浅草においでよ!

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フリガイ

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写心雑記

2009年11月 5日 (木)

とうとうお目見得


一昨日は浅草で「東京時代まつり」が開催された。

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行列の様子は写真に撮って「浅草の風」に投稿しているので、よかったら覗いてみてくださいな。
で、ついでに一つお願いがあるんですが、「浅草の風」に行ったら「ブログ村」のボタンが貼られていると思うので、それをクリックしてください。最近、主宰されている風さんが体調不良でお休みされていることもあって、クリック数が減っているようですが、浅草の宣伝になっています。よろしくです。

*  *  *  *  *  *  *

さて、そんな文化の日の昼、息子から「熱が出てるんだけど、病院行った方がいいかな?」と連絡があり、母親も仕事で泊まりが続いていたため、近所の休日診療している病院に行かせた。
で、夜になって子どもたちの家に行くと、どうやら病院の検査ではインフルエンザではないと言う。鍋を作って食べさせたが、38度くらいの熱があるわりには元気なので、ちょっと安心して様子を見ていたところ、深夜になって熱が39度を超え始め、解熱剤などの効果もなく、とうとう朝まで39度以上の熱が続いた。
初期症状ではインフルエンザの検査も陽性反応が出ないこともあると聞くし、こりゃぁ「とうとう新型かなぁ?」と思って、心臓のこともあったので信用できる病院で見てもらったところ、やはり新型インフルエンザに感染しているとの診断。

とうとう、僕の周りにも「新型」って奴がお目見得となった。

で、午後には仕事明けの母親に看病を代わり、稲荷町に帰ってきて仕事をしていたわけだが、夕方になってどうも調子が悪い。
鼻炎と喘息持ちの僕にとってこの時期は季節の替わり目なので、このところクシャミや咳は続いていたが、どうも頭が痛い。
いつものような偏頭痛とはどうも違う。そういえば、息子も具合が悪いというよりも頭が痛いと言っていた。

で、昨日は持病の薬を飲んで念のためにいつもより暖かくして寝たのだが、熱はまだ出ていないのに、調子の悪さは治っていない。

これは、いよいよ僕自身がインフルエンザなのかもしれない。

*  *  *  *  *  *  *

まぁ今のところそれほど仕事に支障が出ることはないのだが、自宅での仕事がたまっているので、それを片付けながら様子を見ることにしようかなと思う。

ということで、他人様とは接触を控えた方がよさそうだ。

皆さんも、うがい手洗いを欠かさずにご注意くださいな。

2009年10月31日 (土)

いやはや、なんとも……


昭和50年頃、『週刊マガジン』に連載されていた永井豪のマンガ『イヤハヤ南友』って知ってる人は少ないかもしれない。

今は過激な性表現のマンガも珍しくないが、当時少年誌に連載していたマンガの中で永井豪の過激さは群を抜いていた。永井豪の『イヤハヤ南友』や『キューティーハニー』といったマンガが、まだ小学校低学年で無邪気だった僕にとって強烈なマンガだったという記憶は、今でも忘れられない。

……って、だから別にどうということではないんだけど、長らくブログを休んでいたら、いつの間にか10月最終日だったんで、すぐ更新しようと思った時に急に思いついた言葉が「いやはや何とも……」だったんで、それをタイトルにしようと思ったら、これまた急に思いついたのが、永井豪のマンガだったってだけのこと。

さて、この間、いろいろとあってブログの更新どころではなかったんだけども、ようやく落ち着いた。今日は久しぶりに仕事も休んで、およそ1ヵ月ぶりに一日中寝て過ごすことができた。

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で、夕方お腹がすいて起きたんだけど、何か作るのも面倒だったので、友だちのお父さんが育てたサツマイモを蒸かして食べた。
あんまり期待していなかったけども、けっこう甘くておいしかった。
(友だちのお父さん、ありがとう! 早く身体を治して、またおいしい野菜を送ってください)

あ、そういえば日本シリーズで巨人が勝ったので、今日は気分もいい。

久しぶりにゆっくり寝たので、次は部屋片付けと仕事の資料の整理。これだけでも数日はかかりそう……。
次の仕事も待ってるし、個人的な仕事(伝票の整理とか、出版企画の準備とか)もたっぷりと溜まってるし、まだまだゆっくり出来ない。

いやはや、本当にいろいろと起こる年だが、それも後2ヵ月。
今のうちにやっておきたいこと、やっておかなくちゃいけないことも、まだまだ沢山ある。

この間、いろいろと休んでいたけども、一足先に、「浅草の風」には一昨日から復活し、「メイプルブログ」も来週から復活する予定で、このブログもボチボチ更新して行くので、またよろしくです。

ということで、久しぶりに更新でとりとめのない記事だったけど、復活のお知らせでした。

2009年9月 2日 (水)

そんなにくっ付かなくたって……


具合が悪くなるほど暑かったり、台風が近づいたり、蒸し蒸ししたり、寒くなったり、と毎日のように天気が変わる。

昨日までは、それぞれフローリングの床にだら〜んと伸びて昼寝していた猫さんたちも、どうやら今日は寒いようで、一匹用の狭い寝床で一つになってる。

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*  *  *  *  *  *  *

ところで、今年は本当に嫌なことが続く年だ。
今年はいわゆる後厄という年だが、これだけいろいろと事が起こると、無宗教・無信心の僕でも、どこかに憑き物でもついているのではないかと疑いたくもなる。

もし本当に憑き物がくっ付いているなら、台風の突風で吹き飛ばしてもらえないものだろうか……


2009年8月23日 (日)

息子が退院しました


実は、この夏に子どもが入院しておりましたが、昨日、ようやく退院しました。

家族を除くと、仕事や約束の都合で数人にだけは話をしていましたが、それ以外には口外していなかったので、もしかしたら連絡などが取れずに迷惑をかけたかもしれません。

この場でご報告とお詫びをさせてもらいたいと思います。失礼しました。

*  *  *  *  *  *  *

中学3年生になる息子は、生まれた時から心臓に穴が空いていました。「心室中隔欠損症」という病気です。
それほど珍しい病気ではなく、自然に穴が塞がったり、手術をしないでも日常生活にはまったく問題なく成長し、そのまま一生を過ごす人も多い病気です。息子の場合、穴の大きさは致命的な大きさではないものの、場所が悪くて自然に塞がる事がないため、生まれてから今まで、定期的に検診を受けて経過を見ていました。

定期的な検診といっても、1年に1度だけ心臓エコーで様子を見る程度ですし、薬を飲むわけでもなく、トライアスロンのような過激なスポーツや、富士山のような高山への登山以外、運動を含めて普通の子どもたちとまったく変わりない生活を送ることができました。

彼が生まれた頃、たまたま医療関係の大きな団体の仕事をしていたので、当時の日本でもっとも心臓外科の技術が優れていると言われていた3つの病院で、それぞれ診察していただけることになり、総合的な判断として、手術をしないで経過を見ていこうという判断になりました。
実は、僕自身はすぐにでも手術をして、子どもの記憶に残らないうちに完治させてしまおうと思っていました。外科の先生たちは、どの先生の話を聞いても「生後半年〜1年くらいで手術をすれば大丈夫だよ」という趣旨だったからです。ところが当時は、「やはり心臓を止めて開胸手術をする以上、手術に絶対はないし危険性があるので、メスを入れないで済むなら入れない方がいい」という考え方が医療界の趨勢というか、そういう考え方が強くあったようです。いま担当してくれている先生曰く「たしかに当時はそういう流れがあったけど、いまは技術が上がったこともあり、比較的に早く手術してしまう傾向にあるので、もし現在にこの症例の子どもが生まれたら、すぐに手術をしたでしょう」ということです。
何にせよ、最終的に担当していただくことになった当時の病院の内科の先生と相談の結果、手術をしないで経過を見ていこうという話になり、以降、定期的な検診を続けてきました。

途中、僕と母親の離婚で病院を変えたこともありましたが、ほとんど同じ方針でこれまできていました。心臓に空いた穴の大きさが小さいということがあって、多少血の逆流が起きていても日常生活にほとんど支障はなく、そのまま一生問題なく暮らす可能性もありました。
むしろ、たぶん僕以外、本人も母親たちも、このまま一生問題なく暮らしていけると思っていたと思います。僕は少し違っていて、もしどこかで手術をするのだとしたら、ある程度成長して体力のある10代のうちに、さっさと手術をして穴を塞いだ方がいいと思っていました。そうすれば、福祉の助成も受けられるという経済的な理由もあります。漠然と「高校1〜2年生の夏休みくらいかなぁ」と考えていましたが、ただそれでも、お医者さんが認めてくれなければ実現しないわけで、僕も「そろそろ相談しておこうかなぁ」くらいに思っていた程度で、そういう意味では、みんなほとんど緊張感なく15年間を過ごしていたと言えます。

*  *  *  *  *  *  *

ところが、今年7月初旬、1年振りの定期検診で血液の逆流に異常が見られ、手術の必要性が出てきました。
必ずしも、絶対にこれ以上悪化するということではなく、今すぐに手術をする必要もないのですが、それでも心臓の穴の影響で大動脈弁に変形が見られているため、時期は別にしていずれは手術をしなければならない可能性が少し高くなった事、「このままなら半年くらいは無事でも、1年後、2年後まで絶対に安心だとは言い切れない」(担当内科医談)という事でした。

息子はちょうど中学3年生で、来年春に受験を控えているため、万が一でも高校受験の直前に悪化した場合の影響を考えると、1年以内に手術をするなら夏休みの今しかないという状況でしたので、本人と先生とよく相談した上で、手術を決断した次第です。

病院側も、息子の受験ということを考慮してくれて、夏休みに入ってすぐにカテーテルによる精密検査をして、結果を見てすぐに手術をし、夏休みが明けて学校が始まるまでに復帰できるよう、かなり段取りをよくスケジュールを組んでくれました。

8月10日、午後2時半頃に手術室に入りました。
予定では7時半くらいには終わると思われていたのですが、9時を過ぎても待合室には何の連絡もなし。手術が始まった頃、大きな大学病院の待合室には、十数組の家族がそれぞれの手術が終わる事を待っていましたが、9時を過ぎた頃には僕と母親だけになっていました。母親の気を紛らわすようにくだらない話を続けていた僕も、さすがに少し心配になりましたが、9時10分くらいに外科の担当医師がようやく顔を見せてくれ、手術前に検査に時間がかかったが無事に終わったと報告をしてくれホッと一安心。

すぐに面会しましたが、体中が管だらけ、まだ口に中にも太い管を入れていたため、弱い麻酔をかけていた状態でした。こちらが声を掛けても一瞬目を開けて反応しただけでしたので、そのまま集中治療室を出ようとしたところ、いろんな管のついている手を必死で動かし「バイバイ」の合図。
これには周りにいた8人ほどの先生や看護士さんも驚き、皆で大笑い。手術後一番心配なのが、脳に関する合併症でした。一度心臓を止め、人工心肺の機械を使って血液を全身に送るため、心臓を閉じて再び通常通りに血液を戻す際、どうしても小さな気泡が血管に入ってしまいます。それが血管を通して、全身に回るわけですが、大きな気泡が脳の重大な場所に入ってしまうと、少なからず脳障害を起こしたり、場合によっては死亡する可能性もあるとのこと。これは、現在の医学では世界中どこでやっても、避けられないことです。そのため、手術後にはそのへんが心配だったのですが、「バイバイ」をしている姿を見て、先生たちも「これなら大きな脳障害もなく、きっと心配も入らないでしょう」との事でした。

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上の写真は、手術翌日の昼過ぎ、まだ十数時間しか経っていない集中治療室の様子で、「写真を撮っていいか」と聞いたらVサインで答えてくれた瞬間です。

夏で汗をかくためにどうしても傷の乾きが遅く、予定よりも数日ほど退院が遅れましたが、術後の経過もきわめて良好で、昨日退院をし、先生たちのお陰で来週の始業式から学校にも通えることになりました。

僕は、これまで息子の事を他人様の前で誉めることはありませんでした。基本的には、これからも他人様の前で誉めるつもりはありません。
ただ、今回ばかりは本当によく頑張ったと思います。

手術をする決断にしても、母親や親族たちが心配したり手術に同意しきれない中で、きっぱりと決断した態度は、手術に積極的だった僕も驚くほどのものでした。
夏休みに予定していた受験勉強の代わりに、塾からたっぷり出された宿題も、何とか昨日までに終えたとのこと。
自分なりに体力を回復させるリハビリのため、感染症の心配から屋外に出られない中、病院内を歩いて体力回復に努めていました。
しかも、この入院の間に、どうやら僕の身長を超したようです。

この夏の彼は、本当によく頑張ったと誉めてやりたいと思います。

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この間、母親と交互に付き添いしたり、塾に代わって勉強を見てやったり、あるいは色んな手続きなどでかなりの時間を子どもに費やすことになりましたが、その間、仕事の関係では迷惑をかけてしまった方々も多かったと思います。中には、ほとんどの取材を終え、これから20ページ分の原稿を書こいて制作段階に入ろうという段階になってバタバタとしてしまい、締め切りを大幅に遅らせてしまって迷惑をかけてしまったものもあります。
何かとフォローをしてくれた仕事仲間には、大変申し訳なかったと思います。

そういうことを含めて、今回の事では、本当に「感謝」という言葉しか浮かびません。

担当してくれた医師や看護士の皆さんはもちろん、本人や僕の事を励ましてくれた皆さんにも、感謝の気持ちでいっぱいです。福祉のありがたみをこれほど感じた事は、今までにはありませんでした。

これから、僕が、そして当人が、どうやって生きていくのか、どうやって感謝の気持ちを返していくのか、それはこれから考えていかなければならない事です。
ただ、今日のところは、ご報告とお詫びと、そして感謝の気持ちだけ表明させていただきたいと思います。

