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2006年3月

2月の仕事

実際には2月の仕事だったのだが、ちょうど先日に発売になった書籍があるので紹介したい。


月 刊 男 心

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この数年、倍々ゲームのようにブログを開設する人が増えた。
最初は日記として好きなことを書く人が多かったが、今ではいろいろな活用方法がある。そして、そうした個性的なブログが書籍化され、ちょっとしたブログ本ブームとなっている。
この本は、まさにブログ本だ。

暖かみのある“詩”を公開している吉見マサノヴさんのブログ、タイトルそのまま「月刊男心」で書かれた恋愛詩は84篇と、書き下ろしのショート・ストーリー5篇を掲載している。

眞鍋かをりが委員長を務める「ブログ普及委員会」の公式認定をもらっている人気サイトで、いつも多くの女性ファンがコメントを残している。
著者自身の恋愛経験を元に、何気ない男女の日常に触れた“男心”が、クスリとさせられるオチと一緒に描かれている、まったり感たっぷりの詩集だ。

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愛するパートナーがいてもいなくても、恋愛話で幸せな気分になりたい時がある。
そんなときに読みたい本だ。

ちなみに僕はこの本の装丁と本文デザインを担当している。


【書名】月 刊 男 心
【著者】吉見マサノヴ
【発行】まどか出版 http://www.madokabooks.com/
【定価】1575円(本体1500円+税)
【規格】四六判/上製本/160頁
【ISBN】ISBN4-944235-30-5 C0092

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求めるのはスモールじゃない(WBCを観て4)

ということで、今年は3年振りに巨人ファンに戻ることになった。
別にWBCのお陰で野球の面白さを再認識させられたからではない。

僕は、小学校1年生の時からずっと巨人ファンを続けてきた。今から32年も前のことだ。
それとほぼ同時に、甲子園で活躍していた原辰徳のファンも続けてきた。
年に何度も球場に足を運び、巨人の勝ち負けと原の活躍に一喜一憂してきた。

ところが、3年前、巨人の監督を原が辞めることになって、僕も巨人ファンを辞めることにした。
それまで、どんなに巨人が否定されようと、巨人ファンでいることが恥ずかしいことだとなじられても、一貫して巨人ファンを貫いてきたが、あの時は本当に巨人ファンでいることに嫌気がさした。今もあまり気持ちは変わらないが、原が監督に復帰したとあっては仕方がない。

今年は目一杯巨人を応援することにした。

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そんな中でのWBC優勝だ。
野球熱が熱くなり、自然と気持ちが盛り上がってくる。

そのWBCで途端に注目されるようになったのが「スモール・ベースボール」という概念だ。

要するに、ホームランで一挙に大量点を奪ったりすることを目指すのではなく、基本に忠実に「打つ」「走る」「守る」ということを徹底する野球のことだ。
ランナーが出ればバントや盗塁でランナーを2塁に送り、ホームランではなくヒットを打ってランナーを帰し1点を奪う、そんな堅実的な野球のことだ。

たしかに野球に関わらずスポーツにとって、そうしたプレーは非常に重要である。
しかし、今マスコミで言われているように、「スモール・ベースボールこそ目指すべき野球である」と言えるだろうか?
僕は、これを全面的に否定したい。

「スモール・ベースボール」というのは、プロフェッショナルな選手たちが目指すべき野球の概念ではないからだ。
プロの野球選手ならば、スモール・ベースボールの概念など、誰もが当たり前のように持たなければいけない基本中の基本なのだ。「打つ」「走る」「守る」という野球の基本がしっかりとできて、その上でいかに野球のダイナミズムで観客を魅了するかがプロというものだ。

「スモール・ベースボール」だけを目指したチームの試合なんて絶対に面白味に欠ける。
事実、「スモール・ベースボール」で西武黄金期を作り上げた“森野球”などは、あれほど圧倒的な勝ち方をしていたのに、面白味に欠けると言われ人気がなかった。
「スモール・ベースボール」が見直されているときは、要するに、その国やリーグやチームの野球の質が落ちている時期であるということでしかない。

