a.写心雑記

2013年3月11日14時46分

※フリーランサーズマガジン「石のスープ」2013年3月12日号/通巻No.73から転載

 あれから2度目の3月11日。
 僕は、2年前に50〜60人が避難していた高台に登り、そこで14時46分を迎えた。

 同じ時刻、僕のぞいて11人が同じ高台にいた。そこで3人から話を聞いたが、「2年前の当日も高台にいた」という人は一人しか出会えなかった。ボランティア4人組を除けば、残りは4人。この方々が2年前にどこで過ごしていたかは聞けていない。
 そこは、大手メディアで何度も取り上げられた高台で、この間に同地を訪れて町を見下ろした人もたくさんいたはずの「有名スポット」だ。

 それが僕の見た2013年3月11日14時46分だった。

 その後、この高台に避難して助かった女性が営む居酒屋に立ち寄った。同行記者が「どこで“その時”を迎えたのですが?」と尋ねたところ、「仕事で車移動しているときに、追悼のラジオ番組と、防災無線のサイレンが流れるなかで迎えた」と。

 この女性の店は自前のビルだったが、津波被害が大きく、震災から数カ月後に2キロほど内陸側に場所を借りて、居酒屋を再開した。近所の工場で働く人などが、ランチや夜の一杯に利用している。
 一昨年の7月から何度か伺っているが、お店にいくといつも「お帰りなさい」と出迎えてくれる暖かい店だ。昨日は、帰りにお土産まで持たせてくれた。

  それぞれが、それぞれの場所で、それぞれの気持ちで3月11日14時46分を迎えたはずで、当然ながら、僕が見たそれは、何十万、日本全国では何千万とい う「その時」のホンの一部だ。微力なもので、そんな一部しか見ることができないし、伝える事ができないけども、とにかく「来年の311まで、やれるだけや ろう」と思いながら、2年間、取材を続けてきた。

 そうやって311を迎えても、結局は、何の区切りにもならないし、3月12日になったからといって、何かが変わるわけでもない。
 たぶん、東日本大震災で当事者となっている多くの人達も、何も変わらない3月12日を迎えているだろう。
 この数日、メディアからは、大量の「震災関連情報」が流れたと思う。もちろん、一つの重要な日付である事は間違いないけど、でも、実際にその情報の渦中にいる多くの人たちにとっては、割りと淡々とした生活のなかに311があるんだと思う。

 そしてそれは、情報の受け手にとっても同じ事で、だからこそ、3月12日以降、大量の「震災関連情報」から開放されて、みんな淡々とした日常が戻っていくんだろう。
 それは、ある意味では「風化」だけども、ある意味では「日常化」だ。

  だから、その淡々とした日常の中に、いかに東日本大震災のことを感じとってもらうか。否、大切な情報は他にもいっぱいあるので、東日本大震災だけを伝えれ ば言い訳じゃないけども、それでも、これまでたくさんの人達の貴重な話を聞かせてもらった僕が……まぁ、極めていい加減な人間なんで、偉そうなことは言え ないんだけど……そんな僕が、ちっとは使命感をもってやっていかなくちゃいけないのかなぁと、改めた感じた311だった。

 そして、また、来年の311まで、やれるだけやろうと思ってる。

Dsc_8500

2013年3月11日14時46分
岩手県釜石市、釜石漁港や市街地を見渡す高台より

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ナンデスカマン

121106

昨日、面識のある記者から取材を受けた。取材を初めてすぐの頃、いきなり、煙草を吹かすフリをされた。その場所は禁煙エリアなので、実際に煙草を吸っているわけじゃない。この記者が喫煙者かどうか知らないが、明らかなオーバーアクションで、人差し指と中指にタバコを刺している仕草で、(続く

その手を口に近づけたり離したりして、まるで80年代のコントでタバコを吹かしているかのように「それじゃぁ取材になんないっすよ〜。カンベンシテクダサイヨォ〜」と言われた。録音を開始してから1分目の事だった。このように、取材対象である僕に対して舐め腐った態度は、終始一貫していた。(続く