息子が完全に元通りの生活を送るまでにはもう少し時間が必要(心臓の開胸手術は胸骨を折って手術をするため、息子は今でも骨折している状態です)で、まだまだ手間も気持ちも抜くことができませんが、退院ということで僕の気持ちもだいぶ楽になりました。

このブログも、徐々に復活をさせていきたいと思っていますので、これからもよろしくお願いいたします。


2009年8月11日 (火)

ちょいと近況報告

このところ個人的に懸案だったことが、昨日ようやく無事に山場を越えました。昨日が一番大きな山でした。

まだまだバタバタとしておりますが、少しホッとしています。
いろいろな方やいろいろな事に感謝したい気持ちなんですが、何よりも、この感謝する気持ちをいつまでも忘れないようにしたいと思っています。

まぁ、そんな近況報告でした。

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それと、毎年恒例の『浅草においでよ!』も、もうしばらくすると発行されます。写真は、まだゲラ段階のもの。
これについては、また改めてご報告します。

2009年7月14日 (火)

1988年の夏


昔撮った写真を探していたら、21年前の僕の写真が出てきた。

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20歳の頃だから、年齢はいまの半分。
体重はいまの3分の2。


2009年7月 7日 (火)

天気が良いので、朝顔も猫も元気たっぷり


今日は久しぶりにゆっくり出来る予定で、このブログの更新やら片付けやら、あるいは貯まっている課題(書類整理や出版の企画書づくり)をするつもりだったのに、午後になってから急にバタバタし出して、結局、あんまりゆっくり出来なかった。

まぁそうは言っても、朝はいつものように4時半頃に起き、今週から朝は少し散歩をしているので、先に散歩してついでに朝ご飯の食材でも買って来ようと思ったら、今日は入谷の朝顔市だ。ということで、カメラを持って散歩がてらに入谷まで行ってきた。

入谷の朝顔市(入谷朝顔まつり)については去年紹介したので、もし詳しく知りたい人は→去年の記事←をどうぞ。

朝顔市だけに朝早くから各露店は始まっているけども、さすがに5時だとお客はまばらで、仕入れのトラックなどが出入りしていたが、客がいない分、ゆっくりと写真が撮れた。
撮った写真は、いつものように「浅草の風」に、今日と明日に分けて投稿しているので、もしよかったらそちらもどうぞ。僕が投稿した写真は入谷朝顔市記事一覧の方が見やすいかも。

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写真を撮りながら歩いていると、まだ客もいないせいか、いつも以上に売り子さんに声をかけられる。が、なんと財布を持たずに来てしまったので、「すみません。今日は写真だけなんですぅ」と言い訳しながら歩いていた。
で、真源寺の近くのお店で、ちょうど日が射して明るく撮りやすい花があったので撮っていると、またもお店の人に勧められる。で、またも断って写真を撮らせてもらっていたら、売り子のおじさん、あんまり暇で退屈していたみたいで、いろいろと朝顔について教えてくれた。

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入谷の朝顔市で人気あるのは、上の写真の「団十郎」という柄らしい。以前から言っているように草花にはまったく知識がないので知らなかったが、江戸時代から人気のある品種のようだ。もちろん、歌舞伎役者の市川團十郎から来ていて、「おぉ、言われてみれば、市川家の柿色に似ている」と納得。しかも大きな花がつくところからも、代々の市川團十郎という役者が魅せてきたダイナミックな演技と結びついているらしい。以前に書いた記事で紹介した「暫」は、まさに柿色の大きな着物を着て演じるもので、江戸時代のスーパースターである團十郎の十八番の一つだ(そういえば、まだ團十郎の記事は完結していなかったのを思い出した……)。

おじさんの解説によると、上の写真ほど花びら全体が柿色に染まっているのが、良い団十郎だそうで、多くは下の写真のように花びらの外側が白くなってしまうらしい。
でも、僕的には外側が白いのもかわいいなぁと思うけど、そう思うのは素人のアカサタナってことなんだろう。

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せっかくのお薦めだけど財布がなければ仕方ない。「せっかくなんで明日また来ますね」と言うと「こいつは明日にはないよ。今日の午前中には売れちゃうねぇ」とのこと。さらにおじさん曰く「やっぱり朝顔市は朝来ないとね。朝来て、朝顔がどんな風に開くか見ないと、よく分かんないでしょ」だそう。
植物にあまり興味がないとはいえ、なるほどなるほどと勉強をさせてもらい、一通り撮影も終えて帰った。

ところが、考えてみると朝ご飯の食材を買いにもう一度出かけなくてはならなくて、だったら、せっかくなんでおじさんのところで朝顔でも買って行こうかと、今度はスクーターで再び朝顔市へ。
ということで、おじさんのお薦めする鉢を買ってきた。最後に、もう一つおじさん曰く「こんだけ大きな花を上手く育てられたらすごいもんだけど、なかなか上手くいかないんだよなぁ。兄ちゃん、頑張んな」とのこと。正直言ってきっと僕には無理なので、いま老人施設の手伝いをしているので、週末にでもその老人施設に持って行ってあげて、上手に育ててもらおう。下の写真は、スクーターに乗せた鉢。

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帰ってから朝ご飯を作って、先ほど書いた老人施設の手伝い仕事が今日入稿なんで、それを仕上げてから朝ご飯を食べて、今日撮ってきた写真やこのところ撮りだめたままの写真などを整理した。
もちろん、「浅草の風」「メイプル・ブログ」や、それからこのブログの記事のための写真整理。

午前中に、「浅草の風」や「メイプル・ブログ」にアップして、いよいよこのブログを書こうかと思ったら、お客さんから電話があって、急ぎの用事を頼まれてしまった。

「浅草の風」や「メイプル・ブログ」は写真だけなんで、写真の整理が終わればすぐにアップできるし、「メイプル・ブログ」にいたっては予約機能で2週間分くらいをいっぺんにアップしているっていうのもあるんで楽なんだけど、このブログは文字中心だからそうも行かない。
文章そのものは、暇な時やフッと思った時に荒原稿を書き溜めているんだけども、実際に記事として仕上げる前に、いろいろ調べ直したり本を読み直したりして、そうこうしているうちに「あれも書きたい、これも載せたい」って長文になっちゃったりしながら、原稿によっては、それなりに時間がかかってる。まぁ今回の記事みたいに他愛もないことを書いている時はまだしも、それでも10分、20分では仕上がらない。

「肝心の自分のブログを更新しないでどうする!」と、自分に突っ込みを入れながらも、昼からフル回転で仕事に邁進。もともと夕方には打ち合わせが入っていたんで、午前中ダラダラしていた分、今日はいつも以上に慌ただしかった気がする。

その間、「浅草の風」の風さんが、朝顔市の帰りに稲荷町まで足を伸ばしてくれたらしく電話をくれたが、ちょうど打ち合わせに行く直前で、残念ながら時間が合わずにお断りしてしまった。さんざんメイプルの宣伝をしているんで、メイプルに寄ってお茶していってくれたらしい。有り難いことです。

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で、そんなこんなでバタバタしていて気がつくと、いつもはうるさいくらいにまとわりついてくる猫さんたちが、今日は仕事部屋に来ない。そういえば、午前中にベランダで遊んであげてから、ずっと2階にいるみたい。
どうしたんだろう?と2階の様子を見に行くと、珍しく3匹仲良くベッドでゴロ寝。

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もっとも、僕が2階に上がったら起きてしまって、アンさんとドンさんは追っかけっこを始め、ビビさんは仕事部屋で僕の膝に乗ってきてしまった。
珍しく大人しいのも心配だけど、やっぱり騒がしいのはたまらない。

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もうちょっと忙しくてブログの更新もママならないが、「長屋界隈」も「浅草風情」も「活字生活」も更新するネタはたくさんあるんで、暇を見つけて書かなくては……。

そういえば、先日、ブログを読んだ友達から、「ブログの文章が長過ぎ。それと、雰囲気が固過ぎてコメントと書けない」と言われてしまった。う〜ん……。
長文なのは仕方ない。仕事と違って、あまり短くする気がなく、好きなだけ文字を書くためのブログだから。もっとも、これでも半分くらいに絞り込んでいるつもりなんだけど……。
まぁ、長文なのは許してもらうとして、コメントは遠慮せずどんどん残していってくださいな。

ということで、とりあえず今日はここまで。


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2009年6月26日 (金)

運転には注意を、人には愛を


仕事が暇だったわりに、まったくプライベートのこと(例えば仕事場の片付けとか)が片付かないうちに、ボチボチ忙しくなってきていて、昨日も寝たのは10時くらいだけども、今朝は3時くらいに起きて仕事をし始めた。

で、今、少し休憩をしようとアイスを買いに行ってコンビニから出たら、メイプルのすぐ目の前の道路にトラックが停まっていて、その後ろにパトカーが警告灯が点けて停まろうとしていたんで、「あ、誰かがお巡りに交通違反で捕まったな。メイプルの前だし、メイプル用ブログのネタにでも写メっておこうかな」なんて道路の対面から近づいたら、けたたましいサイレンとともに救急車が現われて、ストレッチャーが出てきたんで、「ありゃ? 人身事故だったのかっ」って思い直して近づいてみた。

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なんと、救急車で運ばれようとしていうるのは、近所のおじさんだった。 おじさんがスクーターで走っているところで、トラックと接触して転倒したらしい。事故を見ていないので、どちらに問題があるのか分からないが、おじさんは自分で立ち上がって救急車に乗って行ったので、それほど大事にはならなかったみたい。 とりあえず、何にせよ大けがにならなかったのは何より。

このブログならいざ知らず、大事にはいたらなかったとはいえ、飲食店のブログに人身事故の写真を載せるわけにもいかないので、こちらに掲載してみた。
車だろうと、スクーターだろうと、自転車だろうと、運転するときは注意しなくちゃ。

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自転車と言えば、こないだ書いた記事で紹介した自転車同士の事故の現場を昨日通ったら、こんな看板が立っていた。言問通りをひさご通りと千束通りが挟んでいる交差点だ。

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どんな事情かしらないが、とりあえず逃げないでちゃんと対応しないとね。
大人だろ。

ということで、こんなことをしている暇はないので、You Tubeから2曲を。
嫌なことがあって逃げ出したくなる人も、悲しい出来事があって暗い気持ちになっている人も、勇気が出ずに泣いて立ちすくんでいる人も、どうぞ。
最初の曲だけじゃなくて、その後の曲もセットで聴いてもらえれば……。


 ♪大人だろ〜
  勇気を出せよ〜

   ♪さぁ笑ってごらん
    HA・HA・HA・HA・HA〜





2009年6月20日 (土)

天気がいい日は元気よく


昔の僕は典型的な夜型人間で、仕事をしていても夜中の1時くらいからようやくエンジンが温まって、夜通し朝まで作業するのが当たり前の生活だった。
ところが数年前に突然、朝型人間になった。特別なキッカケがあったという記憶はないが、それから未だに毎朝早くから起きている。

朝4時から5時頃にかけてが起きる時間。そのかわり、夜は早ければ9時、遅くても11時くらいには寝ている。もちろん、仕事で徹夜になることもしばしばだけど、基本的にはそんな生活パターン。

朝起きると、まずはメールの整理やネットの徘徊、それから仕事の準備とかで2時間くらい。6時半くらいから7時くらいになると、ゴミを出したり、近所の24時間営業のスーパーマーケットで買い物。その後、朝ご飯を作り始めてご飯を食べて、8時くらいから本格的に仕事を始める。

で、こないだ朝買い物をしてゴミを出していたら、この長屋のすぐ近くに事務所がある編プロの社長さんと鉢合わせ。社長も誰もいない時間が落ち着いて仕事ができるとのことで、朝7時過ぎに事務所に出勤しているらしい。
で、その社長さんと挨拶したら、今度はメイプルのママが自転車で出勤。

実は、長屋の近くの編プロを紹介してくれたのが、メイプルのママ。メイプルに僕の出した本を売ってもらっていたことがあるんだけども、その本を見た社長さんが、浅草の原稿を書けるライターや編集者を探しているとのことで、僕を紹介してくれた次第。

朝から思わぬ3人鉢合わせ……って、別に悪いことじゃないから鉢合わせってこともないけど、まぁ不思議な朝だった。

そんな梅雨の合間のある晴れた日、長屋の路地から垣間見える青空。

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そういえば、上の写真の端に小さく写っている植木のこと。
この長屋の前に誰かが置いていってしまって、放置されて枯れそうだった植木だったんだけど、植木鉢を大きな物に替えて水をあげたり栄養剤をあげたりして、何とか少しずつ新しい枝も増えてきて、ようやく今年、10個の実をつけるまで復活した。

そして、すっかり何ていう名前の木なのか調べるのすら忘れていたら、今年、「お富士さんの植木市」に行ってようやく判明。グミだった。
いやぁ〜、僕は植物のことはまったく無知の素人で、恥ずかしながらグミの木ってものをまったく知らなかった。グミの植木鉢の横に、僕の母親が「何も植物がないと寂しいから」と置いていった植木が、ゴムの木だってことすら最近知ったりして……。

と、まったく植物に無知な僕が育ててるグミ。

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それから、朝早く起きていると言えば、1ヵ月以上が経ったけど、朝はキヨシローの音源を聞いたり動画を見てメソメソしていたりする。この数十年間抑えていた“悲しい”という感情がどっと溢れてきてるような……。でも悲しいとかっていう気持ちよりも大きな喪失感というか……。まぁ、朝一人で考え事している時だけ、ちょっと油断している時間帯ってことで。
一人でメソメソしていると、猫たちが膝の上に乗ってきて甘えてくるので、ハッと我に帰る。

って、すっかり日記のような記事になったんで、最後にうちの猫たちの中からアンさんの登場。
アンさんは、鼻筋の通った男前だけども、実はか弱いメス猫だったりする。

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長屋から観た五月晴れの青空が、あまりにも青々としてキレイだったんで書き始めたけど、こういうブログも、まぁたまには……。


