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(歌舞伎「義経千本桜」その1)
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右近だけに「コ〜ン」が上手い
(歌舞伎「義経千本桜」その2)


前回のブログのつづき。
前回を未読の方は、「歌舞伎「義経千本桜」その1」をどうぞ。

というわけで、7月に観た「義経千本桜 四ノ切」だ。
文化庁と国立劇場が、毎年何回か、“社会人のための歌舞伎観賞教室”という興行を主宰し、通常なら1万5000円くらいする座席を4000円くらいで提供している。しかも、芝居の前振りとして、歌舞伎役者が舞台に出て、歌舞伎の基礎知識や役者の所作について解説してくれたり、舞台装置の仕組みを教えてくれるというおまけ付きだ。ま、実際には安い分だけキャスティングなどが物足りないのだが、それでも割安感はだいぶ大きい。

7月に誕生日を迎えた友人を招待して、国立劇場へ観に行った。

※前回同様長いので、読み飛ばす場合は「* * * * * * *」毎に読み飛ばしてください。

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*  *  *  *  *  *  *

前回のブログで、この「義経千本桜」は、「歌舞伎三大狂言」と呼ばれるほどの人気作品だと書いた。

まず、登場人物が魅力的とされる。
「判官贔屓」の語源である源義経を主人公というだけで、日本人の心をくすぐる。
あるいは歴史上は死んでいるはずの平氏の有名人たちが「実は生きていた」という設定になって登場する。歌舞伎の世界では、「あるお店の奉公人、実は、歴史上の人物」というような設定がよく使われるのだが、江戸時代の庶民が、こういうどんでん返しを好んだのだろう。
また、それぞれの場面構成が変化に富んでいて、しかもそれぞれ完成度が高いのだ。
現代風に言うと、人間ドラマあり、歴史ドラマあり、ラブストーリーあり、ミュージカルあり、“ドンパチ”アクションあり、ホラーあり、CGばりばりのSFあり、と盛りだくさんの内容である。

とくに「四ノ切」では、早変わりや宙乗りなどか、この演目だけのあっと言わせる仕掛けがふんだんに使われていて、観るものを飽きさせない。こうした意表をつくような手法の芝居を「外連(ケレン)」と呼ぶのだが、この話は、まさに「ケレン」の代表作と言える。

話が少しそれるが、人気の演出法である「ケレン」は表舞台から影を潜める時期があった。
江戸庶民の文化であり、江戸幕府から「世俗を乱す」とレッテルを貼られてあらゆる規制を強いられていた歌舞伎は、江戸後期には徐々に「伝統芸能」として高尚な文化と自ら位置づけられるようになっていく。江戸庶民の文化というスタンスよりも、伝統芸能として国家の庇護を得ようとしたのだ。こうした“高尚な文化”化への動きの中で、「ケレン」は下品な作風として嫌われていく(観客からというよりも、歌舞伎界自ら嫌ったのだと推測される)。

そうした傾向にあるなか、昭和40年代に「ケレン」を復活させたのは三代目・市川猿之助(当代)だ。
オープンして間もない国立劇場では、猿之助が忠信となって「四の切」を上演した際に、最後の場面で狐忠信がワイヤーで宙乗りになって退場していくように演出した。まさに、観客は度肝を抜かれたことだろう。今回の舞台でも、狐忠信は宙乗りになって満場の拍手の中で退場していった。

*  *  *  *  *  *  *

実は、僕は役者としての猿之助が好きじゃない。台詞廻しが早口で、どことなく軽い声色と感じられ、どんな役を演じてもどうにも感情移入が出来ない。ただし、演出家としての猿之助、プロデューサーとしての猿之助は、とても評価している。彼がいたからこそ、「伝統芸能」という殻に籠もり古い体質であった歌舞伎界が変革したのだと思う。あらゆる面で「歌舞伎をオープンにした」と言える。「ケレン」のように昔の演出技法を復活させたり、好きか嫌いかは別にして「スーパー歌舞伎」のようにオペラや京劇と歌舞伎の要素をごちゃ混ぜにした新しい芝居を作りだしたり、そしてそこで得た演出論をさらに歌舞伎に取り入れていく。そうした猿之助の挑戦は、歌舞伎界における猿之助の功績と言える。

「歌舞伎役者の養成」というのも猿之助の功績だ。
つい数十年前まで、歌舞伎役者というのは一部の有資格者しか許されない職業だったが、今では、国立劇場などが「歌舞伎役者養成研修」の講座を設け、普通の人も歌舞伎役者になる道筋が出来たのだ。ところが実際には、そういう研修を受けて歌舞伎役者になり、どこかの家のお弟子さんになったところで、大部屋扱いの端役だけで一生を終えるのが普通なのだ。どんなに才能があっても、しょせん梨園の外部から入ってきた者なんかに華やかな未来があるほど歌舞伎界は生易しいものではない。
しかし、そうした常識をうち破り、血筋と関係なく才能のある役者を発掘して重用しているのが猿之助なのである(余談だが、猿之助の実の息子は俳優の香川照之なのだが、離婚した女優・浜木綿子が育てたとはいえ、自分の息子を歌舞伎役者にする気は一切なかったらしい)。