この記者は、「被災地プロジェクト」について本に書いてある説明すら読んだ事がないと言う。本を買わなくても、amazonにも転載されているし、「有志の会」のブログにも書いてある事だ。しかし、それを読んでいなくても、取材者として間違っていないと主張した。(続く

「被災地プロジェクト」に関する取材なのに、「会計の事を知りたいだけ」だから、プロジェクトの趣旨についての説明を読まなくても取材は出来るという。そのくせ「アーカイブって何ですか?」と聞く。取材する際に、相手の資料に目を通すのは、取材者としていろはの「い」だ。(続く

そもそも、この記者は、僕が質問に対して答えている途中で回答を遮り、自分の意見を主張したり、次の質問を始める。こんなことが何回も何回も繰り返された。開始から30分程度の間に、何度も僕の話を遮ったり、最低限の資料やデータを準備して来なかったりする態度を注意した。(続く

開始から31分、あまりにも酷い態度に、僕も少し声を荒げて「あなたに質問されてるから答えてるのに、何で話の途中であなたの意見を言い始めちゃうんだよ!」と指摘した。その話をしている最中にも、またも話を遮る。そして32分目、記者は「はい。じゃあ聞きます。答えてください」と言った(続く

そして、その記者は、右の耳をこちらに突き出し、その耳に右手を添えた。明石家さんまが演じるナンデスカマンのポーズだ。もちろん「ナンデスカ〜」とは言わなかったが、あのポーズと同じだった。取材者からこんな失礼な態度を取られて、感情を押し殺せるほど僕は気が長くないです。(続く

「取材者としてその態度は失礼だと思わないか?」と言うと、「じゃあ真面目に聞きます」「あぁ失礼しました。ふざけちゃって申し訳ないです」など、こちらの注意を遮って記者が言う。僕に対してふざけて挑発している事を認めた上で、「はいはいごめんなさい」的な態度を繰り返す。(続く

この後も、こんな調子で質問されたり、こっちが取材者の態度に腹を立てたりの繰り返し。まぁ、記者として「感情的に若年者を怒鳴りまくる渡部真」を引き出したのかも知れませんから、この記者にとって、今回の取材は成功だったのかも知れません。(続く

といっても、「感情的に怒鳴りまくる」は僕のデフォルトなので、そんな事を隠すつもりはありませんが、こっちはいろいろ資料を持って行って、ちゃんと取材して記事に書いてくれるなら、今まで出してない資料も出そうと思っていたけど、全くの無駄でした。……

以上、Twitterに書こうと思って140字以内にまとめながら書いたが、周囲から「Twitterで喧嘩ばかりしてウザイ」と注意されているので、このブログに書いておく。
合計約2時間半、こんな馬鹿馬鹿しい時間を過ごした。この取材で、昔懐かしいナンデスカマンを思い出すとは思わなかった。まぁ、面白い体験と言えなくもないが、こんな取材は二度とゴメンだ。

 
 
 

【参考資料】ナンデスカマンのポーズいろいろ

http://ameblo.jp/makimaki2525619/image-10743276551-10931891094.html

http://p.twpl.jp/show/orig/c9SeE

http://umekaz.com/s/2012/20120329.jpg

http://pub.ne.jp/jeanthebirdman/image/user/1232922113.jpg

http://pet.benesse.ne.jp/blog/c0124/img/174/UDExMDA0NjGu7Q.JPG

 

【追記】

僕がこの記者の質問に対して、何に答えて何に答えていないか? その件については、記者の報告を楽しみにしている。まぁ、取材される側は「まな板の鯉」と言われる通りで、どう調理するかは記者の腕の見せ所だ(期待は出来ないが……)。とくに嘘や捏造、あるいは明らかなミスリードがなければ否定するつもりもない。僕がこの記事で言いたいのは、この記者の態度の問題だけであり、記者が取材した内容そのものは、本人がしっかりと記事にする事を期待している。

| | トラックバック (0)

ちょっと写真を公開

前回の記事で、このブログも活用するなどと言いながら、全く更新をしていませんでした。3月15日に茨城県を取材し始め以来、茨城、福島、宮城、岩手の各県と、被災地から関東周辺に避難して暮らしている人たちなどを取材しています。