 ♪忙しいぜ とても 遊んじゃいられねえ

  気にすんなよ 気にすんなよ Baby
  この愛は変わらない

  そこのとことをググっとおさえて
  働くんだ 眠らないぜ 締め切り間近だ

  邪魔すんなよ 邪魔すんなよ Baby
  お前を忘れはしないさ〜




2009年6月 8日 (月)

今年の初フェス……〈頂〉


昨日は、「頂 日本平大音楽祭 2009」というイベントのため、静岡県清水市まで行ってきた。

一昨年の浜石祭りから3年連続で行ってることになるのかな。
今年の夏フェスがスタートという感じ。

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最近は、ロックフェスとか言いながら随分とお行儀のいいフェスが多くて、行儀の悪い僕はかなり不満だ。と言いながら、何だかんだと行くんだけど……。
今回の「頂」くらい、ゆるくて人の少ないフェスが一番楽しい。

1ヵ月ぶりに、一日中いろんなアーティストの音楽を聴いていた。
少しリハビリになったようだ。


2009年6月 6日 (土)

新しい相棒


去年7月にスクーターが壊れた。ボロボロになるほど乗り回したので寿命が来たんだろう。
金もないし、しばらく買えそうもないなぁと思っていたら、先月、急に金が入った。

去年の秋、実家の車がぶつけられて、こちらは責任ないんだけども、いろいろあって向こうからの賠償金の入金が遅くなっていて、すっかり忘れた頃に振込があった。まぁ話せば長くなるんで詳しくは割愛するけど、すでに車はぶつけられたタイミングで廃車にして買い替えたんだけど、保険が僕の名前で入ってて、僕のところに振り込まれたというわけ。
そのお金から、車の購入代を差し引いて少し余分のある分で、スクーターが買えることになった。

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今回のスクーターになんて名前をつけようかと、いろいろ考えてみた。

まぁ、今年の5月は忘れられない月になったんで、それを記念してみようかなぁっていうのが、まず頭に浮かんだ。

ってことで、まずは「キング」。「ゴッド」とも呼ばれていた。最後のアルバムタイトルが『夢助』だったように、晩年は「夢」という言葉もよく口にしていた。晩年の前に昔から言ってたのは「愛し合ってるか〜い」。「イエ〜イってイエ〜」や「ガッタガタ」っていうのも。昔からと言えば、原点で考えると「リズム&ブルース」。それに「ソウル」。ソウルって言うだけじゃ語呂が悪いから「ソウルマン」の方がいいかな。マンを付けるなら「バンドマン」というのもある。バンドと言えば「RC」。略さないと「リメインダーズ・オブ・ザ・クローバー・サクセション」。RC時代の代表曲と言えば「雨あがりの夜空に」かな。それとも「スローバラード」か。僕が好きになったのは「トランジスタ・ラジオ」から。好きなアルバムは「シングルマン」かな。でも最初に買ったアルバムは「プリーズ」だったと思う。他にもいろいろアルバムはあるけども、やっぱり転機となった「カバーズ」は、僕も忘れられないアルバム。RC以外のバンドでよかったのは、「タイマーズ」。「ラフィ・タフィ」ってバンドも良かった。アルバムのタイトルで言うと「メンフィス」と「グッバイEMI」と「レインボー・カフェ」。「十字架」シリーズは話題にもなった。RC以外のシングルで言えば「ジャンプ」は欠かせない一曲。映画「119」とチッタの「日本を救え」は、個人的にとって忘れられないイベント。多くの人に「リスペクト」されてた。

なんて考えていると、いっそのこと全部名付けちまえってことになってしまい、でもそうすると……。

例えばバイクが壊れたりして、このブログで書く時も、
「今日、走っている途中で突然、『リメインダーズ・オブ・ザ・クローバー・サクセション・キング・ゴッド・ドリーマー・ウィーオールラブイーチアザライト・レッミーヘアユウセイイエ〜・ガッタ・リズム&ブルース&ソウルマン&バンドマン・ナイトスカイアフターザレイン・スローバラード・トランジスタラジオ・シングルマン・プリーズ・カバーズ・タイマーズ・ラフィタフィ・メンフィス・グッバイイーエムアイ・レインボーカフェ・クロス・ジャンプ・ワンワンナイン・セイブジャパン・リスペクト・キヨシ・スペシャル号』がエンコして、どうにもこうにも動かなくなってしまった」
なんて書かなくちゃいけなくなる。
これじゃぁまるで『寿限無』のようで、ただでさえ長い僕の書く記事が、余計に長くなってしまう。

ってことで、簡単に「ドリーム号」ってことにした。  

*  *  *  *  *  *  *

スクーターはいい。活動範囲も広がる。
それに、経費削減になる。スクーターの購入費やメンテナンスや保険にかけるお金を含めても、電車などの交通機関だけを利用しているときに比べて、毎月5千円〜1万円の経費削減になる。
で、やっぱり、走っていて気持ちいいのが一番。

今日も新しい相棒「ドリーム号」で下町を走ってます。



2009年5月28日 (木)

つんどく……だけでは済まされない


先月半ばから今月半ばまでかなり忙しかったが、今年はそれ以外も割と忙しく過ごしていることが多い。
暇だったのは4月の初めから半ばまでで、あとは何だかんだと忙しかった気がする。

そんな忙しさもようやく落ち着き周りを見渡すと、仕事部屋中、机中が書類や本、雑誌、ゴミの山だった。さらにパソコンもデータが散乱していたり、不必要で余計なものがたまっている。メールも未読が1000通近く……。
毎度のことながら、忙しさの後の整理は苦労する。

ということで、この数日、片付けをしていて、今日は散乱していた本や雑誌がようやく片づきつつある。

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いつ頃からか、「いつか読もう」と山積みにしておくだけで読んだ気になることを「積読(つんどく)」と言うようになった……と思っていたら、この言葉、実は明治時代に普及した俗語らしい。明治に普及した言葉だとすると近代文学の世界などには出てくるのかもしれないが、残念ながら僕は文学青年ではなかったし、1〜2年前まで知らなかった。

音の響きもいいし、たしかに「積んどく」だけで満足できる部分もあって、なかなか秀逸な俗語だと思う。
僕の場合、映画や芝居の関係の出版物、雑誌、劇場パンフレットなどは、買っておくだけで一度も開かないで何年も経つことが多い。とりあえず買っておかないといけない気分になるけど、書いてあることはパラっと見れば大凡見当がついてしまったり、あるいは急を要さないので後回しにしたり……。
まぁとにかく、僕と同じような仕事をしている人は、十中八九、「積読」の本が常に机や書棚に積まれていることだろう。

仕事の資料も含めて、いつも数冊の書籍や雑誌を並行して読んでいるが、読むべき本がたくさん貯まっていても、買おうと思う本はすぐに買っておくことにしている。
仕事の資料などで「この本は1回読めば十分」という場合だったり、よほど値段が高くて手が出ない場合だったり、そういう時は図書館で借りるが、基本的には読もうと思う本は買う。
もちろん仕事でいただいたり、取材経費として買えることもあるが、本が売れないという時代に、せめてそこで稼いでいる人間として買えるものは買わないと、出版業界内デフレ・スパイラルだ。
結果的に一度読めば十分だった本もあるので、贅沢と言えば贅沢かもしれないが、買いたい時に買ってとりあえず山積みにしておくと、数カ月先か数年先か分からないが、いずれは読むことになるので買っておく意義は十分にある。

という思いで、この数カ月で買って貯まったのが上の写真の本。
後ろの雑誌と合わせると、約40冊も「積読」になっていた。

*  *  *  *  *  *  *

鞄に入っている読みかけの3冊を合わせると、1日1冊読んでも簡単には片付きそうにない。しばらくは新しい本を買ってる暇もない。

ただ、あんまり悠長なことを言ってられない。

実は、出版フリーランサーの仲間数人が「読書サロン」なる読書会を月一回開いていて、そこに参加している。とくに決まった本を読むとか、テーマが決まっているとかではなく、自分が読んだ本で紹介したい本について感想を語ったり、自分なりに解説するというゆる〜い読書会だ。自分が仕事で関わった本を紹介してもよく、そういう場合は出版裏事情も聞けるので、フリーランサーとしては有意義な情報交換になる。
ライターや編集者や校正者など参加者の職能も多様だし、それぞれ得意分野も違うので、自分の知らない本に出会うことがあり、お互いに刺激になっている(と思う)。

僕は毎月出られるというわけではないが、この会のお陰で、とにかく月1冊は人に紹介できる本にたどり着くようにしよう、と目標を持つことができた。それまでダラダラと本を読んでいたが、こういう目標を持つと読書にも気が入る。相手が出版フリーランサー、しかもほとんど僕よりも先輩たちというのも、僕にはとても勉強になるところだ。

で、その「読書サロン」で今週末に泊まり込みの読書会を開くことになっている。泊まり込みと言っても、僕以外は呑ん兵衛ばかりなので、要するにそれを口実に終電を気にせずに酒を飲もうということなのだが、それでも数冊は持って行かないと格好がつかない。

ところが、最近の既読した本の中には紹介するような本はなかった。
あと1日半、積読の中から紹介できる本は見つかるだろうか。
暇になったはずなのに、何だか忙しないなぁ……。

2009年5月25日 (月)

風に吹かれて


もう3週間ほど前だが、浅草を歩いていると、いくつかの店先で風鈴が出始めているのを見つけた。
風が強い日で、風鈴も忙しそうに音色を奏でていた。

ということで、そんな風鈴の写真を3枚ほど。

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ボブ・ディランの代表曲に「Blowin' in the Wind」という曲がある。「How many roads must a man walk down Before you call him a man?」と唄い出す曲で、日本でもお馴染みだ。RCサクセション時代の忌野清志郎が、アルバム『COVERS』の中でその曲を「風に吹かれて」というタイトルでカバーしている。

 ♪どれだけ強くなれたら 安心できるの?
  どれだけ嘘をついたら 信用できるの?
  いつまで傷つけ合ったら 仲良くできるの?
  その答えは風の中さ 風が知ってるだけさ♪

発売中止騒ぎになった『COVERS』は、タイトル通り様々な洋楽ナンバーをカバーしているが、その訳詩が秀逸で名曲ぞろいだ。
「反戦・反核・反原発」というメッセージ性が高く、当時RCサクセションのファンの中にはついて行けない人も多かったし、逆にこのアルバムで新たなファンを開拓したともいえる。実際にはバンドメンバーも、メッセージ性が高過ぎてついて行けなくなりつつあり、その後の活動中止の端緒になったと指摘する人も多い(たしかに端緒にはなっているのだが、活動中止の実際の原因は、バンド全体の行き詰まり以外何ものでもない)。
ただ、いずれにしても元々名曲なところに、秀逸な訳詞と忌野清志郎の聞き取りやすい歌声かメロディに載り、一曲一曲が素晴らしい出来だと思う。
もしこれから忌野清志郎を聞こうという人がいれば、ぜひ聞いてみてほしい。

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風鈴といえば、浅草ではほおづき市があとひと月ほど。その前に、今週末は「お富士さんの植木市」だ(詳しくは、→浅草観音うら一葉桜振興会のサイト←を参照してください)。
当日は行くつもりなので、写真が撮れれば、また詳しくご報告します。

梅雨が近づいて、陽気も心もジメジメしがちだが、風に吹かれて心くらいは晴れやかに……。


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2009年5月21日 (木)

田原町は浅草の南の玄関口


銀座線田原町の駅から雷門へ向かう道筋に、「雷門田原商店会」がある。南は寿司の「日本海」から国際通りを北に向かい、雷門通りのぶつかる「鮹松月」の角を東に向かって、焼肉「大三苑」までの一角だ。

その雷門田原商店会では、しばらくの間「街並み環境整備事業」という工事をしていたが、先月4月に完成した。
それを記念したセールが、今日2009年5月20日から5月24日までの間に催される。
期間中に買い物をすると、先着1200人にオリジナルエコバックがもらえたり、クイズに答えて応募すると、1万円分の旅行券や、ホテルサンルートの宿泊券などが当たるとのこと。

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ということで、今回は雷門田原商店会の写真をどうぞ。

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さて、まったく関係ない話だが、東京でも新型インフルエンザを発症した人が出たとか。
予防のためにある程度過剰に反応するのは仕方ないが、ちょっと騒ぎ過ぎじゃないか……、などと思っていたら、一昨日から昨日にかけて、子どもの家でちょっとしたインフルエンザ騒ぎ。
娘が風邪で高熱を出したお陰で、3軒ほど薬局をめぐってマスクを探したが、病院関連の薬局でもマスクが売り切れているらしい。

医学に精通しているわけではないのでウッカリと決めつけてはいけないが、マスクの最大の効果は、基本的に「他人にうつさない効果」なんで、極めて健康な人がマスクをしても、「してないよりもマシ」って程度のはず。それよりも、実際に新型インフルエンザにかかった人がマスクをつけて、クシャミなどからの飛沫感染を防ぐことの方が、よほど日本全体としては感染拡大の予防になる。それに、お年寄りや別の病気などで身体が弱っている人こそ、例え「してないよりマシ」でもしなくてはいけない。
どうしてもしたい超健康志向な人の邪魔をする気はないが、そのお陰で風邪やインフルエンザにかかっている人、本当の意味でマスクを必要としている人が、マスクを買えないというのは本末転倒だってことくらいは指摘しておきたい

ま、皆さん、いろんな意味でインフルエンザにはご用心。


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2009年5月18日 (月)

のんびりと過ごす一日


今朝起きたら、疲れていたためか、体調がいまいちだったんで、今日は仕事を休んだ。
一日丸々休みだったのは、一か月以上なかったんで、久しぶりにのんびり、まったりと過ごせた。

ちょうど昨日の夜は、子ども達のご飯作る日で、向こうの家に泊まってたんで、そのまま寝てた。

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今日は一日いい天気。しかも適度に風もあって、最高の洗濯日和だった。

