に感じたのは、そのエロティシズムが男性の一方的な欲望から生まれたものではないかということだった。女性が書いた原作なのにも関わらず、それを男性が監督する(「女神のかかと」を除く)ことで、男の視線でみた女像になってしまった。そのせいで、せっかく女優たちの演技がエロティックなのに、全体に渡ってどこか物足りなさを感じさせる。見終わると、なんとも微妙なエロい気持ちだけが残るのだ。

しかし、時間が経ってよくよく考えてみると、「男から観た女像」というのは大きな間違いだった。

書き下ろしという原作を読んだわけではないので断言は出来ないが、たぶんこれは「女から観た、男が好みそうなエロティシズムを持つ女像」なのだ。だから、女性が観ても男性が観ても、本当のエロティズムは感じさせられないだろう。

原作者たちのすべてを詳しく知るわけではないが、僕が知っている限り彼女たちは、僕にとって女としての魅力を感じさせてくれない作家たちだ。それは、作品を読んでもエッセイなどを読んでも感じること。僕とは、趣味趣向も、生き方や人生観も、どこか噛み合わない人たちなんだと思う。
それが、全編に渡る物足りなさに繋がるのだろう。

とはいえ、それをさらに男性監督が演出しているところにこの映画の面白さがある。
だからこそ、何とも微妙に後味の残るエロさなのだ。
この気持ちは、たぶん観てもらわないと共有できない気がする。

*  *  *  *  *  *  *

個別の作品について一つだけ。

僕はこれまで、俳優・松尾スズキは好きだったが、脚本家or監督・松尾スズキは今一好きになれなかった。脚本にしても演出にしても、楽しさのツボが違っているのだと思っていた。ところが、「夜の舌先」の脚本家&監督・松尾スズキは、最初から最後まで僕を爆笑させてくれた。僕にとっては、今回このことが一番の収穫。
久しぶりに見せてくれた高岡早紀のナイスバディと、松尾スズキの爆笑演出は、一見の価値ありだ。

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作品名:female【フィーメイル】('05/日本/118分)
 ■桃
  原作:姫野カオルコ
  監督:篠原哲雄  出演:長谷川京子/野村恵里
 ■太陽のみえる場所まで
  原作:室井佑月
  監督:廣木隆一
  出演:大塚ちひろ/石井苗子/片桐はいり
 ■夜の舌先
  原作:唯川 恵
  監督・脚本:松尾スズキ  出演:高岡早紀/近藤公園
 ■女神のかかと
  原作:乃南アサ
  監督・脚本:西川美和  出演:大塚寧々/森田直幸
 ■玉虫
  原作:小池真理子
  監督・脚本:塚本晋也
  出演:石田えり/加瀬亮/小林薫

公式サイト:http://www.female-movie.com/
個人的評価:★★★★★★☆☆☆☆(10点満点)

2005年6月 9日 (木)

オリビア・ハッセーの枯れっぷり(映画「マザー・テレサ」を観て)

僕が物心ついた頃、オリビア・ハッセーはすでに美人女優の代名詞になっていた。
『ロミオとジュリエット』('68/イタリア/フランコ・ゼフィレッリ監督)でロミオ役に大抜擢されて注目を浴びた彼女は、その後、角川映画『復活の日』('80/深作欣二監督)に出演したり、「君は薔薇より美しい」と叫ぶ布施明と結婚(その後離婚)するなど、しだいに「外国の大物女優」という僕の認識を覆していきながら、僕の記憶の中からフェード・アウトしていった。
そんなオリビア・ハッセーの久しぶりの話題作が「マザー・テレサ」である。

*  *  *  *  *  *  *

あのマザー・テレサの、貧しい人たちのために捧げた生涯を綴った作品だ。
僕の年代ならば、誰もがその存在を知っているマザー・テレサ。先日亡くなったローマ教皇・ヨハネ=パウロ2世と同じように、「キリスト教の偉い人で立派な人」であるマザー・テレサ。亡くなって8年が経った今では、キューリー夫人のように伝記的人物として記憶に残るマザー・テレサ。そんな彼女について、彼女の年表を切り取って映像に仕立てたような作品である。
ちなみにこの作品、イタリアではテレビ作品として撮られたようだ。その分、“映画スケール”が感じられないのは残念な部分である。
しかし、キリスト教の関係者や、マザー・テレサを信奉する人たち、彼女に興味のある人などにとっては、年表で彼女の軌跡をたどるよりも十分に楽しむことができると思う。

キリスト教徒でもない僕が何よりも楽しんだのは、久しぶりにスクリーンに登場したオリビア・ハッセーだ。

彼女の演技は20年以上前と何ら変わらないものだという印象だったが、その美しさは、当時よりも遥かに「きれい」と感じさせてくれるものだった。
かつてアルゼンチン生まれでラテン系独特の美しさを放っていた彼女は、今年54歳となり、そのラテン系美女の特徴である「トゲ」を落とし、清楚であるがしかしけっして力強さを失わない美しさを画面一杯に魅せてくれたのである。
もしキリスト教徒でもないのにマザー・テレサに興味を持ってこの作品を観るならば、ぜひ彼女の「枯れっぷり」を堪能してもらいたい。

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【作品名】マザー・テレサ
    ('03/Madre Teresa/イタリア)
【監督】ファブリッツィオ・コスタ
【脚本】 フランチェスコ・スカルダマーリャ
    マッシモ・チェロフォリーニ
【出演】オリビア・ハッセー
    セバスティアーノ・ソマ
    ラウラ・モランテ
【公式サイト】http://www.motherteresa.jp/
【公開】今夏 日比谷シャンテシネほかにてロードショー

2005年6月 4日 (土)

“ディープ・スロート”の真相解明(アラン・J・パクラの映画作品)

1972年、時のアメリカ大統領ニクソンが、自分の落選を怖れて相手候補の事務所に侵入し盗聴しようとしたことにより、アメリカ史上唯一の大統領辞任という事態にまで及んだ「ウォーターゲート事件」が世界中を騒がせた。

このアメリカ最大の政治スキャンダルを世間に披露したのは、ワシントン・ポスト紙の駆け出し記者だったボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインという2人組。彼らは“ディープ・スロート”という匿名の人物から情報を得て、スクープを連発したのだ。この事件の追及により、「ジャーナリズムが権力の不正をただす力を持ち得る」ことを実践した2人は伝説的な人物となった。
一方、事件後30年経った今まで、「死ぬまで話さない約束」として2人は頑なに“ディープ・スロート”の正体を明らかにしなかった。そしてその正体は、様々な憶測が流れる中、ケネディ暗殺の真相と同じようにアメリカ政治史の謎とされてきた。

ところが、先週突然、その“ディープ・スロート”の正体が明らかになったのだ。事件当時の現役のFBI副長官W・マーク・フェルトが「自分は“ディープ・スロート”である」と家族に語り、ウッドワードとバーンスタインもそれを認めたのだ。今週のアメリカのマスコミでは、最大の話題だったようである。

*  *  *  *  *  *  *

さて、そのウォーターゲート事件で“ディープ・スロート”が暗躍することを描いた作品が、『大統領の陰謀』('76)である。この映画によって、事件を追及したジャーナリストたちの活躍ぶりを知った人も多いだろう。

この作品の監督アラン・J・パクラは、社会派サスペンスを描かせたら一級品の監督だ。

『コール・ガール』('71)のジェーン・フォンダや『ソフィーの選択』('82)のメリル・ストリーブが、パクラ監督作品に出てオスカーを獲得したように、女優を上手く活かす監督でもある(『くちづけ』('70)のライザ・ミネリもノミネートだけとはいえ素晴らしい)。
しかし、やはりサスペンスをよく知る監督であり、過度な演出ではなくストーリーや場面展開だけでハラハラドキドキさせてくれる。『推定無罪』('91)は、法廷サスペンスが大好きな僕が、ベスト法廷サスペンスの1本として挙げる作品だ。またジョン・グリシャム原作の『ペリカン文書』('93)は、“ディープ・スロート”のネタをオチとして使っていて、往年のパクラファンを喜ばせてくれる。

*  *  *  *  *  *  *

ハデな監督ではないので、最近の若い人にはあまりウケがよくないようだが、展開だけで成立させることこそ本来のサスペンスの醍醐味と言えるだろう。また、時代時代のアメリカ社会の側面を上手に描いている作品が多い。
DVDやビデオ、テレビ放映などでバクラ作品を見かけたら、ぜひ一度、パクラ作品を堪能してほしい。

