【週刊 石のスープ】本当に想定外だったのか!?」その2
有料メールマガジン「週刊 石のスープ」に記事を投稿しました。今号は特別増刊号として、記事を公開します。
今回の記事は、1月26日号の続きになります。
2011年4月1日に宮城県石巻市を訪れた僕は、それから南三陸町、気仙沼市、岩手県陸前高田市と北上し続けました。三陸の沿岸部に沿って国道45号線を北上して行くうちに、「津波浸水想定区域」という看板を何度も見ることになるのですが、その津波想定通りに被害があることに気がつきました。
「津波被害をちゃんと想定していたってことなのか!?」
そこまでが前号まで。今回はその続き──
■看板が示す「津波浸水想定」は誰が作ったのか?
国道45号線沿いに建てられた「津波浸水想定区域」の看板は「これより先」と「ここまで」で結ばれている。その看板の内側と外側では、津波の被害が全く異なっていた。
例えば、陸前高田市の市街地を例に見ていよう。まずは、市街地を走る国道45号線の北側に立てられている看板。
「ここから先 津波浸水想定区域」と書かれた看板の奥を見ると広大な市街地が津波に襲われたことをうかがわせる。市街地は、鉄筋の高い建物以外は、建物が残っていない。
写真1を反対側から撮ると、写真2の看板になる。すぐ横が畑になっているが、この畑は水がかぶったものの、奥の住宅地、左側の石材店に大きな津波被害はなかった(石材店は地震の被害が深刻だったらしい)。
4月末までの時点で、僕が確認できた看板は、全部で13か所。そのうち、津波被害が看板を大きく超えていたのは2か所だけ。つまり、11か所は「想定内」だったということになる。
なお、前号で書いたように、国道45号線は津波被害が大きく、通行止めになっているエリアもあった。そうしたエリアは宮城県石巻市から岩手県宮古市までの間で、5〜6か所あったため、そのエリアは確認できていない。
この「津波浸水想定区域」を作った人もしくは組織は、どうやって津波被害を想定したのか? もしこの想定が住民に徹底されていたら、被害はもっと小さいものになっていたのではないか?
当然そう考え『週刊SPA!』(4月19日号)に記事を書いた。
(中略)
当時の取材メモを基に、改めてこのことを書いてみたい。
この看板を設置したのは、国土交通省の出先機関である三陸国道事務所だ。2004年から2007年にかけて、国道45号線沿線で、岩手県に14か所、宮城県に13か所、それぞれ設置している(各地、起点と終点があるため、看板の数は合計54枚となる)。
三陸国道事務所に聞いたところによると、各市町村が作っている津波ハザードマップに基づき、その数メートル外側に設置したという。
そこで次に、各市町村の津波ハザードマップを調べてみた。すると、各地のハザードマップで設定されている津波浸水の想定が、びっくりするほど今回の津波浸水地域に当てはまる。たしかに、南三陸町の市街地(志津川)など、被害が浸水エリアが超えているところもあるが、多くの場所は津波被害がハザードパップで示した範囲を大きく超えていることはない。
2000年に内閣府の地震調査推進研究本部(現在は文部科学省に継承)が、算定した地震・津波予測を受ける形で、2002年から2004年、岩手県と宮城県の各市町村で津波ハザードマップが作成された。基本的には、この時に作られたハザードマップが、東日本大震災の直前まで、各市町村の防災の基礎となっていた(一部、部分的に修正している市町村もある)。
多くの地域でハザードマップが津波浸水を想定していたのに、なぜこれほど大きな被害となってしまったのだろうか……。
■ハザードマップに生かされなかった「防災大綱」
一つは、そもそも国が2000年に示した地震・津波予測が甘かったということがある。
国の中央防災会議は、2008年に「防災大綱」を作成し、それまでの地震や津波の予測を大幅に修正した。この防災大綱は、とくに東北地方の津波対策について、更に強化が必要であるということが明記している。この防災大綱を基準にして、各市町村にはそれまでの想定を修正するように指示が出された。といっても、中央防災会議が各市町村に直接指示をした訳ではない。
中央防災会議に取材したところ、各県と消防庁に対して、A4サイズで1枚の通達を1度だけ送ったということだった。さらに、岩手県と宮城県では、その通達通り、各市町村に指示を出したということだった。いかにもお役所仕事だ。
しかしながら、2008年から東日本大震災まで3年以上経っているのに、各市町村では防災大綱を前提に津波ハザードマップが修正された様子が見られない。どういうことだろうか?