それが分かっていながら、スポーツエンターテインメントの人気を落として自分の首を絞めないようにするため、わざと近代野球の主流のような書き方をしてるスポーツ・マスコミも悪いのだが、誤解をしている人が多いように思う。

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この笑顔を見るだけで幸せな気分になれる僕ですが けっして“その気”はありません
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もちろん、まずは「スモール・ベースボール」の概念をしっかりと実戦できるだけの力がなくてはいけない。今の巨人は、それすら出来ていないのが実体かもしれない。
しかし、そんなことを言っていては、いつまでも巨人の試合は面白くならないだろう。

長嶋監督時代のように、口では「スモール・ベースボール」と言いながら、ホームランに頼った野球をしてもらっては困るが、ちまちました野球なんて目指してもらっても困る。

イチローのようなスモール・ベースボールがあり、かつての野茂vs清原のような緊張感のある野球があり、新庄のようなハチャメチャ野球もある。
せっかくもう一度野球を見始めるのだから、そういう野球の面白さがたっぷりとつまったシーズンになることを祈っている。

WBCで優勝した王監督が作り上げたホークスというチームは、けっして「スモール・ベースボール」などというスケールの小さいチームではないのだ。


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誤審したことよりも……(WBCを観て3)

今回のWBCでは、誤審騒動がスポーツマスコミだけでなく一般紙までも取りあげたほどの大問題となった。
もっとも、この「世紀の大誤審」のお陰で盛り上がったという向きもあるので、日本にとってはマイナスだけだったとも言えないかもしれない。

こうした誤審問題が起きたときにすぐに「ビデオの導入」など、科学技術に頼ろうとする議論が起こる。
僕はスポーツの中にハイテクを導入すれば何でも良しとする考え方に違和感を覚える。

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野球にしろ、サッカーにしろ、スケートにしろ、ボクシングにしろ、大相撲にしろ、スポーツに誤審は付き物だ。そして、そういう「誤審」も含めてスポーツとは面白いものなのだ。
選手、チームスタッフ、そして審判(ルール)が揃ってこそスポーツだ。そして、それらはすべて、生身の人間なのだ。

これまで、多くの誤審(とそれに関する騒動)が、スポーツの歴史に花を添えてきた。
世界的に有名なのは「マラドーナの“神の手”」、プロ野球では「阪急上田監督の日本シリーズの長時間抗議」、大相撲では「伊之助“涙の訴え”」、テニスのマッケンローと言えば審判に悪態をついている事の方が印象的なほどだ。

もちろん、出来るだけ誤審なんてあってはいけない。それぞれのスポーツが、それを防止するためのシステムを作り、日々進化している。
前回冬季五輪でのフィギュアスケートのように、審判の八百長なんて以ての外である。

しかし、やはりスポーツは、生身の人間がやっているから面白く、そんな人間のミスが名勝負を生み出すことがあるのだ。
今回のWBCでも、ボブ・ディビッドソンという三流審判のことは、多くの日本人の記憶から消えるがないだろう。それも、「スポーツのいい思い出」なんだと思う。

誤審をすべて排除すればスポーツが面白くなるわけではない、ということを理解した上で、誤審問題を考えないといけないのだ。

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ボブって、典型的なアホな
アメリカ人って顔してるなぁ……
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さて、今回のWBCの誤審問題についていえば、前述したように今後解決しなくてはいけない問題もあるのだが、誤審そのものより、何よりも米国側の反応に腹が立つ。
米国メディアですら誤審を認めるような大間違いであるのも関わらず、運営サイドであるメジャー・リーグのコミッショナー事務局からは、公式な反省の弁はない。つまり、米国のマスコミや一般市民は誤りを認めているのに、公式機関は未だに誤審を認めていないのだ。