今後、雑誌やインターネットメディア、もしくは書籍などで報告することになると思います。このブログでも書きたいのですが、何せ、取材と原稿書くのでいっぱいいっぱいでして、このブログはついつい後回し。

一部の写真は、すでにこのブログのアルバムアップしています。相変わらず下手な写真ですが、もし良かったらご笑覧ください。

福島県編1
http://makoto-craftbox.cocolog-nifty.com/photos/fukusima1/

Dsc_3844


福島県編2
http://makoto-craftbox.cocolog-nifty.com/photos/fukusima2/

Dsc_4532


宮城県編1
http://makoto-craftbox.cocolog-nifty.com/photos/0406/

Dsc_4017


宮城県編2
http://makoto-craftbox.cocolog-nifty.com/photos/miyagi2/

Dsc_4115


岩手県編
http://makoto-craftbox.cocolog-nifty.com/photos/iwate1/

Dsc_5282

 

掲載誌については、改めてご報告します。

それと、5月末に、現地を同行取材している渋井哲哉さんたちとの共著で、書籍が緊急出版されることになりました。これについても、発売日などの詳細が決まり次第、ご報告させてもらいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

責任のとり方として、朝青龍の引退は当然

昨日の夜、上野の辺りは雨がやんだので、板橋までスクーターで出かけた。すると、王子の辺りから雪が少しずつ舞い始め、板橋はそれなりの雪が降って来た。

で、今朝、板橋から帰ってくる時、板橋の路地には雪が積もってた。
今さらながら、板橋と上野なんて10キロ程度しか離れてないのに、随分と気候が違うんだなぁと実感。

Cb100204

寒い中、スクーターで走っている時は、運転に支障がない程度に考え事をして寒さを忘れるようにしている。
スクーターを走り出してすぐ、信号で止まった時に横の車の中に朝青龍の記事が載っていたんで、朝青龍のことを考えて40分の道のりを過ごした。

夜にでもブログで書こうかなぁと思っていたら、夕方に朝青龍が引退する意向を示した。

*  *  *  *  *  *  *

朝青龍の引退は「当然」だ。

僕の周囲には「朝青龍は引退する必要がない」などという人もいるが、「朝青龍が好きだから」という気持ちから引退に反対する人は別にして、責任論を持ち出して引退に反対するのは、ちょっと違うと思う。

日本社会はそういう責任のとり方を前提としている社会だ。
日本社会に問題がないなんて、まったく言うつもりはないが、少なくとも「今回の朝青龍には引退するほどの責任はない」なんて社会と、今の日本社会なら、今の日本社会の方がよほどまともだ。

*  *  *  *  *  *  *

例えば、こんなケースならどうだろう?


高校野球の夏の甲子園出場をかけて予選を戦っていたある高校の野球部キャプテンが、予選出場中のある日、夜の10時頃に近所の公園で花火などをやって大騒ぎをし、その挙げ句に友人たちと乱闘騒ぎを起こして警察沙汰になった。
乱闘相手の高校生は全治1か月ほどの大怪我を負ったという情報もある。

この事件が発覚当初、騒動を起こした高校生は、学校や高野連に対して「夜中に兄弟喧嘩をして、近所に迷惑をかけてしまった。近所にも謝った。兄弟も仲直りした。反省している」と説明。そのまま予選をキャプテンとして勤め、見事に甲子園出場を決めた。

ところが、この乱闘騒ぎが明るみになり話題になると、今度は「よく覚えてない」と言い出し、その後何日も経ってから、「乱闘相手と示談書を交わした」と報告。それ以上の説明はしない。


このケースなら、下手をすれば高校全体が甲子園出場停止。高校は出場できても、乱闘を起こしたキャプテンは謹慎になり、甲子園に出場する事はないだろう。

あるいは、こんなケースはどうだろう?