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【監督名】アラン・J・パクラ
【同監督オススメ作品】

※作品名をクリックするとキネ旬のデータベースにジャンプします
『くちづけ』('70/ライザ・ミネリ)
『大統領の陰謀』('76/D・ホフマン、R・レッドフォード)
『ソフィーの選択』('82/M・ストリープ主演)
『推定無罪』('91/H・フォード主演)
『ペリカン文書』('93/J・ロバーツ、D・ワシントン主演)

2005年6月 3日 (金)

泣いてくれるな、おっかさん(映画「マラソン」を観て)

※ストーリーについて部分的に詳しく触れているので※
※       未見の方は要注意!       ※

自閉症(もしくはそれらしい障害)をテーマに取りあげた映画は、これまでも撮られてきた。『レインマン』('88)、『フォレスト・ガンプ/一期一会』('94)、『I am Sam アイ・アム・サム』('01)が、よく知られているところだろう。
日本でも昨年、篠原涼子が母親役を演じて好評を博した『光とともに…』というテレビドラマで、自閉症について、家族や学校の一所懸命な取り組みを見事に描いている。

自閉症の人は基本的に自立して生きることが困難であるために、自閉症を取り扱った作品では、その家族の視点、家族の苦悩などを中心に話が展開していく。前述の映画作品でも、『フォレスト・ガンプ/一期一会』のように超人的ファンタジーは別として、他の2作品はそれぞれ、弟、娘が、主人公以上に大事な役どころとなっている。

韓国で500万人を動員したという『マラソン』は、自閉症の若者とその母親を中心にストーリーが展開され、彼がフルマラソンを完走するまでの物語。

2002年、19歳でチュンチョン国際マラソン大会に出場し、自閉症という障害があるにも関わらず健常者でも困難といわれるフルマラソンを2時間57分で完走した青年の実話をモデルにして作られた作品である。

*  *  *  *  *  *  *

僕の両隣の女性が、中盤から泣きっぱなし(会場もすすり泣く声や鼻水をすする音が響いていた)。よくもこんなに長く泣き続けられるものだと感心してしまったが、たしかに泣き所はある。

ある時、主人公の母親キョンスク(キム・ミスク)が、胃に穴が空き激痛に倒れ入院する。その病院のベッドで、何年も前から関係が悪化している夫に対して、自分の弱さを隠さずに独白する。
「自分の思いを勝手に押しつけてマラソンをさせてしまった」
「あの子は私に捨てられるのが怖くて『つらい』と反抗することができない」

このシーン、二人の子どもを持つ親として、思わず目頭が熱くなってしまった。
我が子に対して自分の思いを押しつけすぎたのではないか、というのは、自閉症の子供を持った親だけでなく、子育てを経験したことのある親ならば誰もが一度は思い悩むことである。キム・ミスクの演技は、そんな世の母親たちの涙腺を思い切り刺激するだろう。

監督と脚本のチョン・ユンチョルは、本作が長編監督デビュー作だ。映画としてはかなり粗い部分もあるが、所々に散りばめられた明るい描写と感動が、そんなことはかき消してくれる。

この映画を見ようと思っているお母さん方、涙と鼻水で顔がクシャクシャになることを覚悟して行ってください。

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【作品名】マラソン(marathon/'05/韓国/117分)
【監督・脚本】チョン・ユンチョル
【出演】チョ・スンウ
    キム・ミスク
    イ・ギヨン
【公式サイト】http://www.marathon-movie.com/
【公開】2005年7月2日、丸の内ルーブルほか全国松竹・東急系にてロードショー

2005年6月 2日 (木)

久しぶりにはじけてくれたキム・ベイシンガー(映画「トラブルINベガス」を観て)

『ナインハーフ』('85)でミッキー・ロークの相手役として見事なベッドシーンを演じたキム・ベイシンガー。

当時のミッキー・ロークは、今の若い人には信じられないだろうが、現代で言えばレオ様とベッカム様とペ様を足して割ったような人気ぶり。そのミッキー様とキム・ベイシンガーは、氷を使った官能的なベッドシーンで当時の日本の若者に刺激を与え、多くのバカップルが氷でホテルのベッドを濡らしたという伝説を残した。
その後、『花嫁はエイリアン』('88)、『バットマン』('89)と次々にハリウッド的作品に登場したが、『愛という名の疑惑』('92)の出演あたりから徐々に演技派女優として成長を見せ、『L. A.コンフィデンシャル』('97)で見事に“カッコいい女優”に変貌を遂げる。その後も『8 Mile』('02)などで“いい感じ”を見せてくれていた。

そのキム・ベイシンガーが久しぶりにラブ・コメディに挑戦した。

*  *  *  *  *  *  *

彼女の演じる主人公ハーモニー・ジョーンズは、マルチ商法まがいなピンクレディ化粧品のセールス・レディ。販売成績は抜群で、全米各地の販売員や顧客たちの集会に出向き講演して廻っている。そんなハーモニーが、エルヴィスのそっくりさんが次々と死んでいく不思議な事件に巻き込まれながら、事件の途中で出合ったマイルスと恋に落ちるドタバタコメディだ。細かいストーリーについての予備知識なんて必要はない。そんなものなくても純粋にコメディを楽しむことはできるだろう。

やはりここで触れておきたいのは、『L. A.コンフィデンシャル』では知的で神秘的な娼婦役を演じオスカー(助演女優賞)を獲得したキム・ベイシンガーのはじけっぷりだ。オスカー女優としての余計なプライドなんて微塵も感じさせず、かつて『花嫁はエイリアン』で見せてくれたコメディの素質を再び見せてくれている。
キム・ベイシンガーといえば“カッコいい女優”というイメージを持っている人には、そんな彼女の弾けた演技も楽しんでもらいたい。

この映画のもう一つのお楽しみが有名俳優のカメオ出演。トム・ハンクスをはじめ、この作品の監督のズウィック、『カラテ・キッド』('84)のパット・モリタなど、見たことのある顔が様々なシーンで発見できる。カメオではないが、懐かしい顔として、かつて『殺しのドレス』などで活躍した女優・アンジー・ディキンソンも出演している。そんなことを楽しみにするのもいいかも知れない。

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【作品名】トラブルINベガス
   ('04/ELVIS HAS LEFT THE BUILDING/アメリカ)
【監督】ジョエル・ズウィック
【脚本】アダム=マイケル・ガーバー
    ミッチェル・ガーネン
【出演】
 キム・ベイシンガー
 ジョン・コーベット
 アニー・ポッツ
 ショーン・アスティン
 デニース・リチャーズ
 アンジー・ディキンソン
【カメオ】トム・ハンクス/パット・モリタ
【公式サイト】http://www.troubleinvegas.com/
【公開】2005年6月11日より、シブヤ・シネマ・ソサエティほかにてロードショー

2005年6月 1日 (水)

芸人なら正面から笑わせろ!

 “お笑いブーム”らしい。ところが、僕にはあまりブームと感じられない。何も「今時の“お笑い”はつまらん!」とオヤジ臭いことを言いたいわけではない。だが、せっかくブームが来ているならば、“大人も子どもも一緒になって楽しめるお笑い”が、もっと身近にあってもいいのではないか?と思ってしまうのだ。

 昨年、NHKの大河ドラマ「新選組!」の脚本を担当した三谷幸喜は、そんな“大人も子どもも楽しめるお笑い”を本気でめざしている。

 「僕の作品で感動してもらおうなんて思っていない。老若男女、すべての人が、最初から最後までずっと笑い続けてほしい。見終わった後、内容なんて憶えてなくてもいい。腹の底から笑ったってことだけ憶えていてほしい」
 真顔でこう言う彼は、80〜90年代の小劇場ブームによって世に出てきたのだが、“正統なお笑い出身”でないことにコンプレックスを感じているようだ。そんなコンプレックスのせいか、“正統なお笑い出身”であるビートたけし=北野武が、いつの間にか“お笑いの正面”に立たなくなったのと反比例するように、三谷幸喜はそこに立ち続ける。“昭和のお笑い”をぶち壊し、現代のバラエティ番組のベースを作った一人である北野武と、そのバラエティ番組全盛時代に抵抗するかのように“シチュエーション・コメディ”に拘る三谷幸喜。二人が意識し合っていると聞いたことはないが、彼らは、映画作家としてもライバル関係にあるなど、不思議な因縁を持っている。ただし、こと“お笑い”に限っていえば、現時点では三谷幸喜に軍配を上げる。

 いまブームの中心となっている“若手お笑い芸人”の中から、下ネタと勢いだけで笑わそうとせずに、“お笑いの正面”に立ち続けようと性根を入れた芸人が出てきたとき、きっと僕にも“お笑いの新たなるムーブメント”が感じられるだろう。

(ある会報誌に書いた記事より転載)

2005年5月30日 (月)

映画コピーは当てになる?(映画「ミリオンダラー・ベイビー」を観て)

ハズレの少ないクリント・イーストウッド作品、アカデミー賞主要4部門受賞、ゴールデングローブ賞2部門受賞、その他、日米の小うるさい評論家たちが大絶賛……
あまり過度に期待して映画を観ることもなくなったけど、それでも若干期待してしまう。

はたして、噂に違わぬ傑作なのか……?