いつものことだが、まぁ洗濯物の量が半端じゃない。子ども二人とも色気づき始めたんで、やたらマメにシャワー入ったりする。バスタオルだけでも13枚もたまってた。

ただ、うちとは違って大きな洗濯機で、これまたうちとは違ってベランダも広いってこともあって、朝干した2回分の洗濯物は、午前中に気持ち良く乾いてくれた。
で、昼にもう2回洗濯機を回して干したけど、これまた夕方になる前にはバッチリ乾く。
気持ちいいくらい乾くんで、あと一回くらい回したかったけど、さすがに残ってなかった。ベッドや布団のシーツとかやってもいいんだけど、さすがに自分の家じゃないのに、そこまでやるのも何かと思って、やめておいた。

洗濯物を干して、WOWOWやDVD見ながら一寝入りして起きると乾いているんで、タイミングも良かった。

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結局、洗濯したり掃除したり、合間々々に昼寝したりして、夕食の準備をして帰ってきた。
写真は副菜として作った「ジャガイモと豚肉のシャキシャキ炒め」。料理研究家・ケンタロウのレシピから。最近、割と気に入って、何度か作ってる総菜。

今年は、上の娘が大学受験、下の息子が高校受験。
出来るだけおいしくて栄養のあるものを作って応援してあげたい。

昔の僕は、「家族より仕事」的なところが少しあった。まぁそれでも、昔から子どもたちの面倒は時間の許す限り見ていたつもりだけども、家族をないがしろにしていた部分はたくさんあっただろうと思う。
それが遠因で離婚しているわけだから、子どもたちの人生に多少なりとも影響を与えてしまったことは間違いない。

だから、僕が彼らに料理を作るのは、ある意味でつぐないでもある。「つぐない」と言うと、何か義務感でやってる印象になるかな……。
まぁ、あくまでも自己満足に過ぎないだろうが、僕はおいしい物を食べると幸せになれると思うし、味覚には少しばかり自信があるのと、高校から大学にかけてバイト先で磨いた料理の腕もあって、できるだけ家族においしい料理を作ってあげたいと思ったのが数年前。
以来、毎日の自分の朝ごはんと家族たちの料理は、ほとんど日課となっている。

*  *  *  *  *  *  *

ということで、今日は久しぶりに、のんびりまったりと過ごした。

明日からはまたせっせと仕事して、子どもたちの教育費を稼がないと……。


2009年5月17日 (日)

ベランダと猫と徹夜明け


このオンボロ長屋は、当然ながら庭なんて立派なものはありゃしない。まぁこの界隈の家はほとんど庭なんてない家ばかりだ。だからせめてもの慰みにって思いで、どの家も軒先に植木鉢なんぞを「これでもかっ」てくらいに置いている。

庭がないから、どの家も、布団や洗濯物は二階の窓辺かベランダに干している。
ベランダって言ったって、所詮屋根の軒下を利用してるだけなんで、めちゃめちゃ狭い。うちにも小さなベランダがあるが、なんてったって幅が半間しかないんで、人が一人寝られる程度。これじゃぁ猫の額どころか「ノミの額」くらいなもんだ。

で、そのベランダ、一昨年に床の板が腐って抜けて、大きな穴が開いた。まぁ前から床はいつ抜けてもおかしくないくらいだったんで、人がベランダに出ることはなかったが、猫さんたちにとっては、唯一の屋外空間だったんで、それから約1〜2年の間、猫さんたちは外に出ることが、ほとんど出来なくなってしまった。しかも、放置している間に台風で軒の屋根も壊れた。

今年の4月、まだそれほど忙しくなる前に……というか、本当は忙しくなるはずだったんだけど、原稿が遅れ遅れになってたんで、待機しているだけの時間が空いていた……、春になって暖かくなったんで、ベランダを改築した。
改築と言っても、全部自分でやっちゃったから、素人の大工工事でかなり雑な仕上がりなんだが、まぁ猫たちが日なたぼっこするには、これで十分。


おかげで最近、猫たちはすっかりベランダがお気に入り。

ということで、今回は久しぶりに、うちの猫さんたちの紹介。

まず三匹がそろったスリーショット。ちょうど改築中に、待ち切れなくて外に出てきたところ。左から、ブチがドン♂、黒いのがアン♀、虎毛がビビ♀(みんな僕が好きな映画の登場人物の名前から。さて、何て映画でしょう?)。

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最初に、アンが乗ってるのは、爪磨ぎスペース。猫たちのおかげで使えなくなった籠をひっくり返しただけですけど。

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次は、ビビお気に入りの小部屋。入口の淵がギザギザになっていて、自分たちでそこに顔や身体をこすりつけて、痒いところを掻くことができる。ビビは痒がりなので、よく鼻先を掻いている。

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ドンは、猫草エリアでドカっと寝転ぶのが好きなようだ。
猫草だけじゃ寂しいんで花の鉢植えなんかを置いてみたけど、ドンが荒らしてすぐに駄目になった。

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ビビが見つめているのは、ネズミのおもちゃ。屋根から紐でぶら下げている。マタタビを少しだけ中に入れてあって、ネズミを動かすとマタタビの香りがするので、時折狂ったように遊んでいる。

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ここが一番の人気スポット。網の向こうが裏路地なので、通行する人を眺めたり、カラスや雀が飛んでくるのを眺めている。

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最後に、3匹それぞれのアップ。

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ビビは賢い猫。本当に頭がいいと感心させられることが多い。
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欠伸しているアンは、ギャオスにそっくり。ギャオスがわからない人は、→こちらをクリック←して確認してもらえると、少しわかってもらえると思う。
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ドンはまだまだ子どもということあるが、「末っ子の男の子は、甘ったれでワンパク」というのは人間と同じようだ。
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このベランダはベッドに沿っているんで、徹夜明けで寝る時は、猫がベランダで日なたぼっこしている姿を見ながら寝る。
これがなかなか気持ちE〜(シャウト!)


2009年5月16日 (土)

お好みの「粋」は?……〈三社祭〉


今年も三社祭が始まった。

詳しい様子や詳細情報などを知りたい人は、「浅草の風」を見てほしい。
そのうちに僕の写真もアップされるので、どうぞ。

あとは、「江戸ネット」という個人サイトもとても参考になるので、どうぞ。

ということで、昨日は「大行列」と「宵宮」の撮影をしてきた。
「浅草の風」に投稿する写真とは別に、このブログ用に、いろんな半纏を撮ってきた。
個人的には、仲見世の青い半纏が粋だと思うが、それぞれにお好みの半纏を見つけることができるだろうか……。
(画像をクリックすると、大きな画像が見られます)

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さて、最後におまけで、大行列に参列していたキレイどころを少しばかりご紹介。

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ちゃきちゃきの“浅草っ子”で、代々芸妓さんというお家ご出身の乃り江さん。

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紗幸さん。浅草では初のオーストラリア人芸者。イギリスのオックスフォード大学で博士号をとったという才女。

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昨年の『浅草においでよ!』で協力してもらった、こず江さんと千福さん。

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このブログでも何度か紹介させてもらっている聖子さん。

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ということで、今日からいよいよ三社祭も本番
今年は本宮が出ているので、今頃、盛り上がってるだろう。


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2009年5月10日 (日)

背なで泣いてる祭半纏


僕の下唇の下には、長い髭が生えている。
口の周り全体に髭が生えていて数日毎に切りそろえているが、唇の下の髭だけは、長いまま切らずにいる。

3年前にキヨシローの喉頭がんが発表されてから、ずっと切っていない。

無信心な僕だから、別に願をかけているとかそういうわけではないけども、日常の生活の中で、キヨシローが病気と闘っていることを忘れたくなかった。
ひと時も忘れたくないということではなくて、例えば神社に行ったとき、神様にお願いすることなんてずっとなかったが、せっかくだからキヨシローの病気快復をお願いしておこうとか、そういう時に忘れないように、自分の中にマーキングしておいた。

僕はまだ、その髭が切れないでいる。


僕が泣こうが喚こうが、時間は勝手に過ぎていく。
相変わらず仕事は忙しくほとんど缶詰状態で、作業の合間を見計らって3〜5時間寝るという生活が続いている。
そして僕のiTunesからは、ずっとキヨシローの曲が流れ続けている。

でも、忙しいおかげで、あまり余計なことを考えなくて済んでいる。

僕は二十数年前から、悲しくて泣くということがなかった。
悲しくて泣いても良いことがないからだ。

良いことで感動して泣くなら、周囲の人と感動を共有しあうことで感情の増幅が起こるという効果もあるから意味もあるが、悲しみを増幅してもつらいだけだ。
泣くという感情の発露をすることで、自分の感情を逆に抑えることもある。だけどこの二十年ばかり、泣かないと自分を抑制できないほど悲しい出来事はなかった。
ホロリとする程度がないわけではないが、基本的に悲しいことで止めどなく涙があふれるということはなかった。

だけど今回は、涙があふれて来る。
人前や仕事の中では普段通りに生活しているけども……、iTunesの音に合わせて、好きな歌を口ずさんでいるときに……、夜中に一人で仕事しながら、コーヒーを飲んで一休みしている時……、徹夜明けの昼間、寝る前にベランダで猫が遊んでいるのを眺めている時……、油断して「もう清志郎さんはいないんだなぁ」って思ってしまうと、涙が止まらなくなってしまう。

まさに「胸を締めつけられる思い」という気持ちだ。
自分にもまだこういう感情が残っていたというのは、ある意味で驚きだった。

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僕がキヨシローのライブを観ることができたのは、2007年大晦日の「カウントダウン ジャパン」が最後だった。
多少なりとも仕事で音楽と関わるようになってから、どうしても純粋に楽しむことってできなくなるもので、プライベートでライブに行っても、後ろの方で眺めている。だけどもこの時は、久しぶりに頑張って最前列近くまで行って、間近でキヨシローの復活を喜んで、若者に交じってカウントダウンを楽しんだ。

それから2か月後、武道館の「完全復活祭」は、もちろん何をおいても行くつもりだった。
雨が降ろうが槍が降ろうが、親の死に目に会えなくとも、大きな仕事のチャンスを失うことがあっても、絶対に行こうと決めてさっさとチケットを確保していた。
最近プライベートでライブに行く時は、相手のチケット代を出してでも誰かを誘って一緒に行っていたけども、この時は誰も誘わなかった。一ファンとして会場の見知らぬ人たちと大騒ぎして、キヨシローの復活を楽しみたかった。だから、誰にも声をかけなかった。
知り合いのキヨシローファンが一緒に行こうと誘ってきたし、僕の周りの人たちから「行くの? 行くなら行こうかな」なんて言われたりもしたけど、「一人で行きたいから」と断った。

当日は一日休めるよう、夜中までに仕事を終えて万全をきたし、いつものライブなら少し遅れ気味に行くところが、待ちきれなくて開場の2時間くらい前に武道館へ行き、集まった観客たちの騒ぎを眺めたり、「Tシャツ買いてぇけど、あの行列に並ぶのはさすがに嫌だなぁ」なんて考えていた。

すると、子どもたちの母親(つまり元カミさん)から携帯に電話があって「娘がバイト先で倒れて、救急車で運ばれた。診断によると貧血で倒れただけなので、点滴が終わったら一人で帰れるし、あまり心配はいらないらしい。念のために、自分はこれから仕事を早退して病院に向かう」と連絡が……。

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武道館の「完全復活祭」は、僕にとって断髪式ならぬ“断髭式”になる予定だった。ライブが終わったら、武道館で髭を剃って、長く伸びた髭を武道館のどこかに埋めてこようと思っていた。
当然ながら、子どもたちも、子どもの母親も、僕がこの日を心待ちにしていたことを知っている。

(心配いらないなら後で教えてくれよ!)と一瞬思ったが、まぁ仕方ない。さすがに自分の子どもが体調悪いのに、それを放っておいて騒ぐわけにもいかない。
祭りの開始が待ちきれなくてザワついている武道館の前には、チケットがないのに来て「余ってるチケット譲ってくださ〜い」と叫んでいる人も多かったので、その中からできるだけ未来ある若い奴を見つけてチケットを譲り、病院に向かった。
もっとも、僕が駆けつけた時の娘は、開口一番「お腹がすいたぁ〜」とすっかり元気を取り戻しており、大事に至らなかった。
「今頃、ライブが始まったなぁ」と考えながらも、焼肉屋に連れて行って腹一杯食べさせて、復活祭の一日は終わった。

後から当日のパンフレットや記念品とかを送ってもらったし、DVDでライブも見た。
忙しい時期だったので、すぐに別のライブに行くことは適わなかったが、まぁ年末のカウントダウンで復活を確かめられていたこともあったし、またいつでも観られるからと思い気持ちを切り替え、その夏に予定されていた“屋音”のライブの後に“断髭式”を行おうと決めた。

ところが、心から熱くなるはずの夏が来る前に、がんの転移が発表されて屋音のライブは中止となり、またも僕の“断髭式”が延期された。

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昨日と今日は、下谷神社のお祭りだ。外からは祭囃子が聞こえてくる。
以前も書いたが、東京の下町の祭りは、この下谷神社の大祭を皮切りに、三社祭、鳥越祭、神田明神と続いていくので、東京の祭り好きが集まってこの界隈が賑やかになる。

この長屋は下谷神社の「宮元」で、僕も町会を手伝わせてもらっている。昨日はほとんど顔を出せなかったが、今日は仕事を抜け出して、子ども山車の手伝いと、余力があれば夕方には神輿を担ぎに行こうと思っている。
缶詰状態の仕事は、明日が「入稿日」のため、今日は最後の山場だ。
だったら祭りどころじゃないんだが、神輿担ぎはいざ知らず、山車の手伝いも僕にとっては重要な仕事。
ということで、今日はこれまで以上に忙しい日になる予定だ。


