還暦過ぎても感じさせる「現役感」……「唄の市」を観て
大晦日の記事で書き始めて、結局書き終わらなかった「唄の市」のこと。
開催されたのは去年の11月27日だったので、すでに2か月も経っているけども、自分の備忘録としても、書いておきたい。
「唄の市」という音楽イベントについては、前回ザックリと説明した。
ということで、今回はその続き。
実は大晦日に、泉谷しげるのステージや、漫画家なのに出演していた浦沢直樹、この日唯一の若手「ザ・アウトローズ」などについても書いていたんだけども、細かいことまで書いていたら、誌面がいくらあっても足りないので、改めて加奈崎芳太郎と生田敬太郎についてだけ書いておきたい。
敬太郎さんは、僕が加奈崎さんのスタッフとして仕事をしていた時に、加奈崎さんと同じ事務所の所属として活動をしてもらっていた。だから敬太郎さんのステージやレコーディングも手伝っていたし、加奈崎さんと違って、敬太郎さんはマメに事務所に来ていたんで、帰りはちょくちょく車で送って帰ったり飯を一緒に食べていたんで、いろいろと可愛がってもらった。
そんな生田敬太郎は、いまでは年に数回のステージだけの活動となってしまった。
残念ながら、今回のステージも新曲はなし。昔の曲を強烈なブルーステイストで聞かせてくれた。
第二部での生田敬太郎ステージの直前は泉谷しげるだった。
会場は、やはり泉谷ファンが多い。それに、泉谷しげるのステージングは、観客を散々煽って会場を熱くする。観客の平均年齢がいかに高いとはいえ、あのステージングにはやはり熱くさせられる。そんな熱気のある会場内を、ゴツゴツしたR&Bあるいは骨太で力強さのあるブルースを唄う生田敬太郎の声が響き渡る。会場は聞き入るしかない説得力のある歌声。
あれほど上手かったギターテクが、やや寂れてきた感もあったが、やっぱり上手い人の歌やギターは、ガツンと胸に響いて来る。
僕がスタッフだった頃、加奈崎さんは「敬ちゃんも、もっと新曲作ってステージに出さなくちゃ。駄作でもいいから作り続けないと、駄作すら作れなくなっちゃうぞ」と、よく言っていた。
一時は舌ガンになって舌の半分を切ってしまい、歌も唄いにくそうだったし、絶品だったブルースハープも吹きづらそうだった。しかし今では、歌声もブルースハープも、知らない人は昔通りに聴こえたんじゃないかと思えるほど、回復している。それでも昔と同じとはいかないようで、本人には不満らしい。そのこだわりが、敬太郎さんらしさでもあるのだが……。
お金にならないかもしれないが、これからもぜひ唄い続けてほしいし、できればそのうちに新曲も聴かせてほしい。
加奈崎芳太郎については、去年の7月に紹介した。
「けじめ」をつけに……〈加奈崎芳太郎のライブ〉その1
http://makoto-craftbox.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-2947.html
「けじめ」をつけに……〈加奈崎芳太郎のライブ〉その2
http://makoto-craftbox.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-17db.html
この時に紹介したライブでは、声が今ひとつ出てなかった。否、年齢を考えれば十分出ていたのは間違いないんだけども、数年前に喉を悪くしてから、昔のような声は出なくなったと聞いていたので、この程度で仕方ないかなぁと思っていた。ところが今回の「唄の市」では、とても60歳とは思えないほど声も出ていた。もちろん相変わらず歌のうまさは絶品だった。
「ちどり足」「ポスターカラー」「ごろ寝」「何とかなれ」とエレック時代・古井戸時代の曲や、この10年で加奈崎自身が気にいっていて、今回のイベントの雰囲気に合った「OLD50」「さらば東京」などを聴かせてくれた。
加奈崎芳太郎の前のステージは、元「ピピ&コット」のケメだった。70年代の唄の市でケメはアイドル的存在で、すっかり普通のオッサン風貌になった今も、どこか憎めない可愛げのあるおじさんのステージに、会場は和やかな雰囲気に包まれていた。きっと30年前には20代だったろう女性たちから「ケメ〜っ!」なんて黄色い声援も飛んでいた。