*  *  *  *  *  *  *

個人的な事だが、最近の僕は映画を観て重く深く考えるテンションじゃないので、こういう終わり方はもう一つ。
それと、とりあえず映画としてこういう問題提起の仕方が上手い手法とは思えない。
「ミスティック・リバー」で、運命に翻弄されながらそれでも生き続けていく人生と、川の流れのようなパレードをシンクロさせ、見事なラストシーンを描いたイーストウッド監督。基本的に、あんまりまどろっこしい物言いをしない映像作家だが、それにしても本作はストレートすぎて深みがない。否、テーマそのものは深いんだけど、ああいう表現では一面的に捉えすぎで、投げかけられた観客はイーストウッド扮する主人公フランキーが「正しいか、正しくないか」という単純比較しかすることができない。

23年間毎日ミサに通う主人公が結局救われないことや、ラストシーンの余韻を与えないような描写は、共和党支持でありながらブッシュ政策を批判するためにあえてこういう作品を撮った、とも考えられたりするのだろう。ま、実際にどんなつもりで撮ったかは知らないが、いずれにしても「ミスティック・リバー」に比べて作品の完成度は低いという評価に変わりはない。

ヒラリー・スワンク演じるマギーがボクシング世界王者への階段を上る前半は、なかなかテンポもよく面白く観られる。「ボクシング映画ではない」という触れ込みは、かえって皮肉にすら感じる。スワンクの演技も、これまでのどの作品よりも素晴らしいと評価できるものだった。だからこそ、もったいないというのが率直なところ。
こうして考えると、尊厳死に話を持って行かなくとも、「これはシンプルなラブストーリー、父と娘のラブストーリーだ」(イーストウッド)の通り素直な展開で終わらせた方がよかったと感じる。もちろん、モーガン・フリーマンの渋い狂言廻しを活かすためにも、ラストがアン・ハッピーエンドであることは変えずにね。

けっして悪い映画ではないので、あくまでも「今の僕」のテンションが今イチと思わせているだけなのかも知れない。いつの日か、もう一度観てみようと思う。

*  *  *  *  *  *  *

日刊スポーツの千歳香奈子氏のコラムによると、今年オスカーの作品賞のノミネートされた作品は、どれも興行成績が伸び悩んでいるとか。もともと一般的にはハリウッド的大作映画が好まれる傾向にあるので、今年のオスカーで注目されていた本作や「アビエーター」のような作品は敬遠されるのかも知れないが……。

そろそろ、日本の映画広告も「アカデミー賞最有力」「全米NO.1ヒット」「ニューヨークタイムズで大絶賛」など、他力本願的なキャッチコピーを掲げて期待させるのは止めればいいのにと思う今日この頃である。

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【作品名】
 ミリオンダラー・ベイビー
  (MILLION DOLLAR BABY/'04/アメリカ/133分)
【監督・製作・音楽】
 クリント・イーストウッド
  (『パーフェクト・ワールド』'93/
   『ミスティック・リバー』'03)
【脚本】ポール・ハギス
【出演】
 クリント・イーストウッド
  (『ザ・シークレット・サービス 』/'93『目撃』'97)
 ヒラリー・スワンク(『インソムニア』'02)
 モーガン・フリーマン
  (『セブン』'95/『ブルース・オールマイティ』'03)
【公式サイト】http://www.md-baby.jp/
【個人的評価】★★★★★★☆☆☆☆(10点満点)

※人名横のカッコ内は、その人の関連作品の中でできるだけ最近のオススメ作品。


2005年5月29日 (日)

若き日との切ない別れ(映画「バタフライ・エフェクト」を観て)

人はよく、「あの時こうしていれば自分の人生は変わっていただろうか?」などと、無意味な仮説で自分勝手な「現在」を妄想しようとする。
かく言う僕も、人の10倍はあろう想像力を駆使して自分勝手な過去を作り上げてオリジナルな世界に入り込む妄想癖があった。過去形なのは、最近は過去に遡って自分勝手な現在を描き出すような妄想はしなくなったということだ(妄想癖は直っていない)。

映画「バタフライ・エフェクト」は、そのタイトル通り「はじめの条件のわずかな違いが、将来の結果に大きな差を生み出す」というカオス理論のタイム・パラドックスが展開する作品である。

「もしも過去が少しだけ変えられるとしたら、あなたは誰のために何をしますか?」
——これは、この作品のキャッチ・コピーだ。

*  *  *  *  *  *  *

僕には、自分より大切な人たちがいる。

僕が、かつて過去に遡る妄想に明け暮れているとき、どれほシュミレーションを重ねても、彼や彼女たちと自分がみんな幸せになることはなかった。それぞれ人格が異なり別々に暮らしている人たちを、それぞれが持っているであろう価値観に合わせて、なおかつ自分に都合のいい現在を作り上げるなんていうことは、かなりディテールを深く突っ込んで作り込む僕の妄想の世界では不可能に近い。

そう。主人公エヴァンの作り上げる世界と同じだ。

何よりも、僕の大切な人たちが今それぞれ幸せに生きているのに、妄想の中とはいえ僕が勝手にそれを変えてしまうことにためらうようになった。仮に不幸せだとしても、彼女たちが幸せになるのは彼女たちの意思で変えるしかないのだ。僕ができるのは、そのためのちょっとした手伝いだけである。

「人類の幸福感の質量は一定であり、誰かが幸せな分、誰かが不幸せになる」という説がある。僕は自分のこれまでの人生が幸せだったとは思わないが、僕の周りの人たちはどうやら幸せであるらしい。だとしたら、僕が幸せを感じることができない分、僕の大切な人たちにはもっともっと幸せを感じてほしい。

だから今の僕は、「もしも過去が少しだけ変えられるとしたら、あなたは誰のために何をしますか?」と聞かれれば、「僕は僕の大切な人たちのために、過去を変えることなんてしない」と答えるのだ。そう答えるようになったのは、「大人になった」ということなのかも知れない。

ラストシーン、エヴァンは青春の淡き恋心に別れを告げる。それは、彼が大人へと成長したことなのである。

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【作品名】バタフライ・エフェクト
   (The Butterfly Effect/'04/アメリカ/113分)
【監督・脚本】エリック・ブレス
       J・マッキ—・グラバー
【音楽】ジョン・ブライオン
【出演】アシュトン・カッチャー(主演兼製作総指揮)
    エイミー・スマート
    ウィリアム・リー・スコット('03『アイデンティティー』)
    エルデン・ヘンソン
【公式サイト】http://www.butterflyeffect.jp/
【ストーリー】ストーリーを知りたい人は→こちらから←
【個人的評価】★★★★★★☆☆☆☆(10点満点)


追記:
これ、ラストシーンは精神病院で入院しているエヴァンの妄想とも考えることができるけど、それって、「ドラえもんが植物状態ののび太の夢」ってくらいシュールな解釈だよなぁ……。

追記2:
これを書いたあとにネットで調べていたら、パンフレットに書かれているディレクターズ・カットの“もう一つのラストシーン”の内容をおおよそ知ることができた。映像を見ていないので分からないが、いま知る限りだとディレクターズ・カット版のラストシーンでは、単純にパラドックスがテーマとなってしまうようなので評価が下がる気がする。知りたい人は→http://mahito7.hp.infoseek.co.jp/butterflyeffect.htm
それと、自分のブログで「絶賛」している若い人たちが多いことに驚いたが、僕よりも精神的に大人な人にはそれほどお薦めするものでもないことも記しておく。

映画「バタフライ・エフェクト」あらすじ

感想文を書くときに、何とはなしにストーリーを書いていたらそれなりにまとまっちゃったので、これはこれで掲載しておこうと思う。

※未見でストーリーを知りたくない人は
読み飛ばしてください!