さる大学のラグビー部のレギュラー全員が、大学ラグビー選手権の決勝前夜、深夜まで繁華街で酒を飲み、周囲の人間と乱闘騒ぎを起こした。

しかし、選手たちも大学も、このこと徹底的に隠蔽し、翌日の決勝戦に出場させ優勝した。

この大学ラグビー部は、この数年の間に、集団婦女暴行事件、集団大麻事件などを繰り返し、昨年ようやく、大学ラグビーの公式戦に復帰したばかりだった。
選手の問題、大学の対応、どちらに対しても批判が集中している。


このケースだと、大学選手権の優勝は取り消され、社会人と戦うことになる日本選手権の出場も認められなくなるだろう。

例え話を挙げればキリがない。

オリンピックやWBCやワールドカップサッカーに出場する日本代表が、大会出場のために海外に行き、試合の前日に酒を飲んで大暴れして、現地の警察が仲裁するほどの騒動を起こす。
その事を所属協会に報告せず、さらに明るみに出たら嘘をついて隠蔽工作をし、最後まで事実について説明をしない。

こんなことになったら、半端な批判じゃ済まないだろうし、責任も重大になるのが当然だ。

そこには、アマチュアもプロもない。日本の国技だろうが、世界的なスポーツだろうが関係ない。品格の有る無しじゃない。

*  *  *  *  *  *  *

上に挙げた大学や高校の例は、団体競技だ。団体競技の場合、その選手だけじゃなく、チーム全体で責任を追及される。
僕は、高校の部活で、チームの一人が問題を起こすとチーム全体が連帯責任を負わされるというのは、全面的に肯定するつもりはない。むしろ、批判したい場合が多い。

しかし、今回は個人競技だ。そして、その選手個人は、その競技で最も高い位にあり、最も責任の重い選手だ。
さらに選手だけではなく、そのマネージャー、監督(親方)、そうした「チーム全体」にも問題があるのが明らかだ。

高校生や大学生は、1年間公式戦に出られなければ、下手をすると永遠に出場することはできないかもしれない。人生に大きな影響があるほどの責任を取らされるという事だ。
高校生や大学生でさえ、今回の朝青龍と同じような問題を起こせば、当たり前にように重大な責任を取らされる。そして、それは(議論の余地はあるとしても)けっして全面的におかしいと言えるほど、間違った責任のとり方じゃない。

上に挙げた高校野球や大学ラグビーと、大相撲にはもう一つ共通点がある。
文部科学省が所轄だという事だ。
高校や大学には厳しい処分を容認している大学が、「国技」とも言われる大相撲の、さらにその最も責任の大きな朝青龍に対して、甘っちょろい処分で納得するなんて、そんなことはあっちゃいけない。

*  *  *  *  *  *  *

いま、朝青龍の引退会見のダイジェストを見た。
どうやら、事件については詳しい説明をしなかったようだ。
事ここに至っても、騒動の説明、隠蔽疑惑についての説明をする気も見せない。
事件報道について言いたいことはあるが、詳しい説明する気はなく、引退という形で騒動の責任を取るという。

僕は、大相撲にしても高校野球にしても、あるいは一般社会での出来事にしても、「日本的な責任のとり方」について、問題がないとはいわない。
ただし、今回の朝青龍については、まったく同情の余地はないし、引退が当然であり、むしろ、これほどの問題を起こしても退職金や慰労金がでる「引退」は甘く、「除名」「廃業」の処分こそ妥当だったと思ってる。

個人的には、そもそも、朝青龍はあの時点で横綱に精進すべきじゃなかったと考えている。
横綱になったとしても、あの時点ではなく、もっと大相撲の最高位に相応しい人間になってから、横綱にするべきだった。そういう意味で、そもそも横綱審議委員会の「内規」に問題があるし、見直すべきだと思うが、まぁそれはまた別の機会に……


にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 東京情報へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今年もダラダラと一年が始まる


新年明けましておめでとうございます。

昨年は、個人的には本当にいろいろある年でした。
今年も日本の経済状況や出版業界の状況を見るととても厳しい年になりそうですが、とにかく平和に、そして明るく楽しんで過ごしていきたいと思っています。

まずは、子どもたち2人の受験が目の前に迫っています。受験がどんな結果になろうとも、2人にとっての新しいスタートが素晴らしい未来に向かう事を、親としてサポートしてあげたいと考えています。