ところが、生田敬太郎が泉谷しげるで温まった会場を骨太の歌で静まらせたように、加奈崎芳太郎がステージに立つと、ガラッと雰囲気が変わる。
「カナヤーン!」「加奈崎〜っ!」という声援は、女性ではなくオッサンたちの声だ(笑)。
加奈崎芳太郎は、その曲を聴いてもらえばわかるけど、けっしてフォーク調の曲が中心のミュージシャンではない。その中で、古井戸時代の曲以外に選んだ「OLD50」「さらば東京」の2曲は、フォーク調というかスローテンポな曲で、加奈崎芳太郎をよく知らない人が聞けば、いかにも「元フォークミュージシャン」的な歌だ。
それでも、やっぱり今回のメインミュージシャンの中では、圧倒的に「現役感」を感じさせてくれた。
僕は泉谷しげるのステージも好きだし、これまで何度もライブを見ている。ただ、最近はわざとなのか無意識なのか、「元気な懐かしフォークミュージシャン」的な匂いをさせているのがちょっと残念に思ってる。まぁ、それはけっして悪い事じゃないんだけど、ただそこは、忌野清志郎やチャボ、そして加奈崎芳太郎に感じるものとは少し違う。
今回のステージではサポート役ばかりだったけど、やっぱりcharとか藤沼伸一とかも「現役感」を感じさせてくれるミュージシャンだ。そういう意味では、「唄の市」という「懐かしイベント」の中では、加奈崎さんは少し場違いになっていたのかもしれない。
本人も今さらメジャーな音楽シーンに売り込む気もないだろうが、今回は声もめちゃめちゃ出ていて、「ボーカリスト」としての価値は、けっしてメジャーシーンにいても不思議じゃない。やっぱりもう少し再評価されないといけない人だと、改めて感じるステージだった。
最後は、泉谷しげるが中心となって出演者全員がステージに上がり、泉谷しげるの「野性のバラッド」を熱唱。会場は九段会館。普段は左右の思想団体や政治団体が講演会をするようなステージだが、いい歳をした観客のオッサン、オバサンたちと、数少ない若者たちが一緒になって、縦乗りでジャンプしまくる(笑)。
で、イベント終了後、加奈崎さんや敬太郎さんの機材を片付けたり、打ち上げ会場に荷物を運んだり、何となく元スタッフとして働いたフリをしておいて、ちゃっかりと、出演したミュージシャンの皆さんたちの写真を撮らせてもらった。
僕は有名人に会っても、サインをもらうことなんて滅多にない。だけど、今回は、何せ出演者の平均年齢が高いから「最後の唄の市になるかも」ってことで、ポスターに写真が載っているミュージシャンの皆さんから、図々しくもサインをちょうだいした(ちょっと見づらいかな?)。
サインをしながらのcharさん曰く「お、全員のサインか。10年後には……100円くらいで売れるかもな」。
さりげなく「MR.makoto」と入れてくれたりして、charさん、相変わらずカッコいい。
加奈崎さんと敬太郎さんには二次会以降も誘っていただいたけど、僕なんかがこれ以上華やかな皆さんの中に入るのもおこがましいので、荷物だけ運んで帰らせてもらった。
ということで、2か月も前に開かれた「唄の市」の備忘録だった。
今年に入り2週間ほど前に、加奈崎さんと電話で話をした。僕から新年の挨拶と、「唄の市」の感想、そして簡単な近況報告。
すると加奈崎さんからは、近いうちに清志郎さんの追悼本がまた出るらしく、原稿執筆依頼が来たと聞いた。
「まだ、『ぼくの好きなキヨシロー』も、全部は読めてないんです。清志郎さんのこと書いた記事読んでると泣けてくるんで……。また追悼本が出ると、泣かされちゃうっす」と言ったら、
「馬鹿者め。一生泣いてろ」と言われてしまった。
余談だが、『ぼくの好きなキヨシロー』は、加奈崎芳太郎と泉谷しげるの共著で、昨年秋に出版された忌野清志郎追悼本だ。
デビュー間もない、忌野清志郎、加奈崎芳太郎、泉谷しげる、チャボたちしか知らないようなエピソードから、ちょうど僕がスタッフとして手伝っている頃のことまで書かれていて、僕自身がこの本の中に描かれているシーンの中に存在していた(もちろん本に登場はしてません)と思うと、どうしても泣けてくる。