新たなるハリウッドの大物候補生として、アメリカ映画界でその名を売りだし中のアシュトン・カッチャーが、自らプロデューサーとしてこの映画の製作に関わり、かつ主人公エヴァンとして主演する本作。彼の将来の「代表作」の一本となるか、注目の作品である。

*  *  *  *  *  *  *

主人公エヴァン(アシュトン・カッチャー)は、7歳という幼い年齢でありながら、時折、ブラック・アウト(部分的な記憶喪失)になってしまう少年だった。将来の夢を絵に描く授業のとき、母親と出かける前の台所に一人でいるとき、、彼の幼なじみであるケイリー(エイミー・スマート)が虐待を受けていることを知ったとき、犯罪者用の精神病棟にいる父親と初めて面会したとき、いつも彼はブラック・アウトしてしまい、自分に何が起こったのかハッキリと憶えていることができないのだ。
父親も同じ症状だったことから、母親は彼を精神科の医師に診断させる。父親のことも知っている精神科の医師は、記憶力向上のために、彼にいつでも日記をつけさせることとした。

*  *  *  *  *  *  *

時が過ぎ13歳になったエヴァンは、まだブラック・アウトの症状が治らない。
彼は、虐待を受け続けているケイリーと、彼女の兄トミー、そして太ったレニーという遊び仲間に囲まれて、窮屈な片田舎の暮らしの中で退屈していた。そのストレスは、まるでステレオタイプのアメリカの不良少年のように、小さな悪戯から徐々に大きな犯罪へと繋がっていく。
とくに、妹ともに虐待を受けていたトミーは、サディスティックな性格となりエヴァンやレニーが着いていけないような性格になり、平気で犯罪を繰り返すようになっていた。

そんな中、彼らの起こした大きな事故(その事件の詳細もエヴァンはブラック・アウトしてしまい記憶が曖昧だ)から端を発し、エヴァンは引っ越すことになってしまう。淡い恋心を感じているケリーを置いて……。
エヴァンを乗せたクルマが走り去る時、走って追ってくるケイリーに、エヴァンは「I'LL COME BACK FOR YOU(君を迎えに来る)」と日記帳に書き、ケリーに向けて窓ガラスに押し付けた。

*  *  *  *  *  *  *

その後、そんな大切な約束も時とともに忘れるほど、エヴァンは順調に成長する。
彼が20歳になったとき、彼は心理学を専攻し「記憶」に関して学ぶ大学生となっていた。あれから7年、未だに日記は付け続けているが、彼はブラック・アウトしない普通の大学生となっていたのだ。

過去は遠のきケイリーの記憶さえ消えかけ、すべては平穏だった。しかし、あるとき彼は、幼い頃に書いた日記を読み返すことによって、過去の自分の記憶を追うことに興味を持ってしまう。しかしそれは、平穏な生活を送る彼が開いてはいけないパラドックスの鍵だったのだ。

日記を見つめている彼は日記を書いた当日の陽光の中にあった。忘れていた、ある出来事が鮮烈に蘇る。そこには幼馴染みの少女ケイリーがいた。エヴァンと彼女が引き裂かれることになった決定的な理由について記憶の一端が見えてきた。
そして“君を迎えに来る”という約束を果たせなかったエヴァンは、7年振りにケイリーに会いに行く。田舎町で暮らし続けていたケイリー。幸せとは言えないながらも必死で生きていた彼女は、エヴァンが自分の過去を取り戻すために彼女の過去までもほじくり返したことで、彼と別れた翌日、自殺してしまうのだった。

彼は、もう一度日記を読み返し、彼の記憶の世界へと遡る。彼は、父親と同じように、過去に遡って自分の記憶を操ることで、その後戻った「現代」が、「以前とは別の現代」になることに気が付いたのだ。
自分の都合のいい世界を創り上げる力を得たエヴァンは、幼い頃に恋していたケリーが幸せになるように、何度も過去へ遡っていく……

2005年5月27日 (金)

“奇才”を体感せよ!(岡本喜八の上映特集について)

先日、「いま上映している作品でお薦めのものがないか?」と聞かれたので、新作映画については改めて書くが、「映画が好きなら絶対にスクリーンで観て欲しい!」と思うリバイバル上映作品を紹介する。

*  *  *  *  *  *  *
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今年の2月、岡本喜八監督が亡くなった。
すでにブログは開設していたのでちょっと書きだしたのだが、とんでもないほどの長文になってしまい、ブログの最初からこんな長文を載せるのもどうかと思ったし、悲しい出来事に直面して泣き言のような文章だったし、投稿するのをやめてしまった。僕にとっては、とにかくショッキングな出来事だった。

岡本喜八——まさに「奇才」という言葉がピッタリの監督である

独立愚連隊(1959)、殺人狂時代(1967)、座頭市と用心棒(1970)、近頃なぜかチャールストン(1981)、ジャズ大名(1986)、EAST MEETS WEST(1995)、助太刀屋助六(2001)……。
好きな映画を挙げたらきりがない。「助太刀屋助六」が最後に劇場で観た作品となってしまった。
新作に取り組んでいるという話もあったが、「助太刀屋助六」の公開後、知り合いから体調がかなり悪いということも聞いていた。その時には「『助太刀屋助六』では“喜八節”をたっぷりと見せてもらえたし、元気になってもっと楽しませてもらいたいな〜」くらいに感じていたが、いざ亡くなると、ショックは大きい。

鋭角で敏感なセンスで、その時代の社会をえぐり取るるような作品を撮ったかと思えば、一転してハイセンスな笑いでニヒルに時代を見つめるような作品で楽しませてくれる。映画界には、洋の東西を問わず、こうした「奇才」が時折現れるが、岡本喜八なき後、日本映画界に続くものが見当たらない。

*  *  *  *  *  *  *

さて、そんな岡本喜八の特集「追悼・岡本喜八監督の軌跡」が、池袋の新文芸坐で上映されている。詳細は、リンク先から確認していただきたいが、僕もいくつか観に行くつもりだ。
もっともお薦めなのは、「日本のいちばん長い日」(1967)と「肉弾」(1968)の29〜30日だ。どちらも、1945年8月15日の終戦日について描いた作品である。一般的には「日本のいちばん長い日」の評価が高いが、「肉弾」は僕の中で“名作”として位置づけている作品。ATGという優れた作品集団のなかでも傑出の一本だ。

とにかく、自分に興味がある1本を探して、ぜひスクリーンの前に足を運んで観てもらいたい。きっと「なるほど奇才という言葉が合う」と感じてもらえることだろう。

「肉弾」に出ている大谷直子はすご〜くかわいかった。トークショーでも行ってみようかな……。

【特集名】追悼・岡本喜八監督の軌跡
【期間】2005年5月21日〜6月10日
【劇場】 東京池袋・新文芸坐
【公式サイト】http://www.shin-bungeiza.com/index.html

2005年5月26日 (木)

何も考えずに笑っておこう(映画「魁!!クロマティ高校」を観て)

週刊少年マガジンで連載中である野中英次原作のマンガ「魁!!クロマティ高校」が映画化された。

最初に言っておくが、原作マンガに強烈な思い入れがある人にはお薦めしない。
「ぜってーあの世界観は実写じゃ無理だよ〜」と思いながらも、ついついわずかな期待にかけてしまうものだが、基本的に、マンガはマンガ、映画は映画である。昨年公開された「デビルマン」を観て気が狂わんばかりに激怒したような人は、夜中にマンガ喫茶に行って1000円で原作を読破する方がいいだろ。

ということで、1時間半を気軽に笑いたい人にお薦めする作品である。

“原作に強烈に思い入れのある人”は笑えなくとも、“普通のクロ高ファン”なら笑いどころは満載である。とはいえ、こういうギャグ映画は、あまり期待しても肩すかしになってしまうだろうから、内容について細かく書くことは控えておこう。

原作を知らないと笑えないかと言えば、そんなこともない。
原作のマンガは、絶妙なパロディと脱力感のある笑いで展開する作品だ。本来パロディーのギャグはその元ネタを知っているからこそ面白いのだが、このマンガに限っては程良い脱力感が効を奏してか、元ネタを知らない人もファンになってしまうという不思議な現象を生みだしている。
そんな原作が元ネタとなっているこの映画は、「クロ高」なんてまったく知らなくとも、きっと、「スペクトルマン」のゴリやラーが出てくれば笑ってしまうだろうし、遠藤憲一と高地東生の「プータン」に思わず吹き出してしまうのだ。

“普通のクロ高ファン”である僕としては、主人公である神山(須賀貴匡)と、最高のキャラであるメカ沢(声・武田真治)が、かなり忠実に実写化されていたのがうれしい。
上映の1時間半、5分と開かずに試写会場に笑い声が溢れていたことも、評価の参考としてもらえればと思う。

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【作品名】魁!!クロマティ高校 THE★MOVIE
    ('05/日本/85分)
【監督】山口雄大  【原作】野中英次
【脚本】増本庄一郎  【構成】板尾創路
【出演】須賀貴匡  虎牙光揮  山本浩司  渡辺裕之
    高山善廣  板尾創路  金子昇  島根さだよし
    ロバート  増本庄一郎  遠藤憲一  高知東生
    津田寛治  坂口拓  武田真治  かないみか
    小林清志  阿藤快  他
【公式サイト】http://www.kurokou.com/