こうやって忙しく時間を過ごしていくことで、きっとそのうち、涙を流さなくてもキヨシローの歌を口ずさむことができるようになるだろう。

そうなれば、切るタイミングを失って長くなった僕の髭も、ようやく切ることができるかな。
でもその時になったら、「すっかり定着したから」って思って、切らないで伸ばしておくかもしれない。


今、ちょうどiTunesから「JUMP」が流れてきた──


 ♪眠れない夜ならば、夜徹し踊ろう
  一つだけ多すぎる朝 後ろをついてくる

  Oh 忘れられないよ 旅に出よう
  Oh もしかしたら 君にも会えるね

  JUMP 夜が落ちてくるその前に
  JUMP もう一度 高くJUMPするよ♪

2009年5月 3日 (日)

これからも、きっと、かわらずに


昨日、僕にとって、家族以外でもっとも大切な人が亡くなりました。

忌野清志郎
清志郎さん
キヨシロー

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僕には、有名人と言われる人たちの中で好きな人が何人かいます。
先日、チケットが取れないと書いた脚本家の三谷幸喜もそうだし、WBCで優勝した日本チームの代表監督・原辰徳もそうだし、映画監督、役者、落語家、そのほか色んな有名人が好きです。
こんな仕事をしていると、そういう好きな人に会えるチャンスはあるし、実際にお会いして仕事をさせていただいたり、雑談させていただいたり、あるいは一緒に酒を飲ませてもらったこともあります。

ただ、忌野清志郎は、僕にとってそういう「好きな有名人」ではなく、本当に大切な存在でした。

有名人に限らず多くの人から、人生の楽しさや生きていく意味を学んで、僕は人生を生きてきました。具体的な人物からだけじゃなく、映画や小説、あるいは随筆の場合もあります。
でも、僕にとっての忌野清志郎は、そういう一時的な影響力だけじゃなく、僕が若い時から自分なりに哲学を持って生き続けてきたのも、忌野清志郎というアーティストと、彼の愛する音楽に出会うことができたからでした。

*  *  *  *  *  *  *

昨日から仕事が手につきません。
このところずっと忙しくて、今も今朝までに仕上げなくてはいけない仕事があって、パソコンの前で一応仕事はしてるんだけど、なかなか進まないんです。
なんていうか、パワーが出ないんです。

30年前、ジョン・レノンが亡くなったというニュースが流れた日、僕は試験勉強のために徹夜でラジオの深夜放送を聞いていたけど、その日は、どの番組のパーソナリティ(当時はDJって呼ばれていた)も、皆、一晩中泣きながら、ジョン・レノンの曲をかけ続けていました。
僕もジョン・レノンは好きですが、死んだからといって泣くほどでもなかったので、その時に改めてジョン・レノンの偉大さに気づきながらも、どこか冷静に勉強していました。

今日は、その時と違って、とても悲しいです。
でも、泣けるとか、涙で仕事が手につかないとか、そういうのとは違って、ただただ空しいというか、心がスカスカになってしまったというか、そんな思いで仕事が手につかないという感じです。

こんなとき、いつもなら2ちゃんとかmixiあたりを覗きにいくんですが、今日はそれもせずに……、というか、訃報に関しても、それを知ってからテレビもインターネットも、まだちゃんと見ていません。見たくなくても、最近はネットでもメールでも、あるいはちょっとテレビをつけただけでも、勝手に向こうから知らせてくるんで、見たくなくても見えてしまう部分があって、どうやら訃報は事実のようだし、詳しく知りはじめたら、もっと詳しく知りたくなり気になって仕方なくなってしまうし。

だから淡々と仕事をしているつもりなんですが、集中力がないというか、仕事のことを考えようと思ってもなかなか考えられず、まったく手が進みません。

*  *  *  *  *  *  *

一時期、音楽関係のプロモーションの仕事をしていた時期があるんですが、それも、清志郎さんに会える可能性があったからでした。
「元RCのメンバーに会えるけど、仕事手伝わないか?」
と言われ、具体的な内容も聞かずにOKしました。

当時はまだ広告制作会社のサラリーマンだったけれども、それからしばらくして会社を辞めフリーランスになった後も手伝えるチャンスがあり、音楽プロモーションは畑違いではありましたが、数年間だけ、他の広告や出版の仕事と並行して続けていました。

そういう中で、楽屋で初めて清志郎さんに会った時の事は、今でも忘れません。

今、ブログを書くにあたって、清志郎さんの思い出の品でも写真に撮って載せようかと思ったんですが、それを見たらきっと泣いてしまう気がして……。
代わりにスポーツ紙でも載せようと、コンビニに買いにいって、新聞の束の中で「死」と書かれた大きな文字を見たら、初めてポロポロと涙が出てきました。

涙を拭ってコンビニから帰って、それでも目頭が熱くて写真は撮ったけど、やっぱり記事を読むのはもう少し後にします。
今はただ、自分の中から自然と出てくる清志郎さんへの思いだけで、気持ちがイッパイいっぱいになってしまうから。

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僕のi-tunesから、キヨシローの曲が流れています。


カッコ悪い生き方なんて冗談じゃねぇ

大好きな人たちと愛しあって暮らしたい


中学一年の時に、「トランジスタラジオ」を聞いて好きになってから30年。
今も僕は、キヨシローに憧れて生きています。


2009年4月 6日 (月)

浅草も上野も桜が満開です


新年度になり陽気も春らしくなってきた。
何となくせわしなく過ごしているので、すっかりこのブログの更新を怠っていて、WBCの優勝のことや、最近見た芝居などについても書きたいと思いながら、すっかりタイミングを逃してしまった。

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昨日の夜、隅田公園で桜を見ながら歩いたんで、その写真。
携帯電話のカメラなので、ちゃんと撮れてないのはご愛嬌という事で。

で、今晩、買い物ついでに上野公園の桜を見てきたが、こちらも満開。

どちらの公園もちょうど桜が満開なので、花見客が大賑わい。

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新年度と言えば、今年度は、娘の大学受験と息子の高校受験で、色んな意味でたいへんな一年になりそうだ。

ということで、ブログの更新を再開です。


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2009年3月20日 (金)

天は我を見放したっ!


僕が日本映画で最も尊敬している脚本家は、橋本忍だ。
昨年、『私は貝になりたい』のリメイク版が公開されたが、1958年テレビ制作、1959年初劇場版、そして昨年のリメイク版とすべて橋本忍の脚本だ。
『羅生門』『生きる』『七人の侍』など黒澤作品の代表作の中で、黒澤明とともに共同脚本として筆をとり、『日本のいちばん長い日』(監督:岡本喜八)、『白い巨塔』(監督:山本薩夫)、『人斬り』(監督:五社秀雄)、『八つ墓村』(監督:野村芳太郎)など、名監督たちと組み日本を代表する名作を生み出してきた脚本家だ。

中でも、自らプロデューサーとして製作しながら脚本を書いた『砂の器』(監督:野村芳太郎/共同脚本:山田洋次)は、原作者の松本清張が「この映画は小説では絶対に表現できない作品」と大絶賛したほど評価されたことに、橋本忍の脚本が大きな役割を果たしている(共同脚本の山田洋次は、この作品ではアシスタント的存在)。とくに、クライマックスで描かれる回想シーンは、原作ではあっさりと描かれていた主人公の逃避行の風景が、橋本忍の脚本で見事に描かれており、素晴らしい構成となっている。
橋本忍が2006年に書いた『複眼の映像』(発行:文藝春秋)は、日本映画を好きな人には必読といっても過言ではないほど面白いが、そのことはまた改めて……。

さて、その橋本忍が『八甲田山』(監督:森谷司郎)のなかで、主人公を演じる北大路欣也に言わせた台詞が「天は我々を見放したっ!」。当時、映画の予告CMで大量に流されたために流行語にもなった。

今の僕は、まさに天に見放された気分だ。

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ところで僕は、周囲の人間が少し惹くほど、三谷幸喜の脚本作品と東京サンシャインボーイズの面々の関わる作品が好きだ。
出身が映画と舞台という違いはあるが、橋本忍の脚本の作風とはまったく違い、喜劇作品を追求している三谷幸喜。名作と評価するのは橋本忍作品でも、好きなのは断然に三谷幸喜作品だ。

三谷幸喜の脚本に関していえば、東京サンシャインボーイズ時代である91年頃から現在まで、舞台も映画もテレビドラマもほとんど観ている。もちろん、ソフト化されている映像は9割くらい買っている。

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上の写真は、どれもDVD化されていない映像作品のオリジナルコレクション。
 ・[後列左]舞台『東京サンシャインボーイズの罠』(94年)
 ・[後列中]ドラマ『総務課長戦場へ行く』(94年)
 ・[後列右]ドラマ『合い言葉は勇気』(00年)
 ・[前列左]ドラマ『総理と呼ばないで』(97年)
 ・[前列中]舞台『笑の大学』(96年)
 ・[前列右]舞台『ショー・マスト・ゴー・オン』(94年)

以前も少し書いたが、この数年、舞台や落語や映画のVHSテープからDVDへのダビングをせっせせっせとしている。
で、お気に入りの作品は、こうやってオリジナルのジャケットなんかを作ってコレクションにしているわけだが、三谷幸喜に作品に関しては、かなり真面目にというか、仕事と同じくらいのクオリティで作っていてる。

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例えば、上の『笑の大学』。
左がオリジナルジャケット。右が市販されているジャケット。
市販のDVDは、98年にパルコ劇場で再演された舞台を当時NHKで放送した映像。
オリジナル版は、96年の初演舞台で、当時フジテレビで放送した番組を録画してDVD化したもの。

初演舞台の劇場プログラムの画像を使って、公演データのテキストや、あらすじ、解説(あらすじと解説は、オリジナル原稿)まで付けるという念の入れ様。“オリジナル特典”として、ラジオドラマ版(出演:坂東八十助、三宅裕司)音源付き。
下の画像は、中ジャケ。左がオリジナルで、右が市販版。

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他にも、『ショー・マスト・ゴー・オン』では、当時のパンフレットを単純にスキャニングするだけじゃなく、イラストをほとんど完全に描き直して、当時のロゴをトレースし直して、オリジナルジャケットを作ってる。
ジャケット作るのに、休みを丸一日潰すことも珍しくない。
前掲の写真には載せてないが、ドラマ『竜馬におまかせ!』や『今夜宇宙の片隅で』など、未DVD化作品で手元にある映像は、すでにすべてオリジナル版を作ってある。

もちろん、できるだけ舞台に足を運んでいるし、正規の市販版もほとんど持ってる。オリジナル版は当然ながら不当販売なんてすることはせずに、あくまでも個人のコレクション。譲ってくれと言われても、これだけは絶対に譲らない。

*  *  *  *  *  *  *

ということで、これくらい三谷幸喜関連作品が好きだ。三谷幸喜だけじゃなく、他のメンバーの作品も好きで、実際今月は、梶原善の出演舞台に足を運ぶ予定。

で、その三谷幸喜と東京サンシャインボーイズの面々が、新宿・シアタートップスの閉館イベント『さよならシアタートップス 最後の文化祭』で、15年ぶりに結集し公演している。

ところが、チケットがまったく入手できない。
まぁ、小さい小屋で短期間の公演なので、最初からチケットが取れるとは思ってなかったけど……。
それでも、やっぱり公演が始まると……。はぁ……。

1994年、東京サンシャインボーイズは、30年後の2024年まで“充電期間”として休止した。それから15年間待ち続けていた身としては、公演に行けた人が喜んだ姿を読むのも空しくなりそうで、SNSや掲示板すら観ていない。

まさに『天は我を見放したっ!』という心境で過ごす今日この頃なのだ。


2009年2月17日 (火)

浅草寺の「顔」……その2


前回の記事の続き

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浅草寺本堂裏にある「『暫』の像」。
幕末から明治にかけて「劇聖」と呼ばれた9代目・市川團十郎がモデル。

歌舞伎は、いろんな変遷はあるものの、17世紀後半に、現在と通じる歌舞伎のスタイルが出来あがった。これは東西での大きな流れの中で起こったものだが、江戸においては、初代・團十郎の登場が最大級の出来事だった。その後、何度かの発展期を通って約200年、江戸末期から明治にかけて、歌舞伎は大転換期を迎えた。この大転換期、とくに明治期に中心となって舞台で活躍したのが「団・菊・佐」と呼ばれる3人の人気俳優たちで、9代目・團十郎はその一人だ。

当代の團十郎(十二代)や、その息子である海老蔵とは直接の血縁関係ではないので、こうしてアップで見ても面影は感じられない。ちなみに当代の團十郎は、7代目・松本幸四郎(当代・幸四郎のお爺さん)の孫になる。


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上の4つの顔は、浅草神社にある2対の狛犬。
個人的には右上の顔が好きだが、どれもなかなかいい顔だ。


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最後に、浅草神社で猿まわしの実演をしていたチビ猿・コナパ。
浅草神社では、休日(不定期)に猿まわし師と猿が実演を見せてくれている。
このコナパはまだ1歳ほどで、まだまだ訓練中らしい。やや練習不足で人前も不慣れだったようで、実演が終わった後、猿まわし師のお兄さんにしがみついて離れなかった。
もし浅草神社で猿まわしをみかけたら、最後まで見た上で“おひねり”をあげてくださいな。

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今回紹介した「顔」の場所は、下の地図で確認できる。

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最初に書いた通り、今回の記事のダイジェスト版を、「浅草の風」というブログにも投稿した。
このブログを運営している方は個人なのだが、浅草観光案内に一役も二役も買っているので、僕も少しばかり応援させてもらっている。