*  *  *  *  *  *  *

ここでようやく、今回観た「義経千本桜 四の切」の感想。

「狐忠信」を演じるのが市川右近、「静御前」を演じるのが市川笑也である。市川右近や市川笑也は、猿之助に見出された優れた役者の代表格である。

いま脂ののっている40代の歌舞伎役者の中で、僕が好きな狐忠信は、右近のそれだ。
猿之助が復活させたケレンの演出を見事に立ち回ってみせる。親を慕う狐の悲哀の演技もいい。現在、当代の狐忠信といえば猿之助という定評があるが、右近の狐は一つの型を演じるという側面だけをみるならば、猿之助の狐に弾けは取らない思う。残念ながら、右近の芝居にはまだまだムラッ気があり、今回観たときも少し物足りない演技だったが、それでも「四の切」の面白さは充分に堪能できるものだった。
右近の狐は、その“キツネッぷり”が、ほかの役者の比べて上手なのだと思う。
この日の感想とは少し離れてしまうのだが、「義経千本桜」の二段目・鳥居前では、「狐六法」と呼ばれるステップで花道を踏む見せ場があり、右近狐の軽妙さは「もし狐が六法を踏んだら、あんな感じだろうな〜」と思わせ楽しませてくれる。四段目・道行初音旅では、狐の化身として舞いながら、どこか男(雄?)のとしての色気を感じさせてくれる。
他にもいくつかあるが、とりあえず狐としての喜怒哀楽を表現するのは、今の40代以下の中では右近が一番だと僕は思う。

……え〜、もっといろいろ感想があったのだが、解説などに時間を費やしているうちに疲れてしまった(笑)。またいずれ観る機会もあることと思うので、改めてその時に。
長く書いた割には、何だか中途半端になってしまった……。

【興行名】社会人のための歌舞伎観賞教室
    「義経千本桜 川連法眼館の場」
【出演】市川右近/市川笑也/市川段治郎/ほか


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コメント

【以前のコメント】
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感想いろいろ (わびさび)
2005-11-07 23:41:28

右近は、猿之助の門下で一番うまい人ですね。やっぱり、日本舞踊の素地があったからでしょうか。
ただ、今回の四ノ切を見ていて、いまいち愛嬌のない人だなと思ってしまいました。DVDに録画して見たので、画質が悪くて、顔の表情がはっきり見えなかったからかもしれないのですが。
演目にもよるでしょうが、歌舞伎役者には愛嬌も大事ですよね。猿之助、吉右衛門、仁左衛門、勘三郎、みんな愛嬌のある役者さんです。
生の舞台ではそのへんはどうでしたか?
笑也ももう少しうまくなってほしいなあ。あの人を見てると、歌舞伎じゃないなあといつも思ってしまって。スーパー歌舞伎ならあれでいいけど。ずいぶん不器用な人らしいですけどね。
段治郎の義経は、今年の春に松竹座で見た進之介の義経より数段良かったです。進之介のはバカ殿様に見えました。

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もっと積極性を (CRAFT BOX)
2005-11-08 07:21:49

愛嬌がない、その言葉と当てはまるかどうかはわかりませんが……
たしかにこの舞台の時は、どうも気が抜けていたような気がします。それと、よく言われることですが、猿之助の演出をただなぞっているだけだというのも、そうかもしれません。
ただ、以前の21世紀歌舞伎などは、「自分が引っぱらなくちゃ」という意識があったのか、もっと活き活きと演技していたんですよね。色気もたっぷりで。
実は5年振りくらいに観た右近でしたが、そのへんはすごく気になりました。

笑也に関しては舞台ではそつなく見えましたが、テレビだと駄目ですね。テレビだとやはり粗が目立ってしまう
テレビは、「舞台よりもよく見えた」ということがほとんどありません。やたらと気になることが多くなってしまいます。

猿之助の門下生たち、そろそろ中堅どころとして、「積極性」が求められる立場なんだと思います。
とくに右近などは、わびさびさんもおっしゃるとおり、もともと素地があって上手いんだし、「本当の演技」というものともっと真剣に向き合うべきだと思います。
本文で「演技という側面だけなら〜」と書いたのは少し言葉足らずで、「言われたとおりの役を演じるなら」というのが正確な書き方ですね。映画俳優などとは違い、歌舞伎役者は「言われたとおり」だけでは面白みがない。若い頃はそれで良くても、中堅どころになればそうはいきませんね。
「言われたとおり」ではなく、かつて猿之助がそうであったように、「自分自身を演出する」「芝居を自分で解釈する」という立場に立つべきです。
きっと、吉右衛門、仁左衛門、勘三郎は、もっと若いときからその立場にいたはずです。それが愛嬌に繋がるのかも知れません。

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そうなんです (わびさび)
2005-11-08 09:04:54

そうなんですよ、色気とか、活気とか、そういうものが感じられなくて。伝わってくるものが弱いんです。
ラストの宙乗りなんかも、もっと嬉々としてやってほしいんですよね。そうでないと、見ている方も盛り上がらないし。
9月に松竹座で見た新作で染五郎が宙乗りをやったんですが、そのときもあんまり良くなかった。高所恐怖症なんですって。
話がそれますが、香川照之は、いいなと思っている俳優の一人です。うまい役者さんですよね。
佐藤浩市もそうだけど、演技力にも血筋があるんですかねえ。

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がんばれ40代 (CRAFT BOX)
2005-11-08 10:14:57

僕は、最近の染五郎に関しては少し厳しい評価です。いつ見ても、必ずどこかで手を抜いているように見えます。集中力が無いのかな?好きな人だけに、もったいないです。
それと、父親との舞台よりも、もっとほかの先輩たちの舞台に出て、もまれるべきだと思ってます。

香川照之、佐藤浩一、いいですね〜。上手いです。血筋なのか、子どもの時の環境なのか。

演技力というだけではないのですが、上記の二人に加えて、真田広之、中井貴一など、40代の映画俳優には好きな人が揃っているんですが、歌舞伎役者の40代は……三津五郎と梅雀がぎりぎり40代? これっていうと福助くらいか。最近は橋之助もいい感じかな。
上に大物がつまってるけど、40代にもっとがんばって欲しいです。

投稿: 【以前のコメント】 | 2008年7月12日 (土) 00時32分

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