2005年5月25日 (水)

当代随一 見なけりゃ損々
(歌舞伎座「五月大歌舞伎」)

エンターテインメントを楽しむ上で、「いま生きているからこその感動」というものがある。
その時代の最高のエンターテインメントを体感することは、何ものにも代え難い感動を享受させてくれるのだ。映画も含め、エンターテインメントはやはり「ナマモノ」であり、いくらAV設備が発達しようとも、その時代時代の感動までは後世に伝えきれない。だからこそ、エンターテインメントをLIVEで体感し感動することは、その時代に生きている最高の喜びの一つなんだ、と僕は考えている。

勘九郎改め中村勘三郎の襲名披露「五月大歌舞伎」(夜の部)を歌舞伎座で見た。

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第一部 「義経千本桜」川連法眼館の場——
「平成三之助」の三人に、「昭和三之助」の一人である菊五郎が加わった舞台である。歌舞伎興行を取り仕切っている松竹が、つねにスター役者として歌舞伎界の中心に置き続ける役者たちの共演だ。
若い女性に人気の「平成三之助」も、当代の菊五郎(映画女優・寺島しのぶの父親と言った方が通りがいいか?)にかかっては、彼の引き立て役となってしまう感は否めない。しかし、将来、この「平成三之助」たちが歌舞伎界を引っぱっていくことは、松竹が歌舞伎興行を取り仕切っている限り決定されていることである。その「三之助」たちの若き時代の揃い踏みを見ておくというのも、歌舞伎ファンにとっては「当代随一」の楽しみ方である。特に、将来、市川團十郎を継ぐべき海老蔵は、当代の若手役者の中では、役者としてのスケール感が群を抜いている。実はあまり好きな役者ではないのだが、こうした若い役者が育っていくのを楽しみにすることも、歌舞伎の醍醐味なのだ。
個人的には、「菊五郎型 四ノ切」を見られたことも満足の作品となった。

第二部 「鷺娘」——
玉三郎の女形による一人舞踊は、まさに「当代随一」だ。
玉三郎の何が素晴らしいって、その仕草、立ち居振る舞い、すべてにおいて色気がある女形である。日本舞踊において手先の美しさは重要な要素だが、玉三郎は、手ぬぐいをひょいと持つときに立つ小指まで美しい。いや、小道具として何気なくまわす傘の骨や、苦しむ鷺を演じる際の着物の裾まで、色気立っているのである。まさに爪の先まで色気の感じる、当代切っての女方といえる。玉三郎は女形としては身長が大きくなりすぎてしまい、仁左右衛門以外の役者との組み合わせでは美しい娘役をやることも少なくなってしまったのだが、一人舞踊なら思う存分“玉三郎らしさ”を発揮することができる。今日の演目「鷺娘」だけでなく、「藤娘」「娘道成寺」など、玉三郎の一人舞踊を観る機会があれば、ぜひお薦めする。

それにしても、先月も今月も、勘三郎の知名度を最大に使った「歌舞伎役者の見本市」のようなキャスティング。松竹の戦略にまんまと乗せられて高いチケットを何度も買わされるのは癪にさわるが、こうした豪華な顔ぶれを楽しむのも「襲名披露」ならでは。やっぱり楽しい。

第三部 「野田版 研辰の討たれ」——
2001年に歌舞伎座で上演され、歌舞伎界だけでなく演劇界全体で大絶賛された舞台で、勘九郎改め勘三郎の襲名披露として、再演されることになった演目である。1980〜90年代における小劇場ブームの中心的な演出家である野田秀樹による脚本・演出の新作歌舞伎だ。前回は残念ながら見ることができず仕方なくDVDで我慢していたのだが、ようやくLIVEで見ることができた。
新・勘三郎は、「鏡獅子」や「高坏」などの舞踊も「当代随一」といえるが、やはり「お調子者の江戸庶民」を演じさせたら、いま生きているどの歌舞伎役者たちも並ばないほどである。まさに「当代随一」だ。先月の歌舞伎座も襲名披露として別の演目興行だったが、先月に比べて勘三郎がのびのびとしており、だからといって、このところちょっと気になっていた「悪のりしすぎ」ということもない。今月の勘三郎は、昼の部も夜の部も、まさに大名跡に相応しい“役者ぶり”であり、間違いなく“後世に残る勘三郎”だ。
また、アンガールズ、波田陽句など若手お笑い芸人のギャグや、ワイドショーで話題となっている獅童の結婚話を取り混ぜたり、先月上映された映画「真夜中の野次さん喜多さん」の“金髪の喜多さん”を七之助本人に演じさせて登場させるなど、普段、歌舞伎に慣れていない若い人たちも十分に楽しませてくれる構成になっている。
この演目で何よりも「当代随一」なのは、野田秀樹の演出である。舞台演出、音響、照明、どれをとっても斬新な演出で、DVDで見た前回の「研辰」から一昨年の「野田版 鼠小僧」を経て、格段と洗練された演出となっている。「野田版 鼠小僧」でも感じたが、子どもの頃から歌舞伎座の舞台を見続けている中で、これほど歌舞伎座という舞台を上手く使った演出家は他にいない。勘三郎が積極的に現代舞台の演出家たちを歌舞伎に取り入れた最大の効果である。この後、7月の大阪・松竹座でも「研辰」は上演されるので、見られる人は必見である。


久しぶりに最初から最後まで楽しんだ歌舞伎興行だったために、いつもにも増してずいぶんと長くなってしまったが許してほしい。残念ながら2日後には楽日となってしまうので、これから見ようと思ってもなかなか見ることはできないかもしれない。何と言っても人気興行であり、チケットの入手も難しい。基本的に1階席でしか見ないことにしている僕も、真ん中とはいえ2階5列目という席しかとれなかった程である(しかも、そんな悪い席でも20000円!)。しかし、歌舞伎の世界には、まだまだ「当代随一」として、最高の感動を与えてくれる演目があり、素晴らしい役者たちがいる。

歌舞伎を別次元のエンターテインメントと考えている人も、「当代随一」を味わうことによって、ぜひ「いま生きているからこその感動」を体感してもらいたいと思う。


【興行名】十八代目中村勘三郎襲名披露
     「五月大歌舞伎」(夜の部)
【出演】中村勘三郎
    尾上菊五郎/尾上菊之助/市川海老蔵/市川佐團次/
    坂東玉三郎/中村福助/中村橋之助/市川染五郎/
    中村勘太郎/中村七之助/坂東三津五郎/ほか
【公式サイト】http://www.kabuki.gr.jp/


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2005年5月21日 (土)

“ニコ様”だから許す!(映画「ステップフォード・ワイフ」を観て)

今の僕は、ニコール・キッドマンが出ている作品なら無条件で面白いと思っていたところ、「ザ・インタープリター」があまり面白くなかった。共演がこれまた好きなショーン・ペンであるにも関わらずだ。正直、何も書くことがない。

で、その代わりに今年公開された“ニコ様”映画「ステップフォード・ワイフ」について。

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原作は「ローズマリーの赤ちゃん」のアイラ・レヴィン、1975年にキャサリン・ロスの主演で作られた同名作品のリメイク……なんてことより僕的にそそられるのは、監督のフランク・オズ。いわずと知れた、「スター・ウォーズ」シリーズでヨーダを動かししゃべらせている、あのフランク・オズだ。そして、主演は“ニコ様”。
僕的には手放しで楽しめちゃう作品なのだ。

とりあえず、アメリカ社会を強烈に皮肉ったコメディなので、「スター・ウォーズ」に興味がなく、ニコール・キッドマンが特別に好きじゃなくても楽しめるだろう。

この映画で強く感じたことは、コメディの演技は難しいということ。

「アイズ・ワイズ・シャット」以降の近年のニコール・キッドマンは、ハリウッドの監督たちが「もっとも使いたい女優」の一人となった。この数年は、作品の質の高さに恵まれているという側面はあるが、その出演作品とともに、彼女の演技や役作りも高く評価できるものだった。オスカーやゴールデン・グローブ賞も獲得し、今やハリウッドセレブの中でもトップ・レディ扱いとなった。ただし、それははすべて、基本的にシリアスなストーリーでの演技であった。

泣かせることよりも笑わせることの方が難しい、というのはよく言われることだが、本作品のようなコメディでの演技こそ、彼女の演技の技量を図る絶好の機会。しかし残念ながら、彼女の演技は期待していたほどの高さではなかった。そうした意味では、グレン・クローズやベット・ミドラーという個性派に囲まれてしまったのはニコール・キッドマンにとって不運だったが、逆に彼女たちによって作品全体の質が高められたのは救いと考えるべきだろう。

