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2005年7月

“創る喜び”中毒汚染拡大中

一応、クリエイターの端くれとして生きている。

基本的には編集が仕事の中心だが、ある時はデザイン、ある時はライティング、ある時は写真撮影、イラストを描かなければいけないときもある。
器用貧乏という奴で、いろいろできるけど何も極められない中途半端な存在であることは、僕自身にとって若い頃からのコンプレックスでもある。

*  *  *  *  *  *  *

僕は社会に出るまでやりたいことが見つからなかった。普通の学生では味わえないようないろんな事を体験したし、多くの人たちに出合うこともできたが、「自分が生きていくためにやりたいこと」が見つからずに社会に出てしまった。たまたま日本中がバブル景気に狂喜乱舞している時代で、学生の就職先は引く手あまたであり、親のコネで編集プロダクションに入社したが、自分がモノを創る立場になったという意識など微塵もなかった。最初は「営業」という肩書だったので、学生時代に培った社交性と適度のいい加減さがうまくいき、なんとなく営業マンとしてやり始めたが、「制作」については制作部の人たちにほとんど任せっぱなしだった。
だから、時折自分でレイアウトの指定や版下作業をしなくてはいけなくなるとパニックになった。頭の中に「創造するための想像」が一切浮かばなかったのだ。そんなときはいつも、「クリエイターには絶対になれない」と痛感していた。

そんな僕が、いつの間にかクリエイターとして、いっちょ前に仕事をしている。
滅多にないが、自分で企画し、自分で取材し、自分で撮影し、自分で原稿を書き、自分でデザインして、校正を除いてすべて一人で完パケまで創って、雑誌に記事が掲載されるなんてこともある。
まったく「創造力」のなかった僕が、こんな事が出来るようになったのは、いくつかの出合いや偶然が積み重なったおかげだ。

そして今の僕は「クリエイターみたいなことが出来る」というかつての僕ではない。
あんなに制作が苦手で嫌いだった僕は、「創る喜び」に目覚め、中毒患者のようにものを創り続けて生きているのだ。

本当においしいモノを食べたときや、上質のエンターテイメントで感動したとき、あるいは愛する人たちと楽しい時間を過ごしたときなども、何とも気持ちのいいものだが、「創る喜び」はそれに匹敵する何ものにも代えられない極上の一時を僕に与えてくれる。
酒やタバコは簡単にやめられた僕も、こればかりはやめられない。器用貧乏で中途半端な存在だが、この世界に入って15年以上経ったいまでも向上心だけは失われていない。
僕はこれからも、何かを創り続けて生きていくだろう。

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さて、今日は僕の友だちが30年前にこの世に生を受けた祝福の日だ。
上の写真は、その友だちに入れたコーヒーの前に佇む湯アンさん。

で、その友だちが写真を始めたいと言っている。
写真は僕に「創る喜び」を教えてくれたきっかけの一つである。

このところの僕は、御徒町にできた中古カメラ屋に足繁く通い、その友人が「創る喜び」の中毒になってしまうことを想像し、一人ニヤニヤして歩いている危ない中年デブ親父と化しているのだった……

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