中央防災会議「2008年に各県と消防庁に通達を送った。2012年が防災大綱の見直し時期なので、2011年度(4月以降)に各地の状況を調査する予定だった。調査時期は未定のまま震災となった」
宮城県「今年度中にフォローアップするため、各市町村に確認し、必要に応じながら、消防や警察と連携しながら、ハザードマップを含め防災対策を検討し直す予定だった」
石巻市「今年度中に修正を検討しようとしていたが、具体的には何も決まっていなかった」
県・市町村については、岩手県、気仙沼市、南三陸市、陸前高田市、釜石市にも聞いたが、同じような回答だった。国の中央防災会議から、基礎自治体の市町村にいたるまで、共通するのは
「地震は対策していたが、津波については2011年度中に、何らかの対策を検討(および実態調査・フォローアップ)する予定だったが、この3年間はとくに対策していない。今年、予定していたが、その前に震災になったので、今はそれどころではない」
という主旨のことだった。
例えば釜石市などは、防災大綱を受けて、2009年から防災のための予算を編成している。その結果、学校教育の中で津波教育を徹底させることになり、それが「釜石の奇跡」と言われる結果となった。当メールマガジンでも、何度か触れてきたと思うが、釜石東中学などには継続的に取材をさせてもらっていて、そうした津波教育の成果については、いずれ改めて発表する機会を設けたいと思っている。
各市町村とも、釜石市と同じように防災大綱を受けて、防災に関する政策は実現していることは間違いないだろう。とくに地震対策については、ある程度は進めてきたと各市町村とも言う。しかし、防災大綱では、地震だけでなく、それまでの津波対策を再検討すべきと警告している。それにも関わらず、防災訓練や防災対策の指針となる津波ハザードマップを全面的に修正することはなかったのだ。
■「まさか、ここまで津波が来るなんて」
もう一つは、自治体も住民も、津波ハザードマップが徹底されていなかったことだ。 「津波浸水想定区域」の看板のことについて、宮城県のいくつかの地域で、看板の周辺住民に聞いてみた。看板についてちゃんと認識していたのは半数程度で、車を運転するためか、特に男性が多かった。しかし、その多くの人が、「看板の存在は知ってたけど、津波浸水についてのちゃんと理解してなかった」「まさか本当にここまで津波が来るなんて思ってもみなかった」と言う。お年寄りの中には、ハザードマップの存在を知っていて津波の意識をしている人もいたが、多くの人は知らないか、知っていても信じていなかった。
この看板が設置されているのは、かなりの高台だったり、沿岸からとても離れていたりするため、昭和三陸地震(1933年)を体験していなければ、仕方がないかもしれない。
この件で市町村の取材をしたのは、東日本大震災からちょうど1カ月目の頃だったため、まだまだ各市町村も混乱していて、十分には取材できなかったのだが、ちょっと驚いたのは、多くの市町村では、防災大綱の見直し時期(2012年)までに、何らか検討を始めておけばいいと思っていたことだ。いくつもの市町村で「2011年度中に検討を始めておく予定だったが、予算の関係上、特に具体的な計画はない」という主旨の回答をえた。つまり、防災大綱が出たからといって、すぐに防災計画を大幅に見直すことなどするつもりがなかったのだ。
津波ハザードマップの作成に大きな予算が必要になることも背景にある。専門の民間企業に依頼して作成されるらしいが、地域によってバラバラながら、一つのハザードマップを作るのに数千万円もかかるともいう。気仙沼など沿岸エリアが広い地域は、高額の予算が必要になる。しかし、震災前から予算が逼迫していた市町村が多く、防災大綱が出されたからと言ってすぐに十分な対応が出来なかったというのだ。
だったら、各県、あるいは国がそうした実態をつぶさに監視し、必要に応じて財政補助をすればいいと思うが、各県、あるいは防災会議に関する省庁とも、とくに積極的に動いた様子は見られない。
■「何でもかんでも国がやってくれるなんて思わない方がいい」
東北取材から東京に戻った僕は、4月8日、中央防災会議のメンバーで、地方行政・消防庁を管理する片山善博総務大臣(当時)にこうした疑問をぶつけてみた。
「各地方自治体が作る詳細な防災計画について、国があまり口を出すべきではないと考えています。防災対策は、県が一番中心になるべき存在。常日頃、防災計画の点検は必要だが、国が示すことではない。自分が鳥取県知事に就任して、すぐに防災計画の見直しを着手した。就任して1年半頃にようやく体制が整ったが、数カ月後に鳥取に大地震があった(鳥取県西部地震/マグニチュード7.3、震度6強)。見直しをしていてよかったなと思った。各県とも、そういう心がけが必要だが、何でもかんでも国が地域の防災計画を作ってくれるなんて思わない方がいい」
片山大臣が知事時代の成功例をやたらと記者に語りたがるのはお馴染みだが、それを県に伝えていなければ意味がない。改めて、県と国のあり方を聞いた。
筆者「県で主導してハザードマップを作っているところと、市町村がハザードマップを作って、それを県が集約しているところと、県によって対応がバラバラだが、国として、具体的にこうすべきだと方針を示すことはないのか?」
片山大臣「気が付いたことは言いますけれどもね。霞が関のお役所が、全国の地域のことに詳しいかと言うと、必ずしもそうでもない。一番地域のことに詳しいのは、地域の皆さん。今回の震災でも、三陸沖地震のときにここまで来たとか、チリ地震のときにここまできたとか、土地の古老の皆さんの言い伝えとか、石碑とか、古文書に書いてあったとか、実は、そういうことがすごく貴重なもの。そんなことは、やはり地域の皆さんが詳しい。それぞれの地域性、地勢、歴史、そういうものを踏まえて、自治体が地域の安全を守るための計画を作って、それを県が束ねるというのが望ましいと思う。国がやるのは、そこに地震や津波の科学的知見などを加味して助言をすることです」