米国は、なぜ自分たちのミスを認めることが出来ないのだろうか?
僕は、間違ってしまった結果よりも、今回の米国のように、いつまでもそれを認めない姿勢のほうが、よほどスポーツをつまらなくしていると感じる。
まるで、BSE牛肉輸入再開問題で、明らかに検査ミスがあったにもかかわらず、反省の言葉よりも開き直った態度で日本の対応を非難する米国政府の態度とそっくりだ。
ミスを認めず、ミスがあったことすら歴史から葬ろうとするのは米国の常套手段。下手をすると、WBCというスポーツイベントの存在すら、歴史から葬ろうとしかねない。


インターネットが世界中で普及し、どこの国に住んでいても、世界中の情報が瞬時に手に入れることが出きるようになった。かつてはアメリカの虚像に劣等感を抱いていた、日本人も等身大のアメリカを実感するようになりつつある。
それに対して、アメリカ人は世界の実像を見ているのだろうか?
端から見ていると、アメリカ人はどんどん内に向いているように見える。

今年からアメフトの試合で誤審を防ぐためにビデオ判定というハイテクを導入したアメリカだが、まずは自国の評価を客観的に見つめてほしい。


(「WBCを観て4」につづく)

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スーパー・スターになれない男(WBCを観て2)

日本の優勝という結果をもたらしたWBCには、これから解決しなければいけない問題があるということはすでに書いた。

こうした問題を曖昧なままスタートした今回のWBCに、疑問符を投げかける選手や、一流選手であるにもかかわらず日本代表になることを辞退した選手が何人も出たのは当然のことだ。
僕は、今回のWBCに出場しなかった選手について、それはそれでプロとして立派な選択だったと思っている。

が、しかし、である。
今回のWBCに参加しなかったことについて「あいつはやっぱりダメだな〜」と思ってしまう選手がいる。ヤンキースに所属している松井秀喜だ。

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松井秀樹という選手は、今さら僕が説明する必要ないほど誰もが知っている選手だ。
イチロー、清原、新庄、松坂のように、野球を一度も観たことがない人でも、名前と顔が一致するだろう。
甲子園で「5打席連続敬遠」という珍エピソードをひっさげて巨人に入り、原以来定着しなかった「巨人の4番」になり、メジャー・リーグのヤンキースに移籍してからもそれなりに活躍している、一流スポーツ選手であり、日本のスターである。

僕は、そんな彼を高校球児として甲子園で活躍し始めた頃から見続け、彼の野球選手としてのセンスは認めながらも、今ひとつ好きになれないでいる。
日本にいた頃、球場に行ってスイングの速さを見れば素直に感心しながら、あの不格好なバッターボックスでの構えを見て萎えてた。ヤンキースに移ってからも、それなりに活躍する姿を見せながら、何を求めてメジャー・リーグでプレーしているのかハッキリしない中堅選手として姿を見せる松井に、少しも期待をかけられないでいる。
巨人の主力だった選手だったにもかかわらず、これほど愛情をかけることができないのは、三十数年の巨人ファン歴の中で駒田くらいなものだ。

どうして僕が松井のことが今ひとつ好きになれないか、それが、今回のWBC日本代表辞退に見える。

WBCが日本でここまで盛り上がるとは、始まる前は誰も予想できなかったはずだ。かつて日本代表がロス五輪で金メダルを取ったときでさえ、ここまで盛り上がらなかったし、そもそも日本が優勝することを本気で考えていた人なんて少数派だった。それが、誤審問題や韓国・米国との熱戦によって徐々にナショナリズムが煽られ、さらに王監督の存在感やイチローの活躍ぶりなど、複合的な要素によって予想を大きく上回る盛り上がりを見せた。
だから、この盛り上がりを予測できなかったからといって、松井が出場辞退を責めるのは酷かもしれない。

しかし、松井が本当に時代を代表するような“スーパー・スター”ならば、こうした盛り上がりは自然と彼を中心に起こっていたはずだ。逆に言えば、それが“スーパー・スター”の条件だと言ってもいい。