この数カ月で清志郎追悼本はたくさん出たけども、一人の人間として活き活きとした忌野清志郎の姿を描いているという点では、同作は秀逸だ。
もし忌野清志郎に興味がある人は、ぜひ読んでほしい。
ぼくの好きなキヨシロー
著者:泉谷 しげる,加奈崎 芳太郎 |
加奈崎さんはこの数年、「OLD50」という曲が気に入っている。たしかに哀愁のあるいい曲だ。でも、まだまだ加奈崎さんは「年をとった」と叫んでばかりいさせたくない「現役感」がある。
その一方で、僕は、加奈崎さんに、清志郎さんとは関係なく自分自身の事を文字にしてまとめてほしいと頼んである。
一人の人間としての加奈崎さんには、元舎弟の立場から「人生を翻ってまとめてほしい」と言いながら、ミュージシャンである加奈崎芳太郎には、一ファンとして「オッサン臭い事言ってないで、もっとガンガンやりましょう」と期待をかけている僕がいる。
矛盾しているかもしれないけども、それが僕の加奈崎芳太郎への思いだ。
まだ加奈崎さん自身は、自分の事を文字にまとめる気になっていないが、折を見ながらケツを叩いていきたい(師匠のケツを叩くなんて失礼か……[笑])。
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コメント
浦沢直樹について、少々感想を補足──
当日は、昼からちょっと用事があったので、かなり遅れて会場に着いたが、すでに前半の中盤を過ぎていた。
1階の後ろの扉を開けると、ほとんど席が埋まっていて、薄暗い中からは空いている席を見つけるのが難しかったので、扉のところで立ったままステージを見ると、よく知らないミュージシャンが歌っていた。
あんまり上手いってわけじゃなかったんで「久しぶりにステージに経つ人なのかな? まぁいいや」と思っい、先に楽屋に顔を出しておこうと思って、入口でスタッフパスをもらい楽屋に入っていくと、九段会館の狭い楽屋に、加奈崎芳太郎、泉谷しげる、生田敬太郎、そのほかゴチャゴチャと人がたむろってる。廊下のむこうには、charさんや藤沼伸一の顔も見える。こんだけ顔が揃ってると、いきなりテンションがあがったきた(笑)。
で、しばらく楽屋で雑談していると、ステージを映しているモニターから、漫画「20世紀少年」の主人公のカレーライスの歌が聴こえてくる。「ん?ン?」とステージの袖に向かうと、廊下のホワイトボードに漫画「YAWARA!」の猪熊 滋悟郎のイラストが……。もしやと思いながらステージを見ると、なんと漫画家の浦沢直樹が歌っていた。
つまり、さっき会場の後ろからみた知らないミュージシャンは、実は浦沢直樹だった(笑)。
さっきの歌はお世辞にも上手いとは言えなかったけど、カレーライスの歌はとてもよかった。
映画の中で唐沢寿明扮する主人公が歌っていたのは、漫画のイメージからはかなり違っていた。何せ作品のタイトル「20世紀少年」は、T・レックスの曲「20th Century Boy」にちなんだもの。主人公の名前は「遠藤健児」で、フォークミュージシャンの遠藤賢司がモデルになっている。唐沢寿明が頑張っても、僕の中にある「カレーライスの歌」のイメージには遠く及ばなかった。
ところが、浦沢直樹のカレーライスの歌は、ちゃんとケンジの歌になっていたのだ。けっして上手いわけじゃないが、独特の雰囲気のある歌声が、ちゃんと心にも届いてくるものだった。それだけ、浦沢直樹としても思い入れのある作品だったんだろう。
カレーライスの歌は良かったが、一方で、加奈崎さんと和久井光司と浦沢直樹の3人でやって「3人古井戸」は少々不満。
まず語呂が悪いよ(笑)。浦沢さんに敬意を表するなら「浦井戸」とか、和久井さんと浦沢さんと並列に扱うなら「わら井戸」とかさ、九段会館だから「くだ井戸」とかね。これまで、色んな人が古井戸をパクったり、加奈崎さんやチャボと一緒にやるとき、「○井戸」ってネーミングつけているけど、浦沢さんにもネーミングのセンスを感じさせてほしかったなぁ。
それと、浦沢さんには悪いけど、さすがにチャボの代役として素人がやるのは、ちょっと残念。加奈崎さんの声がよく出ていただけに、少しもったいなかった。
投稿: 真公 | 2010年2月 1日 (月) 10時23分