まぁ、貶すほどダメダメ演技というわけではなく、「ニコ〜、もっともっと演技を磨け〜!応援してるぞ〜!」という程度のこと(笑)。なんてったって、この映画でも“ニコ様”の美しさには惚れ惚れできるのだ。

今年から来年にかけて、まだまだ“ニコ様”映画は公開される予定だ。“ニコ様”の顔を見るだけでも幸せになれる僕としては、待ち遠しい限りである。

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【作品名】ステップフォード・ワイフ
   (The Stepford Wives/'04/アメリカ/115分)
【監 督】フランク・オズ
【原 作】アイラ・レヴィン
【脚 色】ポール・ラドニック
【出 演】ニコール・キッドマン※
     マシュー・ブロデリック
     ベット・ミドラー
     グレン・クローズ
     クリストファー・ウォーケン
【公式サイト】http://www.stepfordwife.jp/
【個人的評価】★★★★★★☆☆☆☆(10点満点)

【追記】
■ニコールキッドマンのオススメ作品(少なくとも本作よりもオススメ)
『アイズ・ワイズ・シャット』『ムーラン・ルージュ』『アザーズ』『めぐりあう時間たち』、『バースディ・ガール』『ドッグヴィル』『コールドマウンテン』『白いカラス』


2005年5月 1日 (日)

ナオミはやっぱり絶叫系?
(映画『ザ・リング2』を観て)

『21グラム』('04/アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督)で、“奪われた21グラム=命”に苦しむ女性を演じたナオミ・ワッツ。ショーン・ペンとベニチオ・デル・トロという個性派とも演技派ともいえる両者に挟まれながらも、これまでの“絶叫系”といわれる演技から大きく脱皮し、すばらしい演技を見せてくれた(といっても、絶叫するシーンがあったが……)。
あの映画を見た僕の目には、ペンとデル・トロの豪華キャスティングとして話題を集めた作品で一番光る演技をしていたのは、間違いなくナオミ・ワッツだと映った。

ペンとデル・トロに触れ少なからず刺激されただろうが、それだけでなく二人の存在感を喰ってしまい「類まれなる演技力を持つ」と評価されたナオミ・ワッツが、『ザ・リング』('02)の続編に再び参加した。

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前作『ザ・リング』は、日本で貞子ブームを巻き起こした鈴木光司原作『リング』('98)のハリウッド版リメイクだったが、今回は監督に日本版『リング』のメガホンを取った中田秀夫を迎えオリジナルストーリーの作品となった。

日本版『リング』シリーズは、続編以降、貞子の生み出した‘’リング・ウイルス‘’を中心に物語が展開するが、ハリウッド版ではウイルスよりも、ナオミ・ワッツ扮する主人公・レイチェルとその息子エイダンの心理描写を中心に展開していく。その上で、サマラ(ハリウッド版の貞子)が呪いのビデオを通じて求めたものや、サマラがレイチェルたちにつきまとう要因を軸に物語が構成されている。

前作『ザ・リング』は、日本版『リング』を観た人なら物足りなかったと思う。進行、場面展開、構図、台詞まで、日本版をなぞったものであり、「あ〜、ここで貞子がテレビから出て来るんだよな〜」と思うと、その通りサマラが出てくる……、これでは、ホラー映画なのに先が分かってしまい、面白みというか恐怖感がほとんどなくなってしまう。
そういう意味では、今回の作品がオリジナルストーリーとなったことは、日本の観客にとっては喜ばしいはずだ。

(余談になるが、喜ばしいと言えば、本作で重要な登場人物となるエヴリンを演じているのは、『キャリー』('76)のシシー・スペイセクである。このキャスティングは、70年代ホラー好きな観客にとっても垂涎ものだろう)

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絶叫系から演技派へと脱皮したはずのナオミ・ワッツは、本作でもしっかりと絶叫してくれた。しかも今回は、声に出さない絶叫顔も見せてくれている。やはり、この人は絶叫がよく似合う。

さらに本作は、中田秀夫+鈴木光司のコラボ作品である『仄暗い水の底から』('01)も若干かぶる演出となっている。
そう! つまりナオミ・ワッツは、この作品で監督から黒木瞳の演技も要求されたのだ(きっと〈笑〉)。事実、彼女はインタビューの中で、『仄暗い水の底から』を観ていることを告白している。つまり、ペンやデル・トロというアメリカ俳優の演技だけでなく、今や日本でもっとも脂ののった女優である黒木瞳の演技からも影響を受けたということだ(ホントか?)。

ということで、これまでの絶叫とは一緒にしないでほしい。
これからのナオミ・ワッツの絶叫は、あの『仄暗い水の底から』で見せた黒木瞳の絶叫演技を身に付けたものなのだ。

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【作品名】ザ・リング2
    ('05/The Ring 2/アメリカ/110分)
【監督】中田秀夫
【脚本】アーレン・クルーガー
【音楽】ジョン・ブライオン
【出演】ナオミ・ワッツ(『21グラム』'04)
    デイヴィッド・ドーフマン
    サイモン・ベイカー
    (『L.A.コンフィデンシャル』'97)
    シシー・スペイセク
    (『三人の女』'73/『キャリー』'76/ほか)
    エミリー・ヴァンキャンプ
【公式サイト】http://www.thering2.jp/
※人名後ろのカッコ内は、その人の関連作品の中でのオススメ作品。

2005年4月24日 (日)

愛する人を許すこと
(映画「エターナル・サンシャイン」)

以前の僕は、やたらと他人のことを責めていた。
相手のすることを事前に予測し、失敗の可能性が高いときには予めそれを指摘し「だから駄目なんだ!」となじっていた。それは、その相手に関わる自分自身に影響を与えることを避けるための自己防衛だったわけだが、そのことで多くの人たちを傷つけていた。
そんな僕に、ある人生の先輩がこう言った。

「そいつはお前にとって大事な人なんだろ? だったら、もしそいつがお前の言うとおり失敗したとしても、それはそれでいいじゃないか。その時に、もう一度やり直せるように考えればいいだろ」

この言葉を聞いたとき、何か、胸につっかえていたものがストーンと落ちた気がした。

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ジョエルとクレメンタインは出合ったときからお互いに惹かれあっていた。
“革命の緑”に髪を染めたクレメンタインは、浜辺にある他人の家に勝手に入ってしまうような破天荒な女の子で、気分によって髪の毛を奇抜な色に染めるというパンクな性格。少しでも関心を示されるとすぐに恋に落ちてしまうジョエルは、気弱で生真面目で平凡なサラリーマンだが、彼のユニークな発想や、自分が楽しいと思える出来事を、日記の中で自由に表現している。
そんな二人は、お互いの魅力に惹かれながら時を過ごしていくが、いつしか倦怠期を迎えてしまう。お互いが、相手のやること為すことを気に入らない。もともと指向性や行動力のまったく違う二人だったが、こうなると相手を思いやることなんてできなくなってしまう。
そして二人は、その倦怠期を乗り越えることなく別れを選択してしまった。

ここまではどこにでもある恋愛話だが、映画の主人公として登場する二人は、ここから先が「普通のカップル」とはちょっと違った。
普段はアッパーなクレメンタインは、ジョエルと別れたことを引きずって情緒が不安定気味になってしまったために、ジョエルの記憶を脳からすべて消し去ってしまったのだ。それを知ったジョエルも、彼女の記憶をすべて消し去ることを決意する。
記憶消去手術を開発したハワード・ミュージワック博士が開く怪しげな「ラクーナ社」を訪れたジョエルは、クレメンタインの写真が印刷されたマグカップや、彼女との想い出を書き記した日記など、彼女に関わるをすべて物を提示し、彼女にまつわる思い出のすべてを博士やそこで働くスタッフに説明する。
話していても彼女の嫌なことばかりが思い出されるジョエルは、さっそくその晩に博士の開発した手術を受けた。しかし、ラクーナ社のスタッフによって施術されているジョエルは、徐々にクレメンタインとの思い出の記憶を遡っていくうちに、彼女との素敵な思い出の中から彼女の魅力にもう一度気がつかされるのだった……。

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「いいさ(Okay)」

映画のラストシーン、ジョエルはクレメンタインにこう言う。
誰もが自分のことだけを考えてしまう。人間であるならば当然のことだ。さらに時折、自分のことだけを考えすぎてしまうと、周りの人間のことを責めてしまう。そして、人は誰かを傷つけ、自分自身も傷ついてしまう。
そんなことになりそうなとき、否、なってしまった後でも、もう一度、相手に対する自分の本当の気持ちを思いだして、相手のことを許せる人間になりたい。
いつも僕のことを「いいよ」と許してくれるあの人のように……。