とにかくその更新回数と、浅草の様子を伝えるタイムリーな写真の数がすごいので、良かったらぜひ、そちらも覗いてください(左のサイドバーからも、ジャンプできます)。


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浅草寺の「顔」……その1


1週間ほど前になるが、浅草寺で「顔」をテーマに写真を撮ってきたので、散歩写真を紹介。

一部、というか半分くらいは「浅草の風」に投稿した写真と重なるので、もう少し詳しい説明をつけてみた。

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宝蔵門から仲見世方向に向いて左手(弁天山方向)にある「母子地蔵」。
『明日のジョー』や『ハリスの風』を描いた漫画家・ちばてつやがデザインし、1997年に建立された。
ちばてつやは子どもの頃、戦時中を満州で過ごし、戦後引き揚げて帰国した。兄弟が多かったため満州では兄弟たちの面倒をよく見させられたが、幼い兄弟たちに絵を描いてあやした。弟であり『キャプテン』などを描いた漫画家・ちばあきおは、てつや少年が描く絵を喜んだという。タイトルは失念したが、当時の様子を描いた作品を読んだことがある。
兄弟の面倒を見、平和を求める気持ちの強いちばてつやらしく、母子像はとても優しくて心温まる笑顔だ。


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母子像の目の前にある二尊仏。
手ぶれの画像で情けないが、向かって左は勢至菩薩、右は観世音菩薩。
像の高さは、約2.4メートル、台座を入れても約4メートルほどの高さだが、昔は「浅草大仏」と呼ばれたらしい。

僕は仏像に詳しいわけではないが、個人的には、どちらの顔も、浅草寺周辺の仏像でもっともいい顔をしていると思う。


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影向堂の敷地にある阿弥陀如来像。
1945年3月10日の東京大空襲で、浅草寺の本堂は焼け落ちてしまった。それから戦後約10年、1955年まで、影向堂が浅草寺の仮本堂として務めた。僕のお婆さんなんかは、とても馴染み深かったらしい。今の影向堂は、1994年に改修されたもの。
影向堂の中の菩薩様たちの顔は撮影できないので、外にある阿弥陀様を撮影。

*  *  *  *  *  *  *

→その2につづく


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2009年2月12日 (木)

寒いって書いたら、急に暖かくなった


前回の記事で、「暖冬だというけども、やっぱり冬は寒い」と書いたら、今週になって急に暖かくなってきた。

来週にも春一番が吹くそうな……。

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写真は、上野駅のパンダ橋。
左側の欄干に沿って座り込んでるのは、暖かな陽気に誘われて、ひなたぼっこするホームレスのオッサンたち。
景気の悪そうなオッサンたちとは対照的に右端に写っているのが、これでもかってほど存在感を示すサラ金と介護施設の馬鹿でかい看板。

寒かったり天候が悪いと、上野の狭くて天井の低い地下道に、ぎっしりとホームレスのオッサンたちが寝転んで、さすがにその異臭がキツくてたまらないので、陽気がよくて外にいてくれた方が、上野駅の利用者にとっては有り難い。

西郷さんの銅像でお馴染みの上野公園、それから隅田川沿いの隅田公園は、ホームレスの住処としてすっかり定着している。
5年前まで、隅田川沿いの高層マンションに実家があって、年に一度の花火大会の時はビュースポットだった。ただし、マンション住人を除けば、もっとも近いご近所さんは、隅田川に沿って集合住宅並にずらっと並んでいる段ボールハウスのホームレスたち。
そして、今僕が住んでいるこの長屋の周辺は、夜な夜な、定住段ボールハウスの持てない移動ホームレスのオッサンたちが、そこら中のビルの軒下に段ボールを組み立てて一夜限りのお泊り。

*  *  *  *  *  *  *

前述したように何処かにこもって異臭がキツかったり、たまにこの長屋の裏の陰に隠れて糞尿をしてそのまま放置していくホームレスがいるんで、そういう実害はある。「犬じゃねぇんだからよぉ!」と腹も立つ。この界隈でも、元実家の近くでも、ホームレスがいることを迷惑だと感じている人もいるだろう。

でも僕は、実害に腹を立てることはあるとしても、ホームレスに対して特別な感情は持ってない。
昔から同情もしてないし、逆に存在していることを否定する気もない。散歩しているときに公園で気の良さそうなホームレスがいれば会話を交わすこともあるし、知り合いから炊き出しのカンパを求められればするし、ゴミをあさって散らかすホームレスを見れば注意して片付けさせる。
それが僕にとってホームレスとの距離感だ。

とはいえ、自ら一般社会との隔絶を望んでホームレスになってる人は別にして、社会の矛盾によって結果的に望まないのにホームレスをせざるを得ない人がいること、そういう社会に対しては、何らかの働きかけはしないといけないと考えている。
だからどうだというわけでもないんだけども……。


まぁ、こんな風景も、台東区の一つだということ。
それを含めて、「下町」だってことなんだと思う。

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2008年12月15日 (月)

久しぶりに散歩写真

2週間ほど前から、「浅草の風」というブログにも投稿している。

「浅草の風」は個人の方が主宰しているブログだが、ほぼ毎日更新され、その膨大な情報量だけでなく、直近に行われる浅草のイベントスケジュールも、かなり正確に、かつ詳細に掲載され、僕のような浅草関連の情報を扱う編集者にとっては、非常にありがたいブログでとても世話になっている。
このブログを読んでいる人は、「浅草の風」読者の方も多いだろう。
何しろ月に「3万ビュー」というからすごい。

その「浅草の風」に協力することになり、週に1回程度だが、写真を中心に投稿している。

ということで、今回は、「浅草の風」に投稿するために撮った写真の一部を、こちらでも紹介。
久しぶりの散歩写真。

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まずは、12月9日の記事で紹介した「はなし
塚」のある本法寺の境内で撮った紅葉。  


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同じく本法寺の境内に実っていた金柑。


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鎮護堂前で見かけたカップル。


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浅草境内で、本堂や五重塔をスケッチするア
メリカ人。Britt(写真左)は、アメリカでイ
ラストやデザインの仕事をしているらしい。


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夕暮れ時の五重塔。


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一葉桜・小松橋通りのイルミネーション。


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ということで、しばらくはこんな感じで浅草周辺の写真を投稿しているので、よかったら「浅草の風」(←クリック)も覗いてみてください。


2008年7月16日 (水)

涼のとり方、それぞれに。

暑い。
クーラーかけずに、アイスをかじりながら仕事中。
猫さんたちも、涼しい場所を選んで、ゴロゴロ昼寝。

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末っ子のドンさんは、ベッドに寝そべってベランダからの風にあたって。
人にお尻を見せるのが大好きで、今日はモンローにお尻を向ける。


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真ん中のアンさんは、すだれ越しに窓の外を眺めて。
少し夏バテ気味だけど、おやつを食べて元気がでたかな。


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一番お姉さんのビビさんは、金属の冷たいところに頭をつけて。
かなり賢い猫なので、その時々の快適な場所を見つけるのが得意。


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最後は人間様。

風鈴は、先日のほおづき市でおまけにいただいたもの。

窓のすだれも新しいのに替えて気分一新。

夕方近くになって、少しだけ風鈴の音が聞こえ始めた。

2008年7月14日 (月)

お供え物泥棒とお天道様

先月起きた秋葉原の殺傷事件の影響で、秋葉原は警官や地元の人たちの警備などが物々しく、未だに緊張感が解けずにいる。
ちょうど通り道なので、事件発生場所の献花台の目の前をよく通るが、今もペットボトルや花が絶えない。

神奈川金属バット両親殺害事件から、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件、神戸連続児童殺傷事件などを経て、附属池田小事件と今回の秋葉原の事件は、日本社会の凶悪犯罪が新しい段階に入ったターニング・ポイントになった気がする。

事件については、今後、背景などが詳細に浮かび上がって来ると思うので、「格差社会の副産物」などと単純に分析せず、今後も注目していきたい。

*  *  *  *  *  *  *

ところで、この秋葉原事件の献花台から、ペットボトルを盗み出す不心得者が出ているそうだ。
事件の関係者、あるいは実際にペットボトルを置いた人たち、献花するほど心を痛めている人たちにとっては、とんでもない話である。

……だけども……、このことをトップ扱いにするワイドショーや夕方のニュース番組は、さすがにどうだろうか?
ちょうど今、出来心で盗みを働いていてしまった若者が出て来る落語噺について、このブログを書いていたら、ワイドショーでこのニュースが流れてきた。先週末、別のチャンネルの夕方のニュースでもやっていたから、ワイドショーや夕方ニュースの制作者たちにとって、“手頃”な話題なんだろう。

否、もちろん、そんなものを盗む奴が悪いんだけど……。

日本社会のモラルが低下していることについては、以前から心を痛めているし、ブログやネットコミュニティだけでなく、仕事の原稿でも書いたことがある。たしかに、それは大問題。
もちろん、社会が“公然”と犯罪を認めてしまってはいけない。

ただ、昔から、墓場やお地蔵さんのお供え物を盗む奴なんて、そこら中にいたんだと思う。
例えば、同じようにワイドショーや夕方のニュースで、度々扱われるモラル問題として、河川敷で川に向かってボールを打ち込む“ゴルファー擬き”の迷惑親父のことがある。こういう親父たちとお供え物泥棒って一緒なのかな……。

否否、何度も言うけど、僕はお供え物を盗み出す奴を、社会全体で認めてしまおうってことを言いたいわけじゃない。

でもね、例えば、河川敷で他人に危害を加える可能性のある親父たちや、他人の権利や財産を明らかに侵害しているオッサンたちの行為と、喰うものがなく腹が減っていずれ何らかの形で“廃棄”される食い物を食べるお供え物泥棒って、同じように酷い行為なのかっていえば、僕はそうは思えない(お供え物が仮に埋葬されても、ここではそれも“廃棄”としておく)。

僕は、「悪事」に対して許容範囲を極端に狭めて行くことっていうのは、結果としてモラルの低下に繋がって行くと考えているし、昔の日本社会ではお供え物泥棒なんて笑い話にできたにもかかわらず、それがモラル低下に繋がっていたという分析を見たことがない。
むしろ、そういう「社会の包容力」は、成熟した社会にとって重要な要素だろう。

今回の事件で心を痛めている人、真剣に見つめている人が、許せないというのはすごく分かる。そういう人が、ペットボトルを盗んだ奴を捕まえるのだとしたら、それを止めることはできない。
ただ、テレビで取り上げ、日本中で袋だたきにしようとするテレビ制作者のセンスには、大きな違和感を感じている。

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日本人は、昔っから「お天道様」を意識してきた。生活の中に、お天道様が根付いていた。
特別に強い宗教心からではなく、単純な信仰だったんだろう。

最近は、落語や時代劇の世界でしか「お天道様」という言葉を耳にしなくなった。僕は『男はつらいよ!』が好きでちょくちょくBGVとして流しているので、耳にもするし口に出すこともあるが、うちの子どもたちなんて、ひょっとしたら一度も口にしたことないかもしれない。

無宗教の僕のイメージだけど、お天道様も、お供え物泥棒と河川敷の迷惑親父を一緒には考えないだろう。もちろんお供え物泥棒にも、きっと罰はあたえられるだろうけど、まぁそんなにたいした罰じゃないんじゃないかな? お天道様ってそのくらい寛大な神様っていうイメージだな。

そして、そんなお天道様というのは、日本人の心だったり、理想としたモラルの象徴だったはずだ。


現代の日本人は、お天道様への意識とともに、少しずつ他人に対する包容力がなくなってる。

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写真は、朝霧高原から見た富士山。
お天道様が富士山に隠れてる。


2008年7月 7日 (月)

伊豆の旅[3] お土産編

ということで、たくさん写真を撮ろうと思った割に、たいして撮ることもなく帰ってきた。
あとは、自分のために買ってきた土産物を紹介。


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シャボテン公園に行くと、すごくサボテンを買いたくなる。今あまり興味ないと思っている人も、行けばたぶん買いたくなる。そういう不思議な面白さがある。
自分で気に入ったサボテンと器を選ぶと、お店の人が鉢を作ってくれる。サボテン選びをするだけでも、けっこう面白い。


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熱海や伊東方面に出掛けた時は、小田原でイカの塩辛とさつま揚げを買って帰ることにしている。とくに、さつま揚げには目がなく、普段からおやつ代わりに食べているくらい大好物。
今回、ぶらぶらと歩いている時に、小田原駅にほど近いところで、「籠清」というすごくおいしい店を見つけることができた。これは、“超”がつくほどのオススメ。今回の旅で、一番の収穫。


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ま、こんな感じの短い旅だったが、久しぶりに自宅以外でのんびりと過ごすことができた。
今週から仕事が忙しいので、いい休養になって大満足。


【施設名】小田原 籠清
【公式サイト】http://www.kagosei.co.jp/

伊豆の旅[2]シャボテン公園その2

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高い木の枝にとまっている孔雀

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鶴みたいな鳥
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20cmくらいまでレンズを近づけても平気な鳥
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ガン見してきた齧歯目系の動物
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逆に、いくら待ってもこっちを見てくれないアルマジロ


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この後、海中の魚などを見ることができるという「半潜水式海中展望船」に乗ってみたが、急に雲行きが怪しくなったこともあり、海中は魚どころかほとんど何も見えず、おまけに船酔いして気持ち悪くなる始末……。

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「半潜水式海中展望船」はるひら丸・いるか号


船酔いしたお陰で、とても写真を撮る気になれなくなってしまった。城のような外観のイタリアンで食事するために川奈に立ち寄ったので、川奈周辺を散歩して写真を撮って来ようと思ったが、そんなこんなで結局、シャボテン公園だけの撮影タイムだった……。


【施設名】伊東マリンタウン
【公式サイト】http://www.ito-marinetown.co.jp/
     上記サイトに、はるひら丸の詳しい情報あり。

【施設名】リストランテ
     ラ・ヴィータ・エ・ベッラ
【公式サイト】http://www.lavita-ebella.com/
【リストランテ ラ・ヴィータ・エ・ベッラについて追記】
外観だけでなく、ステンドグラスの室内装飾など、雰囲気は悪くない。ただ料理は、目新しい想像力で楽しませてくれたり、圧倒的な味の良さ・センスを堪能できるというものではない。ランチの値段を考えると、まぁ文句を言うのもなんだけど、正直言ってわざわざ食べに行くほどの味とは思わないので、オススメはしません。コストパフォーマンスを考えれば、損するという気はしないので、近くにいるなら……くらいに考えればいいかも。