*  *  *  *  *  *  *

さて、大晦日は、このブログでも書いたように、カウントダウンイベントを見に渋谷のO-eastに行った。

目的のソウル・フラワー・ユニオンのライブは、およそ1時間の中に新曲と人気のある曲を織り交ぜて、とてもいいライブだった。ソウル・フラワー・ユニオンをよくご存知のない方は、この記事末に動画を貼付けておきますんで、どんな曲で盛り上がっていたか、聴いてみてください。

加奈崎芳太郎も、忌野清志郎も、ヒカシューの巻上公一も、ミスチルの桜井和寿も、そしてソウルフラワーの中川敬もそうだけど、僕が好きなシンガーは、やっぱり歌が上手くて色気がある。彼らがシャウトするだけで、僕は歌の世界に酔わされることがある。それは、色気があって上手い歌舞伎役者が見得を切るだけで、見ている者をブルっと身震いさせるのと同じで、とても幸せな気分にさせてくれる。

そんなソウルフラワーのライブが終わり、一度ホールの外の窓際に行って、気になっていた格闘技「ダイナマイト」の吉田秀彦VS石井慧の試合を携帯電話で確認。試合を見終わった時には、10時45分くらいだった。

最近の僕の悪いクセだが、芝居でもライブでも、ちゃんと予習をしたり公演内容を確認したりしないので、この日もてっきりソウルフラワーがカウントダウンをするのかと思いきや、渋さ知らズ!がカウントダウンのステージを勤めることになっていた。
まぁ、渋さも嫌いではないけども、せっかくソウルフラワーの素晴らしい音楽で一年を締めくくれるのに、渋さで締めくくるのも「何だかなぁ」という感じだし、これからあと1時間も待ってるっていうのも嫌だったので、会場を後にして帰ることにした。

途中で旨いものでも食べて帰ろうと、地下鉄を上野広小路で降りた。ところが、上野駅の周辺ならいざしらず、広小路辺りはいつも以上に静かで人影も少ない。アメ横辺りに至っては、店はどこも開いていない。
そうこうしているうちに、寛永寺の鐘なのか、除夜の鐘が聴こえてきた。

こうして、人気がなくネオンすらなく静まり返っているアメ横で──人気がないといっても、アメ横に連なる店の軒下には、これまた段ボールハウスがぎっしり連なっていて、この中で静かに年越しを迎えた野宿のおじさんたちが何十人もいるわけだが──、僕は2010年という年を迎えた。

結局、数少ない営業中の店の中からはとくに食べたいものも見つからず、上野の松屋で新年最初の食事を済ませ、そのまま帰り際に下谷神社へ立ち寄ろうと思い向かった。

Cb1001011
下谷神社に着いたのは0時40分くらいだったと思うが、およそ100人ほどの人たちが列を作っていた。カメラを取りに帰るのも面倒だったので、携帯電話のカメラで撮ったが、やはりろくに撮れてなかった。
Cb1001012
実は、僕は10年前からきちんと参拝した事がない。ちょうど10年前、1月3日に浅草寺で初詣のお参りをし、おみくじで大吉(浅草寺で大吉が出る事は珍しい)を引いた翌日、人生にとって最悪の日を迎えた。それ以降、どの神社にいっても境内に入る際に会釈をする程度で、お賽銭を入れて願い事をするような参拝はただの一度もない。もちろん、季節の催しもので参詣したり、縁日で縁起物を買ったりはするし、そもそも下谷神社のお祭りでは行事そのものに参加をしているんだけども……。

まぁそんな罰当たりな僕ではあるが、今年は子どもたちの受験が無事に終わる事と、今年こそ、平和で穏やかな1年になるように、10年ぶりに参拝をし、町会の青年部のみなさんが配っていた甘酒をいただいて帰ってきた。

*  *  *  *  *  *  *

下谷神社から帰ってから、そのまま朝までテレビを見たりネットを徘徊し、朝になってお雑煮とお節代わりの料理を作り、それを食べた後、昼間はほとんど寝こけ、すっかり暗くなってから起き、テレビやビデオを見ているうちに夜もふけ、昼のうちに浅草の撮影をしようと思っていたのに出来なかったので、夜になってから浅草寺だけ撮りに行き、帰ってきたら元日が終わる直前になっていた。