それまでの取材で、各県がこの3年間、積極的に動かいたように見えないから質問したのだが、片山大臣は、「今は震災直後で各県、各市町村も混乱しており、これまでの具体的な動きは把握していない」という。そもそも、地方が自由にできる財政がないために、ハザードマップさせ書き換えられなかったというのに、地方分権をかざした民主党政権の担当大臣の発言とは思えない。何とも他人事のような発言だが、「津波浸水想定浸水区域」を設置した国土交通省など、中央防災会議のメンバーになっているいくつかの省庁の官僚に聞いても同じような暢気な回答しか帰って来なかった。
地方と国の関係上、中央の大臣や官僚などの意識としては、予想通りの回答だった。日本の行政組織が制度疲労している一面を、またも見ることになった。
■「想定外」は虚しい言い訳
いずれにしても、防災大綱前に作られた津波ハザードマップは、その多くの場所で東日本大震災の津波予想を当てていた。実際には、看板のやや内側が想定区域なので、数メートルは外れていたかもしれないが、それでも住宅が全壊するような津波被害は、その多くが想定区域の内側だった。
三陸地方では、津波や地震の防災訓練をしたり、宮古市や釜石市のような強固な防潮堤を作るなど、たしかに防災対策は行ってきていた。しかし、それを前提とした津波ハザードマップが示す津波浸水地域に、多くの住民の生活基盤エリアがあれば、大きな被害が出るのは当然の結果だ。
例えば、役場、警察署、消防、防災センター、学校など、なぜ津波浸水が想定される場所に建てられていたのか? 大きな箱ものをすぐに移転するわけにはいかないのは理解できる。しかし、2008年の防災大綱は、わざわざ東北地方の津波想定が甘いことを指摘していたい。にも拘らず、具体的な津波対策がとられなかった。
要するに、津波想定を甘く見積もっていただけだ。これでは、「想定外」「千年に一度の大津波」などと言い訳は虚しいばかり。
(中略)
東京電力福島第一原発についても、震災直後は「想定外」という言い訳がまかり通っていた。しかし、徐々にその嘘が暴かれて、「想定外」ではなく、「あえて想定しなかった」「想定すべきという指摘を無視してきた」という実態が明らかになってきている。
数十年、数百年に一度の大震災に対して、人間が完全にコントロールすることは出来ないだろう。自然の力に対して、人間は抵抗しきれない。それは仕方がないことだ。しかし、知識や知恵によって被害を小さくすることは出来る。それをするのが政治や行政の大きな役割だ。
これまでの「想定」については、今後の検証によって、さらに明らかになってくるだろう。そのなかでどんな言い訳をしようとも、政治や行政の責任が大きいことは間違いがない。
ここまでが、昨年4月の取材メモを使って、改めて書き起こした原稿だ。
実は、今年3月の発行を目指して、次の本の制作に入っている。MOOK形式の本になるが、フリーライターの渋井哲也さん、医療ジャーナリストの村上一巳さんとの共著になる。今回も、東日本大震災のルポ集となる。たぶん、3人で4〜50本のルポを書くことになるだろう。
そのなかの1本に、この「津波浸水想定区域」について、追加取材をして書き加えたいと考えている。まだ記事が採用されるか決まっていないが、そのために書き起こしてみた。
本については改めてお知らせしたいと思うので、出版された際には、ぜひよろしくお願いします。
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■まだまだ発売中
「3.11 絆のメッセージ」
亀松太郎、渋井哲也、西村仁美、村上和巳、渡部真、ほか共著
発行元:東京書店
定価:1000円
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http://www.amazon.co.jp/gp/product/4885743117
震災直後からの1か月半、東北の被災地を中心に、どんなことが起きていたのか?
取材の中で知ることができた一人ひとりに起きたエピソードを、5人の仲間達でルポとしてまとめました。また、日本や世界から被災した皆さんに向けたメッセージも編集部で集め、あわせて紹介。
この本は5月に緊急出版され、それからすでに数か月経ちましたが、今一度、あの時に皆が感じたことを思い出し、その気持ちを忘れないためにも、ぜひご一読ください。
■増刷出来!
「自由報道協会が追った3.11」
自由報道協会・編
上杉隆、神保哲生、津田大介、日隅一雄、畠山理仁、渋井哲也、江川紹子、渡部真、ほか
発行元:扶桑社
定価:1400円
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http://www.amazon.co.jp/gp/product/4594064957/
自由報道協会の有志の面々と、東日本大震災について共著を上梓しました。
それぞれのジャーナリストたちが、この半年間、どのように震災と関わってきたか? この半年間をどう考えているのか? 震災とメディアのあり方、震災以降のメディアの変化、そしてこの半年間で被災地で起こった出来事の数々……
渋井と渡部は、それぞれ2本のルポを書いています。また、全体の構成や編集も担当。
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