伊豆の旅[1]シャボテン公園その1

久しぶりに伊豆高原へ行ってきた。
高校時代から十年ほど前までは年に数回、熱海から伊東にかけて足を運んでいたが、今回は約十年ぶり訪問。一泊二日だが、目一杯観光するということもなく、ゆっくりと過ごしてた。
観光らしいところといえば、これまた十数年ぶりにシャボテン公園に行ってきたので写真で紹介する。

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名前の知らないサボテン
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ニョロニョロみたいなサボテン
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撮ってる時にあった頭の中のイメージ
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南の国の宗教的石像
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耳飾りデカっ!な石像


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【施設名】伊豆シャボテン公園
【住所】静岡県伊東市富戸1317-13
【電話】0557-51-1111
【公式サイト】http://www.shaboten.co.jp/

2006年1月22日 (日)

遅くなったけど

新年、明けまして
     おめでとうございます。
すっかり遅くなってしまいましたが、今年もよろしくお願いいたします。
(メールや年賀状でご挨拶をいただいている皆さんには、未だお返事を出しておりませんが、近いうちに必ずお返事いたしますので、今しばらくお待ちください)

今年も、新年早々ばたついている。

元旦の小火騒動にはじまり、正月もなく一人で仕事三昧。
4日には早々と完全徹夜があり、その後も徹夜が続く日々……。

その後も色々ありましたが、先週にはなんとパソコンが完全ダウンして入院の運びとなった。

子どもたちに貸していた古いMacを持ってきて、何とか仕事は出来ている状態だが、おかげで約1週間、パソコンがほとんど使えない状態に……。

*  *  *  *  *  *  *
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この機械、古そうに見えるでしょう。その通り、8年以上前に買った機械。
「Power Mac G3 233」という機種で、最近のMacからくらべると、5世代くらい前の機種になる。

ところが、今はチューンアップしてパワーアップ。
それでも「8年前の機械が4年前の機械になった」って程度だが、そんじょそこらの機械よりも、よほど力強く働いてくれる。
中古で探せば、100,000円くらい(付属品を入れれば150,000円くらい)でこれ以上の機種を手に入れることもできるが、使い勝手もいいし、何と言っても思い入れが強いので、この機械を使い続けている。

といっても、この騒動で、全部で100,000円以上の金がかかった。
さらに悪いことは続くもので、プリンターのトナーカートリッジの取り替えランプが点滅。このカートリッジ、68,000円もする。
弱り目に祟り目とは、正にこういうことか……。

*  *  *  *  *  *  *

今年も年明けから落ち着かない生活ですが、今年もどうかよろしくお願いします。

今年の僕のテーマは、START AGAIN

まだ予定の段階ですが、いろいろと見つめ直す計画です。

2005年11月21日 (月)

北海道弁の怪しいオヤジ


やんやスクーターで走るにはなんまら厳しい季節になったっしょや。
いや〜、スクーターで走るに非常に厳しい季節になったもんだ。

子どもたちに会いに行ったときなんて、長屋に帰ってくるのに、夜中や明け方になってしまうこともあるべさ。
したっけ、すっかりしばれてわやだぁ。

子どもたちに会いに行ったときなんて、長屋に帰ってくるのに、夜中や明け方になってしまうこともあるわけだ。
そうしたら、すっかり寒くなって本当に嫌になる。

前から思っとったけど、北海道より内地の方が寒く感じるんだわ。
まぁ、東京じゃぁ道ばしばれてスクーターがてっくりがえることとかないけどね。
今ごろ札幌だと、スクーターも乗れんからね。

前から思っていたのだが、北海道よりも本州の方が寒く感じる。
まぁ、東京では道路が凍ってしまってスクーターがひっくり返ることなどはない。
今ごろ札幌では、スクーターに乗ることもできないわけだから……。

フルフェイスのヘルメットにすれば、少しはぬくいかもしんねけど、メガネさ掛けてるから、フルフェイスはいずくて好きになれなくて、ハープキャップのヘルメットで、はっちゃきこいて走ってるさぁ。
フルフェイスのヘルメットにすれば、もうちょっと温かいかもしれないが、メガネを掛けてるので、フルフェイスは違和感があって好きになれず、ハープキャップのヘルメットで、死にものぐるいで走ってる。

マフラー顔に巻き付けて、今どきゲバ棒持ってるはんか臭い奴みたいだぁ(笑)。
ヤッケの中に何枚もトレーナーとか着込んでモコモコになっとるし、知ってる人に見られたら「なまらみったくないわ」って思われてしまうべ。

マフラーを顔に巻き付けて、今どきゲバ棒持ってるどうしようもない奴のようだ(笑)。
ジャンパーの中に何枚もトレーナーとか着込んでモコモコになってるし、知ってる人に見られたら「すげー格好悪い」とか思われるだろう。

朝とかだとガスも出て視界も悪いし、いろいろと緊張してしまうせいか、長屋まで帰ってくるとなまらこわいわ。
手かじかんどるから手袋とかうまく取らさんないし。
してやっとこ戸開けようとしたら、じょっぴんかるの忘れてるからね……(冷汗)。

朝とかだと霧も出て視界が悪いし、いろいろと緊張してしまうせいか、長屋まで帰ってくるとすごく疲れる。
手がかじかんで手袋とか上手に外せないし。
そうしてようやっと家のドアを開けようとしたら、鍵をかけ忘れてたりして……(冷汗)。

しても、なまらめんこくおがってくれた子どもたちに会うためだから、しゃぁないね。
自分で自分にムチ打って、けっぱるべ〜。

そうは言っても、とてもかわいく育ってくれた子どもたちに会うためだから、仕方がない。
自分で自分にムチを打って頑張ろう。


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*  *  *  *  *  *  *

と、かなり無理矢理つくった文章ですが、あんまり寒いんで北海道弁で書いてみました。
道民が読んで使い方が間違っていても、突っ込みは不要です。
怪しい人物の写真についても、突っ込みは不要です。

2005年10月 1日 (土)

“なまら”来てます。

近頃、地方の方言が若い人のあいだでちょっとしたブームとなっているようが、そうしたブームの中で、いま北海道弁の「なまら」が浸透しつつあるらしい。

まぁ、簡単に言えば少し前に流行った「超」や「めっちゃ」と同じ意味である。
僕の持論だが、英語の「very」と全くの同じ用法で使える。

*  *  *  *  *  *  *

人生のほとんどを東京で生きてきた僕だが、大学時代だけ北海道で暮らしていた。
その頃から言い続けているのが、「『なまら』は絶対に流行る。俺が流行らす」だった。
僕をよく知る人なら、僕の会話の中で「なまら」が登場したのを何度も聞いているはずだ。

それから20年近く、時間はかかったが、ようやっとその時代が来たようだ。

とっても便利な言葉なので、どんどん世の中に浸透して欲しいと願っている。

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話はまったく変わるが、花屋や雑貨屋でよく売っている竹(なんとかバンブー)が、今年の5月頃、元気のない状態になってしまった。あまり植物の育て方に詳しくないのだが、とりあえず夏になる前に植木鉢に植え変えてみた。
どうやらそれが良かったようで、少しずつ元気を取り戻し、新しい節と葉が生えてきた。

ちょっとうれしいな。


2005年8月16日 (火)

俺もハンバーグ

あいかわらず忙しい。
ブログもあんまり更新できないので、手作り料理でごまかすことに。

で、友だちがハンバーグ作ったらしいので、僕も作ってみた。

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ハンバーグの中は、たっぷりの肉汁とチーズ。
ソースはトマトベースで。
つけ合わせはマイタケとほうれん草、それと人参。
サラダとして、この間友だちに教わったアボガドとエビのマヨネーズ和えを作ってみた。

では、仕事に復帰します。

2005年7月 1日 (金)

“創る喜び”中毒汚染拡大中

一応、クリエイターの端くれとして生きている。

基本的には編集が仕事の中心だが、ある時はデザイン、ある時はライティング、ある時は写真撮影、イラストを描かなければいけないときもある。
器用貧乏という奴で、いろいろできるけど何も極められない中途半端な存在であることは、僕自身にとって若い頃からのコンプレックスでもある。

*  *  *  *  *  *  *

僕は社会に出るまでやりたいことが見つからなかった。普通の学生では味わえないようないろんな事を体験したし、多くの人たちに出合うこともできたが、「自分が生きていくためにやりたいこと」が見つからずに社会に出てしまった。たまたま日本中がバブル景気に狂喜乱舞している時代で、学生の就職先は引く手あまたであり、親のコネで編集プロダクションに入社したが、自分がモノを創る立場になったという意識など微塵もなかった。最初は「営業」という肩書だったので、学生時代に培った社交性と適度のいい加減さがうまくいき、なんとなく営業マンとしてやり始めたが、「制作」については制作部の人たちにほとんど任せっぱなしだった。
だから、時折自分でレイアウトの指定や版下作業をしなくてはいけなくなるとパニックになった。頭の中に「創造するための想像」が一切浮かばなかったのだ。そんなときはいつも、「クリエイターには絶対になれない」と痛感していた。

そんな僕が、いつの間にかクリエイターとして、いっちょ前に仕事をしている。
滅多にないが、自分で企画し、自分で取材し、自分で撮影し、自分で原稿を書き、自分でデザインして、校正を除いてすべて一人で完パケまで創って、雑誌に記事が掲載されるなんてこともある。
まったく「創造力」のなかった僕が、こんな事が出来るようになったのは、いくつかの出合いや偶然が積み重なったおかげだ。

そして今の僕は「クリエイターみたいなことが出来る」というかつての僕ではない。
あんなに制作が苦手で嫌いだった僕は、「創る喜び」に目覚め、中毒患者のようにものを創り続けて生きているのだ。

本当においしいモノを食べたときや、上質のエンターテイメントで感動したとき、あるいは愛する人たちと楽しい時間を過ごしたときなども、何とも気持ちのいいものだが、「創る喜び」はそれに匹敵する何ものにも代えられない極上の一時を僕に与えてくれる。
酒やタバコは簡単にやめられた僕も、こればかりはやめられない。器用貧乏で中途半端な存在だが、この世界に入って15年以上経ったいまでも向上心だけは失われていない。
僕はこれからも、何かを創り続けて生きていくだろう。

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さて、今日は僕の友だちが30年前にこの世に生を受けた祝福の日だ。
上の写真は、その友だちに入れたコーヒーの前に佇む湯アンさん。

で、その友だちが写真を始めたいと言っている。
写真は僕に「創る喜び」を教えてくれたきっかけの一つである。

このところの僕は、御徒町にできた中古カメラ屋に足繁く通い、その友人が「創る喜び」の中毒になってしまうことを想像し、一人ニヤニヤして歩いている危ない中年デブ親父と化しているのだった……

2005年5月22日 (日)

熱しやすく冷めやすい

今日は友だちが遊びに来ることになっていて、外でご飯を食べるほど金もなかったのでカレーを作った。

僕は子どもの頃から欧風カレーが大好きで、いろんな欧風カレーを食べているが、自分の作ったカレーは正直言ってかなりうまい。
ま、それもそのはずで、食材にそれなりに金がかかっている。
一時期、いろいろと料理を作って友だちたちにふるまっていたのだが、最近は面倒になってきて、滅多に作らなくなった。

まったくもって呆れるほど、僕は熱しやすくて冷めやすい。
面白いと思うとすぐに熱くなってはまり、かなり真剣に打ち込むのだが、それなりにやってしまうとすぐに飽きてしまう。料理を作るのもすでに飽きてしまった。やっぱり料理は作るよりも作ってもらう方がいい。
ま、たまにはこうして自ら料理を作って、友だちたちと家でまったりとするのもいいのだけど……。

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写真は、いつも僕を乗せて大活躍してくれているスクーター。特に意味はない。

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話は変わるが、子どもの時分から大好きな物といえば、スター・ウォーズ(以下SW)だ。
そのSWのepi3がカンヌ映画祭などのプレミア上映を経て、アメリカで公開された。
日本公開まで1か月半もある今のうちから興奮しすぎないように、テレビや雑誌でSWの特集をしていてもあまり見ないようにしているが、これだけあらゆる媒体で騒いでいると、どうしても目にしてしまい、やや興奮しつつある。

およそ30年前、小学生ですでに映画オタクだった兄貴に無理矢理連れて行かれ、最初のSW(epi4「新たなる希望」)を見てから、僕のエンターテインメントの価値観はがらりと変わった。
それ以来、ウルトラマンも仮面ライダーも、ゴジラやモスラやガメラも、それまで見てきた実写特撮ヒーロー物は、もう僕を満足させてくれなくなってしまった。
epi5「帝国の逆襲」の頃には、一人で映画を観に行くほど映画が好きになっていたし、epi6「ジャダイの帰還」の頃には、年に数百本も劇場で映画を見るような映画オタクになっていた。その後、社会人になるとともに忙しさから久しく映画を見なくなっていたが、ちょうど新三部作の第一弾、epi1「ファントム・メナス」あたりから再び映画館に足繁く通うようになり、epi2「クローンの攻撃」の時には映画に関わる仕事も引き受けるようになっていた。
そして今、少し映画ばかり見ている生活を変えようかなと思っているときに、ちょうど新三部作の最終版、epi3「シスの復讐」が公開される。

こうしてみると、SWと僕の映画人生は、かなりシンクロしている。
SWの生みの親であるジョージ・ルーカスがSWに熱くなって冷めるサイクルと、僕が映画に熱くなって冷めるサイクルが、たまたま偶然に時期が重なっただけだろうが、まぁファン真理としてシンクロしているということにしておく。

ルーカスは、この新三部作をもってSWは作らないことを言っているようだが、彼のことだ、きっとそのうちに、もともと構想のあったepi7〜9を作る気になるだろう。持病の糖尿病が悪化しなければ……。
そして、その頃になると、きっと僕の映画熱も三度上がってくるに違いないだろう。