そんなこんなで、ダラダラと一年が始まった。このブログも、大晦日に引き続き、ダラダラとしたスタートだ。

ということで、みなさん、今年もよろしくお願いします。


風の市

海行かば山行かば踊るかばね


このブログは、僕よりも2周りくらい先輩たちが読んでくれているので、そうした先輩たちに書いておきますと、彼らはみなさんのよく知っている曲を何曲か歌っております。代表的なのが『インターナショナル』です。「起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し」「いざ闘わん いざ奮い立て いざ」「嗚呼 インターナショナル我らがもの」の、あの『インターナショナル』です。彼らがこの曲をロックとして歌ったお陰で(?)、インターナショナルを現代の曲と思っている若者もいたりします(笑)。


にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 東京情報へにほんブログ村 地域生活(街) 東京ブログ 上野・御徒町・浅草情報へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羽子板市の写真と、ちょっと近況


ブログの更新どころか、今年中に片付けてしまおうと思っていた仕事がまだまだ終わってない。
ただ、毎年の事だけど、大晦日にはさすがに客から連絡が来る事もないので、正月明けに客が仕事をはじめるまでに残った仕事をすればいいので、まぁ今日くらいはゆっくりしようと思う。

この間、忙しいというよりも、仕事もプライベートも、公的な用事も雑用も、金になる事も金にならない事も、何にも収拾がつかないで、ただ慌ただしかった気がする。
「明日までに締め切りの仕事を絶対に仕上げなくちゃいけない」ということはなかったし、だからと先延ばしに出来ない事が多くて時間に追われながら、何とかこなしてきたという感じ。

まぁ、年内に片付けなくちゃいけない事は、とりあえず何とかこなしたので、今年も何とか無事に終わりそうだ。
無事……、無事なのか……?
よくわからないけど、とりあえず、やっぱり僕は「とりあえず」生きていくのがあっている。

*  *  *  *  *  *  *

さて、今日はできるだけこの間の報告をしたいと思って、朝の5時半くらいからパソコンの前に座っているんだけども、この間に溜まっているメールマガジンが600件、ブログの未読RSSが400件、しばらく読んでない掲示板やコミュニティはもう数えきれないほどあって、ちょっと読み始めたら、すでに6時間も経っていた。
まだまだ、そうした未読のものを少し消化した程度だ。

ということで、先にこの間を報告したいので、最初は浅草の羽子板市。
12月17日〜19日に、浅草寺で羽子板市が開かれた。
羽子板市については、去年もう少しくわしく紹介したので、よかったらそちらをどうぞ(去年の記事は→こちらをクリック←)。
今年の写真をいくつか掲載しておくけども、今年は「浅草の風」にたっぷりと投稿したので、もっとたくさんの写真が見たい人は、「浅草の風」歳の市(羽子板市)の記事一覧をどうぞ。

Cb09120101
Cb09120102
女の子の振袖姿はやっぱり定番
Cb09120103
「知らざぁ言って聞かせやしょう」で
お馴染み弁天小僧
Cb09120104_2
今年は羽子板を一つも買わなかったけど、
買うならこれが良かった
Cb09120105
このお兄さんは、
他にも何枚か撮らせてもらったんだけど、
ずっといい顔して仕事してた
Cb09120106
こちらのお父さんもいい顔
Cb09120107
このお父さんも負けずにいい顔
Cb09120108
漫画家のビッグ錠が、似顔絵コーナーで希望者に似顔絵羽子板を描かれていた。あの「庖丁人味平」の原作者。ちょうど漫画を読み始めた頃、少年ジャンプに連載していたあのビッグ錠……って、最近の人は知らないかな。週間でも連載していたけど、月刊ジャンプに長く連載していたと記憶している。後に「美味しん坊」「ザ・シェフ」「味いちもんめ」「Heaven?」などに続くグルメ漫画、料理人漫画の先駆者だった。「写真撮らせていただいていいですか?」と聞いたら、「どうぞどうぞ」と気軽に答えてくれたので、遠慮なくたくさん撮らせてもらった(笑)
Cb09120109_2
羽子板市と同時に開かれている「歳の市」で、豆を売っていたおばちゃん。「これなら、オヤツにもなるよ」とおばちゃんお薦めの豆を買って帰ったが、本当においしかった
Cb09120110_2