同じく僕が今ひとつ好きになれないイチローは、今回WBCに出場した事で、自らの力によって“スーパー・スター”として何十年も語られるであろう野球選手となった。

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顔が悪くて構えが格好悪くても、
スイングスピードは超一流
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甲子園のヒーローになれるはずだったのに「ラッキーゾーンの撤廃」や「全打席敬遠」のためヒーローになれなかった高校時代。
「巨人の4番」として立派な成績を残したのに、おいしいところを清原に持っていかれたり、三冠王になれるチャンスを目の前にして取り逃がしたり、巨人史上最弱世代の中心選手となってしまった巨人時代。
ヤンキース黄金時代と言えるほどのタレントを集めながら、いつまでもプレーオフでチームとして結果が出ず、松井が入団してから一度もワールドシリーズ・チャンピオンになれないでいるヤンキースでの今。
そして、今回のWBCに出場しなかったこと。

彼には“スーパー・スター”として絶対に必要な条件が、ホンの少しだけ欠けている。

彼が“スーパー・スター”になる日は来るのだろうか……


(「WBCを観て3」につづく)

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熱しやすく冷めやすい(WBCを観て1)

WBCで日本代表が優勝して、国内ではオリンピックで金メダルを獲得した荒川静香のことをすっかり忘れたかのような大騒ぎ。
先日見たPARCO歌舞伎「決闘!高田馬場」でも、時事ネタとして染五郎が「イナバウアー」のギャグを披露していたが、すでに「WBCネタ」に変更されたらしい。

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子どもの頃から体を動かすのが好きだが、それ以上に観戦するのが好きだった僕としては、仕事が忙しくてもこういう大きなスポーツイベントは欠かさず見てしまう。22日の決勝戦は、近くのスポーツバーでお昼ついでに、風船を飛ばしながら観戦した。

今年は3年振りに巨人ファンに戻ることになったので、今日から開幕するプロ野球も、個人的には一層楽しみになったと、今回のWBCの結果には大いに喜んでいる。

最初の大会として問題点は沢山はらんでいる。審判問題など、アメリカの勝手気ままな運営方法なども問題だが、何よりも問題なのは、出場した選手に対するケアについて何も方針がないままに開催されたことだ。
実際、岩村選手や“神の右手”川崎選手など、日本代表に選ばれたことで怪我した選手は、本来の仕事の場であるシーズンの開幕には間に合わない。また、代表には選ばれたが残念ながら出場機会に恵まれなかった選手は、本来ならばオープン戦で試合感を養えたのに、実戦での試合感のないままにシーズンに入る。こうした選手が、今年のペナントレースで著しく成績を落とした場合、球界はどういう保障をすべきなのか、または実際に保障をするのか、まったくと言っていいほど議論されていない。

今後、これらの問題を解決していけば、きっと大きなイベントとして位置づけられ、日本の中で野球の底辺も広がり、結果として国内の野球人気も高まるはずだ。

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さて、それはそれとして、今年は世界的にもっと大きなスポーツイベントが待っている。サッカーのW杯だ。

今のサッカー日本代表は、これまでの日本代表とは比較にならないほど強い。間違いなく強くなった。世界のサッカー先進国の中の(かなり下ではあるが)端っこに加わったと言っても言い過ぎではないかもしれない。

でも、きっと予選敗退で終わる。もちろんベスト16に加わる可能性もあるが、かなり低い確率だと言っていい。
前回の韓国の活躍のようにベスト4なんて、間違いなく望めない。
日本代表の実力が上がったといっても、まだまだそんなもんだ。
世界的には30位くらいの位置付けでしかない(FIFAランキングでは16位になっているが、FIFAランキングほど当てにならないスポーツ・ランキングは無いと言われるほど曖昧なランキングだ)。

問題は、そんな現実を見せられたとき、それでも日本人が世界最高峰のサッカーを観戦し、楽しむことができるかどうかだ。

荒川静香の金メダル、WBCの優勝と、「世界一」になることがどれほど日本を盛り上げるか、よく分かるこの数か月。同時に「世界一」に慣れてしまった数か月でもある。

そろそろ、結果だけで一喜一憂せず、スポーツを文化として育てる力を、日本全体が持ち合わせる時期に来ていると思う。

(「WBCを観て2」につづく)


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