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P.S.
7月の公開には徹夜で初回公演を観に行くか迷っている。
行列の嫌いなおじさんは、さすがに何時間も並んでまで観に行く気にはなれないが……

2005年5月16日 (月)

嗚呼!素晴らしき、京の旅

というわけで、京都から帰ってきた。

この3日間は、本当に楽しい3日間だった。
楽しいイベントあり、新しい出合いがあり、旧友との再会あり、おいしい食事あり。

京都で会った人たちは素敵な人たちばかりで、久しぶりに心に残る旅となった。
皆さんには温かく迎えていただき感謝している。
いや〜、関西の皆さんは本当に元気だ。そして、明るい!
いろんな意味で多くの刺激を受けることができ、しばらくは仕事や個人的な活動でも高いモチベーションを持続できそうだ。

関西で出合った人の写真を載せたいところだが、勝手に顔を公開するわけにもいかないので……

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関西で出合った人を代表(?)して、飲み屋のRYOちゃんの指の登場。
彼女には京都弁を指南いただいたが、残念ながらまったく身につかなかった。
ちなみに、3日間、およそ56時間ほど滞在したが、そのうち合計で17時間以上飲んでいた計算になる。それに対して、ホテルにいたのはたった10時間強……。

日曜日には祇園の周辺をブラブラとしてから帰ってきた。
下は祇園の路地のなんてことない風景。ちょうど南座の裏手あたりだ。

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クリックして拡大画像をみてもらえばわかるが、サラ金の看板「祇園ローン」に思わず目がいってしまった。
祇園とサラ金のミスマッチ。
考えてみれば、近くには場外馬券上もあるんでサラ金があっても不思議ではないが、「祇園ローン」には、どんなに金に困っても入りたくないなぁ……。

この他にも、もっともっと書きたいことはあるが、とりあえず京都報告第一弾はここまで。

帰ってきて早々、たっぷりと仕事がたまっている。

2005年5月14日 (土)

ということで、京都です

紆余曲折があり、ようやっと仕事を終えて、昨日、朝一の新幹線で京都に到着した。
およそ、7年ぶりの京都だ。

いつもの取材の出張だと関西に来てもゆっくりしている時間もなく、泊まりで来られたとしても夜は摂待などがあり、楽しむ時間もないのだが、今回は、2日にわたってイベントの出席するだけなので、夜は好きな行動もできるし、明日の午前中もちょっとだけ市内観光できそうだ。

しかも、7年ぶりに昔の友達に会うことができた。
京都(といっても丹後だけど)でデザイナーをやっている人で、彼が東京にいる頃に遊んでいた友達だ。

で、昨日は京都の町を二人でふらついた。
ほんとは昨日、ブログを書こうと思ってネットカフェに行ったんだけど、めちゃめちゃ酔っぱらって、席に着いたとたんに寝ててブログを書くどころじゃなかった。
ちなみに、今日も夕方の6時から飲み始めて、今もまだ飲んでます。
ということで、とりあえず昨日、飲みに行ったお店でびっくりした食べ物を……。

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お店のお兄さんに「お勧めを持ってきて」と頼んだら出てきた「激辛若鶏炒め」なる食べ物。唐揚げとタマネギと唐辛子の炒め物なんだけど、ほとんど唐辛子。
口に入れると「辛っ!」と思う前に「痛っ!」って感じる毒物です。

京都の木屋町通りに、昔、何度も行ったお店があって、京都の古い民家をそのまま改装しないで居酒屋にしているお店だったんだけど、どうやら今は潰れてしまったらしい。たぶん、そのお店がハシリだったんだと思うけど、どうやら2〜3年前に、木屋町通りのあたりは、そういうお店がブームになったらしくて、今では数件しか残ってないそうだ。
すごくいい店だったのでもったいない。
そのお店の代わりに入った民家風のお店で出されたのが、この「激辛炒め」です。

ということで、これからもう1件のみに行って来ます。
校正していないでアップするので、しかも今日も酔っぱらってるので、誤字脱字、誤文脱文は勘弁してください。

ではでは。

2005年5月11日 (水)

大忙し

今週末に出張を控え、それまでに仕上げなくちゃいけない仕事ですごく忙しい。

とくに、6月に創刊される雑誌の原稿は待ったなし。僕の場合、そういう“書かなきゃいけないモード”の時、ブログなどのネット・コミュニケーションは、そこで文章を書いているうちに仕事のモチベーションを下げてしまうので、控えなくちゃならない。電子メールで連絡をもらっても、それを返信することすら面倒になる。

じゃぁ書くな!
っていうか、そんなに余裕がなくて仕事の原稿なんて書けるのか???

などと、どうでもいいことをダラダラと書いていないで、ここは、ブログで姪っ子自慢ばかりしている友人にならって、我が家の猫さんたちに登場してもらおう。

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ビビさん(左)とアンさん(右)

この夏1歳になる姉妹猫だが、見た目も性格もまるっきり違う。
もともと『プリティ・ウーマン』でジュリア・ロバーツ扮するビビアンと、『ローマの休日』でオードリー・ヘップバーンが演じたアン王女からあやかって名付けたのだが、名付けた直後、友だちに「面倒だから“ビビ”と“アンで“ビビアン”」とされてしまった……。

ということで、そろそろ仕事に戻ります。
稲荷町に遊びに来るときには、彼女たちのお土産をお忘れなく。

2005年4月20日 (水)

ザ・モスト・オブ・痛い

友だちが軽い食あたりになった翌日、偶然にも食中毒の本(飲食店の衛生についての書籍)の仕事が入ってきた。
原稿を読んでいるうちに、10年前に自分が食中毒になったときの痛さを思い出してきた。
いや〜、あれは痛かった。ケガ以外ではかつてないほどの痛みだった。

そこで、これまでの人生で忘れられない痛みを3つあげてみる(この場合の「痛み」とは、女の人の陣痛や男にとっての急所など、異性には想像もつかない痛みについては除く/カッコ内は痛みに遭遇した年代)。

○アキレス腱半分切れた痛み(1981年)
 痛くて気絶しそうになった。「いたっ」と思った直後、一瞬脚がなくなったような
 感じがしたが、その後に強烈な痛み。病院で治療が終わるまで、いっそのこと脚を
 切ってもいいから痛みから解放されたいと思った。

○ぎっくり腰の痛み(1982年と2002年ほか)
 背骨にある神経の束を、ぶっとい針でぐりぐりエグられているような痛み。痛みの
 ピーク時には、トイレで大きめな用を足すためだけで1時間以上かかる。

○食中毒の痛み(1995年)
 エイリアンがお腹の中でぐるぐる回るような気持ち悪さと痛み。お腹からは不思議
 なほど真水のような液体が出てくることが不安を駆り立てる。痛みと吐き気で意識
 も朦朧としてくる。(サルモネラ菌による食中毒)


「あたしゃもっと痛い思いをしたよ」という経験がある人はコメントください。

2005年4月16日 (土)

タバコは誰でも簡単にやめられる(はず)

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今日は春の穏やかな日和だったので、久しぶりに日がな一日ぼーっと過ごした。

写真は、仕事場の窓からビルに囲まれた隙間に見える都会の空。
手前の影は、同居猫2号のアンさん。

こんな日は、タバコを燻らせたいところだけど、タバコはやめてしまったので一番好きなお香を焚いた。


よく、「タバコは絶対にやめられない」と言う人がいるけれど、それはほとんど幻想だと断言できる。
確かにタバコには、常用性や中毒性があるのだろうけど、ほとんどの人にとっては自分の意志でコントロールできる程度のものであるはず。

事実、僕は1年以上の禁煙を3回も実現(ただ今4回目5か月継続中)しているし、タバコをやめることが辛いと思ったことはない。
「じゃ、何でまた吸うんだ?」と言われれば、やめ続ける理由がなくなるから。僕がタバコをやめる時は、誰かと「タバコをやめられるか」と賭けをしていたり何らかの約束をしているときで、賭けに勝ったり約束の期間を過ぎれば、別にタバコをやめ続ける必要がないので、気が向いたときに吸い始めるってわけ。

僕だけじゃない。あるところに行けば、簡単にやめている人がたくさんいる。
たとえば、拘置所(東京の場合)にいる刑事事件の被告人や刑務所にいる受刑者たちは、ある日突然、タバコを吸いたくても吸えない状況になるわけだ。ところが、タバコが吸えないからと発作を起こすなんて滅多にないはずだし、タバコが吸えないからとイライラして暴動が起こったなんて話も聞いたことがない。
拘置所や刑務所の中にいた複数の人たちに取材で直接話を聞いたことがあるけれど、「吸いたくても吸えないんだから仕方ない。そういう意味ではやめられるかも知れないが、外に出て自分の意志でやめることはできないね」という意見ばかりだった。

つまり、(一部の病的な中毒者を除いて)自分の意志の問題なわけだ。

実際にタバコをやめた人たちに聞くと、「もっと辛いと思っていたけど意外に簡単にやめられた」と言う人が多くいる。やめてからしばらくは、「口寂しい」とか「手持ち無沙汰」とか感じるかもしれないが、そんなのはすぐに慣れるだろう。だったら簡単、やめたければその意思を強くすればいいし、強い意思が持てない人は要するに「やめたくない」ってだけ。

さて、別に僕は、だからタバコをやめよう〜と言っているわけではないのです。
ただ、今現在でもタバコを愛する人たちは、喫煙者のほうが肩身の狭い思いをする時代になっても頑なに吸い続けているのだから、せめてセコい言い訳なんかせずに、(他人に迷惑をかけない範囲で)堂々と吸ってほしいって思う。

「健康が一番」なんて当然といえば当然のことをコピーにして「健康」の押し売りをしている奴らよりも、「肺ガンなんて何のその」と堂々とタバコを吸ってる人の方が、僕は好きです。


ところで、1日1本のタバコを10年続けると寿命が1年縮まるという説を聞いたことがあるが、1日1本のタバコと、毎日お香を2〜3本焚いているのと、どれくらい寿命に違いがあるんだろう? まぁ、どうでもいいけど……(笑)。

2005年4月14日 (木)

オッサンは往生際がカッコ悪い

このところ、一回り以上歳の離れた女の子と、社会人として知り合うことが増えてきた。
そんな若い子と知り合う度に、「そういう年齢なんだなぁ〜。俺もオッサンだな〜」と今さらながら実感するわけだが、近頃は「オッサンになった」だけではなく、若い子と話している自分が惨めに感じるようになってきた。

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昨日も25歳の女の子と、喫茶店で仕事の打ち合わせをしたあと1時間ほど雑談していたのだが、喫茶店を出て一人になってから、やっぱり惨めになった……

話が噛み合わないとか、沈黙の伴う辛い時間帯があるとか、そんなことはもう何年も前から感じているので今さらどうってことはない。何が惨めかって、相手の女の子が、こっちのせいで話が噛み合っていないのにすごく気を使ってくれているのを、ヒシヒシと感じてしまうわけ。さらに、そんな相手に対してこっちも無理してテンションをあげると、どんどん空しい空気が充満してしちゃうんです。
このところ知り合う女の子がなまじカワイイもんだから、余計に僕も変な力はいっちゃって(笑)、もうどうしようもない。
早々に諦めればいいのに、「お、この話から巻き返して盛り上がれそう」とか思ってジタバタするんだけど、結局どうやっても駄目。っていうか無理。さんざん白けまくって、そんな往生際の悪さを、もう一人の僕が「カッコ悪っ!」って嘲笑ってくれて、ようやっと諦められる。

で、一人になると反省するわけですよ。「往生際だけはよくしようよ」って……。

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いや〜、年齢も体力もビジュアルも、どれをとってもオッサンであることは充分に実感していたわけですが、若い子と話すってことだけでこんなに辛くなるなんて、寂しいというか悲しいというか、むしろ恥ずかしい。こうやって思い出すだけで、自分が喫茶店で一所懸命になってる姿が頭の中に浮かんできて恥ずかしくなる。

なんて思いながらも、やっぱり若い子の前になるとつい張り切っちゃうのは、悲しい雄の性なのか。
ちなみに来週も、一回り以上歳の離れた初対面の女の子と会わなくちゃいけない予定。来週も落ち込んでいるのでしょうか? 結果や如何に……


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写真は、大川(隅田川)の屋形船。今日も夜な夜な、屋形船では若い女の子とオッサンの攻防が繰り広げられてることでしょう。女を口説くのはいいけど、往生際だけはよくしないとね。

2005年3月30日 (水)

とりあえずスタート

(2008年7月5日 以前のブログから移転)

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「おーし、僕もブログを始めるかな」と、このページを作ったのが雪の降りそうな2月のある日。
それから早2か月、何を書こうかと思っているうちにもう桜の季節になってしまった。
写真は、代々木公園にて。

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なんでブログを始めたかというと、きっかけは、僕がよく読んでいるブログにトラバを貼りたかったこと。
それともう一つ大きな理由は、「好きなことを好きなときに書ける場がほしかった」ってこと。

僕は仕事で原稿を書くことがあるんだけど、一年半くらい前、ある時を境に、原稿が書けなくなってしまった。書けないというか、書くべき言葉が浮かばなくなってしまった。
自分の好きなテーマや得意な分野のことならそんなこともないんだけど、「書かなくちゃいけない」と思うと何故か言葉が浮かんでこない。
そんなことがキッカケで、悩みはどんどん深くなり、仕事のことやプライベートのことでかなりダウナーな気分になってしまって、「これじゃぁイカン!」と立ち直ったけども……

で、その頃からブログを作って自分の好きなことを書きながらリハビリしていこうと思っていて、ようやっと今日からスタートさせることができた。


これからしばらく、世の中を見て感じたこと、思ったことを気兼ねなく書いて、このブログを進めていこうと思ってる。
そのうちに、自分という人間が冷静に見える日が来る……かな???