Cb09120111

*  *  *  *  *  *  *

ということで、まずは近況報告をかねて羽子板市の様子をお届けしたけど、この後、夕方に出かけるまでの数時間のうちに、いくつ記事が書けるかな。
と言いながら、すでに眠くなってきたので、これが最後になるかもしれない……。


にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 東京情報へにほんブログ村 地域生活(街) 東京ブログ 上野・御徒町・浅草情報へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

暖かければ暖かいで……<浅草酉の市>

今年も誕生日というのを迎えて、それとともに「酉の市」の季節になった。
酉の市が来ると年末だなぁとつくづく実感。

11月24日が今年の「二の酉」だったんだけども、この日はたまたま町会の夜警の日で、この長屋の近所の皆さんと、夜の10時くらいに拍子木を鳴らしながら1時間ほど歩いたのだが、冬の入口とは思えないほど暖かい日だった。

僕よりもおじさんばかりの町会の中で、数少ない同世代の人と子どもの頃の酉の市の話になったが、
「子どもの頃、この時期に雪が降ることもありましたよね?」
「そうそう、親父に連れられて夜中に酉の市に行くと、とにかく寒くてね」
「僕、いつも甘酒買ってもらってましたよ」
「俺はおでんだったなぁ」
なんて昔を懐かしみながら歩いた。

まぁとにかく「酉の市」というと、寒い思いをした思い出が蘇る。
寒ければ寒いで、さっさと熊手を買って帰りたいと思うものだが、こんなに暖かいと雰囲気が出なくて、これはこれで文句を言いたくなるもんだ。

ということで、今年の「酉の市」の様子を撮影してきた。
またまた、「浅草の風」に投稿しているので、沢山写真を見たい人は、そちらを見てほしいが、いくつかピックアップしてこのブログにも貼っておくので、雰囲気だけでもどうぞ。

*  *  *  *  *  *  *

※画像をクリックすると大きな画像になります。

Cb09112401

Cb09112402

Cb09112403

Cb09112404

Cb09112405

Cb09112406

Cb09112407

Cb09112408_2

Cb09112410

Cb09112411

Cb09112412

Cb09112414

*  *  *  *  *  *  *

「酉の市」については、浅草の酉の市を鷲神社と同時に開催している長國寺を取材させてもらった後、さらに知りたいことがあったので調べたんで、いろいろ書きたいこともあるんだけども、時間がないので、いつかゆっくり書きたい。

ちなみに、当時、取材したとき長國寺のご住職のインタビューは、の記事は転載しているので、よかったらどうぞ。→記事はこちらをクリック←


にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 東京情報へにほんブログ村 地域生活(街) 東京ブログ 上野・御徒町・浅草情報へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

とうとうお目見得


一昨日は浅草で「東京時代まつり」が開催された。

Cb0911031
Cb0911032
Cb0911033_2

行列の様子は写真に撮って「浅草の風」に投稿しているので、よかったら覗いてみてくださいな。
で、ついでに一つお願いがあるんですが、「浅草の風」に行ったら「ブログ村」のボタンが貼られていると思うので、それをクリックしてください。最近、主宰されている風さんが体調不良でお休みされていることもあって、クリック数が減っているようですが、浅草の宣伝になっています。よろしくです。

*  *  *  *  *  *  *

さて、そんな文化の日の昼、息子から「熱が出てるんだけど、病院行った方がいいかな?」と連絡があり、母親も仕事で泊まりが続いていたため、近所の休日診療している病院に行かせた。
で、夜になって子どもたちの家に行くと、どうやら病院の検査ではインフルエンザではないと言う。鍋を作って食べさせたが、38度くらいの熱があるわりには元気なので、ちょっと安心して様子を見ていたところ、深夜になって熱が39度を超え始め、解熱剤などの効果もなく、とうとう朝まで39度以上の熱が続いた。
初期症状ではインフルエンザの検査も陽性反応が出ないこともあると聞くし、こりゃぁ「とうとう新型かなぁ?」と思って、心臓のこともあったので信用できる病院で見てもらったところ、やはり新型インフルエンザに感染しているとの診断。