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【作品名】エターナル・サンシャイン ('04/
     ETERNAL SUNSHINE OF THE SPOTLESS MIND)
【監督・原案】ミシェル・ゴンドリー
【脚本・原案】 チャーリー・カウフマン
       ('99/『マルコヴィッチの穴」)
【音楽】ジョン・ブライオン
【出演】ジム・キャリー
    ('03/『ブルース・オールマイティ』)
    ケイト・ウィンスレット('04/『ネバーランド』
    キルステン・ダンスト
    ('03/『モナリザ・スマイル』)
    マーク・ラファロ
    イライジャ・ウッド
    ('89/『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』)
    トム・ウィルキンソン('97/『フル・モンティ』)
【公式サイト】http://www.eternalsunshine.jp/
【個人的評価】★★★★★★★★☆☆(10点満点)
【オススメ度】★★★★☆     (5点満点)
※人名後ろのカッコ内は、その人の関連作品の中でできるだけ最近のオススメ作品。

追記:
これまで3度オスカー候補となったケイト・ウィンスレット。今年のアカデミー賞でも本作でノミネーションされた。『ネバーランド』『エターナル・サンシャイン』と、今のケイト・ウィンスレットは、いつでもオスカー女優となっておかしくない存在となってきている。今年度中にもう一本、素晴らしい演技とそれに相応しい作品に出れば、来年はこれまでの保留分も付け足されてオスカーを獲るだろう。今後の作品に期待を持たせてくれる女優である。

2005年4月11日 (月)

いつまでも愛されるファンタジー
(映画「ネバーランド」を観て)

実際に観たのは2か月近く前なのだが、お薦めしたいので書いておく。
公開された映画がDVDやビデオになるのに時間がかからなくなった現在では、二番館、三番館という言葉も死語になりつつあるが、そのかわりにDVDやビデオになる前に「名画座」と呼ばれる映画館で上映されることもある。
お近くの名画座スケジュールをチェックして上演予定があれば、ぜひ映画館で観てもらいたい一本が、「ピーターパン」の原作者・バリを描いた『ネバーランド』である。

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「ピーター・パン」が好きな人は、最初から最後まで楽しませてもらえること間違いなしだ。

ファーストカットで、20世紀初頭のイギリスの劇場が移されると、そこにいるのはその劇場で行われる芝居の興行主であるフローマン。演じているのは、映画『フック』('91)でフック船長を演じたダスティン・ホフマンである。
この時から僕はもう、この映画の魅力に引き込まれていった。
ちなみに、このフローマンは、バリのことをもっとも理解している大人という役柄だ。ピーター・パンの敵役でありながら彼をもっとも愛する大人がフック船長であることを考えると、絶妙のキャスティングなのだ。

そして、この映画の主人公で「ピーター・パン」の生みの親ジェームズ・M・バリが登場する。バリに扮するジョニー・デップは、その端正な顔つきと苦労したというスコットランド訛りを身に付け、まさに英国紳士のようだ。写真で見るバリとも似ている。これまたぴったりのキャスティング。

10分が過ぎる頃には、“ピーター・パン”とそっくりな少年ピーター(フレディ・ハイモア)、かわいい弟“マイケル”やその兄弟たちが出てくる。イギリス生まれケイト・ウィンスレット演じるシルヴィアは、まるで“ウェンディ”が大人になったような母親だ。そうした「ピーター・パン」を連想させるキャラクターは、たくさん登場する。シルヴィアの母親クリスティは、ウェンディを無理矢理レディにしようとする“ミリセント伯母さん”、子どもたちの大好きなバリの飼い犬は、ウェンディの乳母犬“ナナ”だ。
登場人物だけでなく、ストーリーが展開するとともに出てくるエピソードや台詞の中にも、「ピーター・パン」の要素がぎっしり詰め込まれている。ピーター・パンが両親の話を聞いて家出するケンジントン公園、凧揚げするシーンでは「信じれば飛べる!」……etc.。そして、ピーター・パンのモデルになったピーターが、ピーター・パンとは逆に「早く大人になりたい」と何度も言うのは、この映画の重要なキーワードとなる。
ピーター・パンについてまったく知らないという人は少ないだろう。映画を見進める中で、誰もが、「あ、この場面はあの部分に繋がる」と連想させられるのだ。

こうしたキャスティングや脚本の巧みさとともに、もう一つ、カメラワークや構図が絶妙であったことも、この映画の質を高めている。撮影監督のロベルト・シェイファーは、本作品の監督マーク・フォースターと『チョコレート』('02)でも組んでいるが、たしかに『チョコレート』も絶妙な構図を作っていた。他の作品を観ていないので断言はできないが、シェイファーの活躍が見逃せないことも書き残しておきたい。

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実際にバリがこれほど純粋な人物であったかはわからない。そもそも、この作品がどれほど事実に基づいているかもわからない。しかし、そんなことはどうでもいい。

「ピーター・パン」は、子どもの持つイマジネーション=想像力が、どれほど重要であるかを教えてくれる作品だ。子どもであろうが大人であろうが、そんな豊かな想像力をいつまでも大切にしたいと思わせてくれる。だからこそ、世界中で愛される極上のファンタジーなのだ。

その「ピーター・パン」が誕生してからおよそ100年、この映画『ネバー・ランド』は、21世紀の上質のファンタジーである。

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【作品名】ネバーランド
    (Finding Neverland/'04/
     イギリス・アメリカ/100分)
【監督】マーク・フォースター
【脚本】デイヴィッド・マギー
【撮影】ロベルト・シェイファー
【出演】ジョニー・デップ(『ブロウ』'01)
    ケイト・ウィンスレット
    (『エターナル・サンシャイン』'04)
    ダスティン・ホフマン(『フック』'91/
    『ニューオーリンズ・トライアル』'03)
    フレディ・ハイモア
    ニック・ラウド
    ジュリー・クリスティ
    (『天国から来たチャンピオン』'78)
    ラダ・ミッチェル
【個人的評価】★★★★★★★☆☆☆(10点満点)
【オススメ度】★★★☆☆     (5点満点)

※人名横のカッコ内は、その人の関連作品の中でできるだけ最近のオススメ作品。

2005年4月10日 (日)

調布あなどれず(再見!マルコ・ポーロ『東方見聞録』とシルクロード)

先日、所用で調布までいったところ、通りかかった調布文化会館で「再見!マルコ・ポーロ『東方見聞録』とシルクロード」なる写真展をやっていたので、ふと立ち寄ってみた。

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まったく期待していないで入ったのだが、すばらしい写真にたくさん出合うことができて、思わぬ幸せな一時だった。平日の昼間のせいか、他に客がいなかったので落ち着いて観られたこともよかったのかもしれない。
月並みな言葉だが、自然の圧倒的な迫力と、そこに住む人たちによる文化のすばらしさ、そして自然と共存する人間の営みを観ることができた。

10代の頃行ってみたいと思っていた海外が、車で何日もかけて走り抜けるシルクロードの旅だった。とくに理由はなかったんだけど、想像の中に広がるシルクロードのスケール感に、漠然とした希望と自分自身のエネルギーみたいなものを感じていた。
結局は、シルクロードどころか海外に一度も行かずにこの歳になってしまった。せっかく海外に行ったことがない希少種なのでこのまま死ぬまで行かずにおこうと思うが、若い頃にシルクロードに行かなかったことだけは、少しばかり後悔している。

そんな僕は、優れた才能とそれを具現化するメディア(写真、映像、文章)によって、海外に行かなくてもそのすばらしさをちょっとだけ享受させてもらっている。
今はそれだけで満足しておこう。


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【追記】
前から感じていたが調布の文化イベントは、ちょっと面白い。毎年行われている「調布映画祭」もいくつかのプログラムの中で、必ず渋いラインナップが見られる。今年も「竜馬暗殺」「書を捨て街を出よう」などの邦画を上映していたし、昨年はフェリーニの「道」が上映されていた。平日にわざわざフェリーニを観に行く奴が調布にどれほどいるのか?と思いつつ、僕も行くことができなかったので、その実態は分からない。
大きなイベントでは、お隣の府中市に持って行かれている調布だが、小さなイベントは侮れない企画がけっこうあるので、これから、調布市文化・コミュニティ振興財団の渋〜〜い企画マンに期待しよう。


2005年4月 2日 (土)

ハリソン・フォードの悲劇
(DVD「ハリウッド的殺人事件」解説)

