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今日から8年目

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2018年3月12日 早朝 宮城県女川町

 

 

東日本大震災の発災から7年が経ちました。
 
関東甲信越より東に住んでいる人は、あの日のことはもちろん、翌日のことを覚えている人も多いんじゃないかな。
 
津波に襲われ、自分は建物や高台に逃げられたけど、電気は止まり、真っ暗な中で、周囲では水に使ったまま助けを求める声を聴きいて夜を明かした人もいます。
 
公務員や医療関係、消防団や自治会、あるいは自ら率先して、自分のことより周囲の人たちへの支援を始めて、休む暇もなかった人もいます。
 
津波に流されながらも、木や建物に服が引っかかって動けず不安な気持ちのまま、助けを待ってた人もいます。
 
家族と別の場所で地震にあい、連絡も取れないで子どもや親や家族を探し続けて朝を迎えた人もいます。
 
原発が危険らしいという曖昧な情報しか得られず、避難をするよう指示されて、取るものもとらずに避難所に行き、すぐに自宅に帰れるだろうと避難してきた人同士で話しながら一晩を明かした人もいます。
 
交通マヒが起きて帰宅困難になり、一晩中歩いて朝方にようやく家にたどり着いた人もいます。
 
3月12日の朝、あのとき僕は、家族みんなの安否も確認できたし、とりあえず下版日だった仕事もぶっ飛んだし、官庁の会見や東電の会見に参加でもしようかな、でも記者会見でても金にならないしな、記者仲間の奴らに差し入れでも持って行ってやるかな、なんて感じで出かける準備をしていました。
 
まさか、7年後に東北で朝日を見ているなんて微塵も想像してませんでした。
 
来年やずっと先のことはわかりませんが、とりあえずこれからも、東北の事を見続けていきたいと思います。
 

 
2018年3月12日、今日から8年目。

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