とうとう、僕の周りにも「新型」って奴がお目見得となった。

で、午後には仕事明けの母親に看病を代わり、稲荷町に帰ってきて仕事をしていたわけだが、夕方になってどうも調子が悪い。
鼻炎と喘息持ちの僕にとってこの時期は季節の替わり目なので、このところクシャミや咳は続いていたが、どうも頭が痛い。
いつものような偏頭痛とはどうも違う。そういえば、息子も具合が悪いというよりも頭が痛いと言っていた。

で、昨日は持病の薬を飲んで念のためにいつもより暖かくして寝たのだが、熱はまだ出ていないのに、調子の悪さは治っていない。

これは、いよいよ僕自身がインフルエンザなのかもしれない。

*  *  *  *  *  *  *

まぁ今のところそれほど仕事に支障が出ることはないのだが、自宅での仕事がたまっているので、それを片付けながら様子を見ることにしようかなと思う。

ということで、他人様とは接触を控えた方がよさそうだ。

皆さんも、うがい手洗いを欠かさずにご注意くださいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いやはや、なんとも……


昭和50年頃、『週刊マガジン』に連載されていた永井豪のマンガ『イヤハヤ南友』って知ってる人は少ないかもしれない。

今は過激な性表現のマンガも珍しくないが、当時少年誌に連載していたマンガの中で永井豪の過激さは群を抜いていた。永井豪の『イヤハヤ南友』や『キューティーハニー』といったマンガが、まだ小学校低学年で無邪気だった僕にとって強烈なマンガだったという記憶は、今でも忘れられない。

……って、だから別にどうということではないんだけど、長らくブログを休んでいたら、いつの間にか10月最終日だったんで、すぐ更新しようと思った時に急に思いついた言葉が「いやはや何とも……」だったんで、それをタイトルにしようと思ったら、これまた急に思いついたのが、永井豪のマンガだったってだけのこと。

さて、この間、いろいろとあってブログの更新どころではなかったんだけども、ようやく落ち着いた。今日は久しぶりに仕事も休んで、およそ1ヵ月ぶりに一日中寝て過ごすことができた。

Cb0910311

で、夕方お腹がすいて起きたんだけど、何か作るのも面倒だったので、友だちのお父さんが育てたサツマイモを蒸かして食べた。
あんまり期待していなかったけども、けっこう甘くておいしかった。
(友だちのお父さん、ありがとう! 早く身体を治して、またおいしい野菜を送ってください)

あ、そういえば日本シリーズで巨人が勝ったので、今日は気分もいい。

久しぶりにゆっくり寝たので、次は部屋片付けと仕事の資料の整理。これだけでも数日はかかりそう……。
次の仕事も待ってるし、個人的な仕事(伝票の整理とか、出版企画の準備とか)もたっぷりと溜まってるし、まだまだゆっくり出来ない。

いやはや、本当にいろいろと起こる年だが、それも後2ヵ月。
今のうちにやっておきたいこと、やっておかなくちゃいけないことも、まだまだ沢山ある。

この間、いろいろと休んでいたけども、一足先に、「浅草の風」には一昨日から復活し、「メイプルブログ」も来週から復活する予定で、このブログもボチボチ更新して行くので、またよろしくです。

ということで、久しぶりに更新でとりとめのない記事だったけど、復活のお知らせでした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

そんなにくっ付かなくたって……


具合が悪くなるほど暑かったり、台風が近づいたり、蒸し蒸ししたり、寒くなったり、と毎日のように天気が変わる。

昨日までは、それぞれフローリングの床にだら〜んと伸びて昼寝していた猫さんたちも、どうやら今日は寒いようで、一匹用の狭い寝床で一つになってる。

Cb090902
*  *  *  *  *  *  *

ところで、今年は本当に嫌なことが続く年だ。
今年はいわゆる後厄という年だが、これだけいろいろと事が起こると、無宗教・無信心の僕でも、どこかに憑き物でもついているのではないかと疑いたくもなる。

もし本当に憑き物がくっ付いているなら、台風の突風で吹き飛ばしてもらえないものだろうか……


| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