“ハリソン・フォードの完全復活!”と呼べる作品が、「ハリウッド的殺人事件」だ。
メジャースターのハリソン・フォードも、90年代後半から「デビル」「ワッツ・ライズ・ビニーズ」「サブリナ」「6ナイト7デイズ」など、けっして作品に恵まれているとはいえない状況にいた。それが、ようやく2003年公開の「K-19」という佳作を経て、2004年春、日本で小規模規模に公開された「ハリウッド的殺人事件」で、完全に自分の持ち味を活かした作品に登場したのだ。

この映画では、彼の本来の持ち味である“格好悪いのに格好いい”キャラクターを好演。90年代のハリソン・フォードは、やたらとアメリカで“強いヒーローの象徴”的な扱いをされてきたが、本来は、「スター・ウォーズ」のソロ艦長も、「インディー・ジョーンズ」シリーズのジョーンズ博士も、ちょっと間の抜けたヒーローであり、そういうキャラクターを演じることで日の目を浴びた役者である。昔は敏腕刑事だったが今は落ちぶれたベテラン刑事ってシチュエーションもとてもマッチしており、いい方向に作用している。

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80年代以降、アメリカ社会は“強いアメリカ”を取り戻すのに必死だった。「タクシー・ドライバー」をはじめとした作品で描かれているように、それまでのアメリカは腐り切って崩壊寸前だったのだ。キリスト教文化圏である欧米人独特の感覚で、世紀末が近づいていることもアメリカ人を無意味に不安にさせていた。そこに現れたのがレーガン大統領である。

そして、そういう政治体制を背景に、ハリウッドの映画界は、徹底したエンターテインメントに傾斜していく。くしくも、スピルバーグ、ルーカス、キャメロンなど、古きよきアメリカ映画の子供たちが、台頭してきた。そこで生まれたヒーローが、スタローン、シュワルツネッガー、ブルース・ウイルスだ。
彼らは、極めてアメリカ的なヒーローだったが、しかし、アメリカ人が本当に求める姿ではなかった。なぜなら彼らには、アメリカ人が持っている欧州コンプレックスを払拭するイメージがないからだ。
ケネディ大統領以降、都市部の白人を中心に、アメリカ人は、典型的なヤンキーや移民的アメリカ人よりも、知的で品のある人間を好むようになっていたからである。

だからこそ、エンターテインメント業界で活躍したアイルランド人を父に持ち、スピルバーグやルーカスとともにハリウッドで成功し、「刑事ジョン・ブック」「心の旅」などで演技派として開花しつつあったハリソン・フォードが、アメリカ人に好まれたのだ。それが、「パトリオット・ゲーム」や「今そこにある危機」という原作がスペシャルベストセラーとなった「ジャック・ライアンシリーズ」(1作目「レッド・オクトーバーを追え」ではライアンをアレック・ボールドウィンが演じていたが、2作目から、わざわざ主役をハリソン・フォードに変更した)であり、アメリカ人がテレビで熱狂した「逃亡者」のリメイクであり、その最高峰が「エアフォースワン」なのだ。
「エアフォースワン」こそが、全編にわたりアメリカ万歳を描きながら、強い白人ヒーローのハリソン・フォード大統領だったのだ。
ちなみにあの時代は、日本のバブル全盛期で、映画のなかでも日本に対するコンプレックスや悔しい気持ちが丸出しだ。まさにハリウッドが、極めて内向きな大作ばかりを作っていたことを象徴している。

ところがクリントン政権の90年代以降、アメリカはあらゆる意味で復活した。経済も政治も、かつてないほどアメリカが世界で一人勝ちするようになったのだ。
そうすると、アメリカ人やハリウッド映画人たちにも余裕が出来る。エンターテインメントだけでなく、ヨーロッパの文学性を感じさせる作品にも注目が集まり、あらゆるジャンルの映画が自然と充実する。
フィンチャー、タランティーノ、コーエン兄弟など、映画オタクで現代的なセンスを持った若い映像作家も出て来た。アルトマン、キューブリック、スコセッシ、リンチなど、もともとセンスのあり、ヨーロッパをはじめとした世界中の映画ファンに愛される監督たちは、まさに円熟期に入りはじめた。世界第2位の映画消費国である日本は、国内映画が衰退し切って海外作品ばかりを求めてる。ヨーロッパと日本、世界中がマーケットとして機能し始めたハリウッドには、金が集中して有り余るようになる。さらに、アメリカが、コンピュータ技術の急激な進歩とその利権を独占することに成功したために、世界中から優れた技術者(とくに器用な日本人)たちが集まり、CGも進歩・普及した。

これが、現在のハリウッドである。

「マトリックス」「ロード・オブ・ザ・リング」のようなCG超大作もそうだし、「ムーラン・ルージュ」「シカゴ」のようなミュージカルの再ブームもそうだし、「イングリッシュ・ペーシェント」「アメリカン・ビューティ」「ビャーティフル・マインド」のような凡作にオスカーを与えたのもそうだ(と言ってもこれは今に始まったことでない)。さらに、インディペンド系の映画や文学性の強い映画が充実しつつあることも見逃せない。
すべて、アメリカの余裕から生まれたハリウッドの全包囲的な映画作りによってもたらされている。いま「ハリウッド」と単純に一括りに出来ないのも、同じ理由からだ。

そうした流れの中で、前時代のヒーローたちは、あるものはプロデュース業や政治家となり俳優業の第一線から退き、あるものは演技派俳優として転身していく。そして、その中で彼らは、バブルとも思えるハリウッドハリウッドの象徴的な存在として、自分を演出し続けているのだ。

ところが、ハリソン・フォードは、そうしたハリウッドの映画人たちと同じような派手な振る舞いを嫌った。「アメリカン・グラフティ」でルーカスに引っぱられるまで、一時は大工仕事で生計を建てたほどの苦労人らしい選択だが、そうした彼の職人的な頑固さも災いしたんだろう。
さらに、同年代の演技派俳優であるデ・ニーロやパチーノのようにイタリア系の独特な影もない。ホフマンやギアがヒーローになりそこねたのと違い、本当にアメリカン・ヒーローとなってしまったために、周囲や観客からは、いつまでもヒーロー像を求められてしまう。アンチハリウッドになったり、哲学や政治色を前面に出すタイプでもない。
そうして彼は、ハリウッドの中心から徐々に後退せざるを得なくなり、本人や周囲の迷走とともに、作品に恵まれなくなっていった。

ここに、ハリソン・フォードの悲劇があったのだ。

しかし、時代がさらに進んで、彼と彼の周囲に再び変化が生まれた。
現在、ハリウッドの最前線では、「スター・ウォーズ」「インディー・シリーズ」「ブレード・ランナー」の興奮に直撃した世代の若き映画人たちが活躍するようになった。友人であるスピルバーグやルーカスは、すでにハリウッドを牛耳っていると言っても過言ではないほど権威者になった。
ハリソン・フォード自身も、殿堂入りを果たし、ハリウッドのオシドリ夫婦と言われるまでだった妻と別れ三人目の妻をもらうなど、プライベートでも大きな変化があった。

時代が変わったためか、自身が変わったためか、とにかく吹っ切れるモノがあったのだろう。彼は今、“ハリウッド的”スターとして復活をしようとしている。
まさに「ハリウッド的殺人事件」は、ハリソン・フォードに相応しい作品だったのだ。
次回作「インディー・ジョーンズ4(仮題)」で、あの「格好悪いのに格好いい」キャラクターを、「ハリウッド的殺人事件」で見せたように、“いー感じのオヤジぶり”で演じきってくれるだろう。今から期待が膨らむばかりである。

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今後、ルーカスやスピルバーグたちと、昔を彷彿させる作品で復活するのは、彼のファンにとってすごく楽しみだ。しかし、もっと楽しみなのは、同じようにアメリカン・ヒーローから脱皮することに成功したイーストウッドと手を組むことではないだろうか。でも、まったく本拠はないが、ハリソン・フォードとイーストウッドはウマが合わないだろうなぁ〜(笑)。
この根拠のない不安が的中することこそ、二人のファンにとって、一番の悲劇かもしれない……。

(某誌DVD解説にて掲載したものに加筆・修正した)

【作品名】ハリウッド的殺人事件
    (HOLLYWOOD HOMICIDE/'03/アメリカ)
【監督】ロン・シェルトン
【出演】ハリソン・フォード(『推定無罪』'90/
    『心の旅』'91/『今そこにある危機』'94)
    ジョシュ・ハートネット
    (『シャンプー台のむこうに』'00)
※人名後ろのカッコ内は、その人の関連作品の中で90年代以降オススメなもの。